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  椿山  椿山
  【文春文庫】
  乙川優三郎
  本体 448円
  2001/11
  ISBN-4167141639
 

 
  大場 義行
  評価:B
  この短編集は向こう側に行ってしまった人々の物語だ。娼妓として売られてきたおたか、借金をなんとかしようとするおとよ、たきととよの嫁姑、など普通の人々が主人公なのだが、これが実は向こうへ渡りながらもけなげに生きていく人の物語なんて。切ないながらもきりりと向こうへ渡る人。渡った者を待とうとする人。渡った為になにかが見えた人。なんだかいいなあ。特に最後の表題作「椿山」は出世の鬼才次郎の成長を眺めるのだが、ラストがもう素晴らしい。時代物はこうこなくっちゃ。しかし、こういう渋みのある話が最近好きになってきたのは、もうすぐ30だからだろうか。

 
  操上 恭子
  評価:B
  さて、本書に収録されている中短編のなかに、幸せな人間は誰一人出てこない。程度の差こそあれ、それぞれに悲惨な、明日の見えない日々を生きている。そんな中でのほんの僅かな、淡い「救い」が本書のテーマだと思う。感動というほどのものではない。ただ、心の琴線にほんの微かに触れるような感じ。それが作者の狙いだと思う。なかなかうまい作りだ。
ただ、現在ではとても考えられない、想像もできないような身分差別や性差別があたりまえの制度として存在する理不尽な世界の中で、自分の力ではどうすることもできないような出来事や事件に翻弄される登場人物たち。それを描くことで成立するドラマというのは、なにかとてもあざといもののようい感じられた。時代小説とはそういうものだと言われればそれまでなのだが。

 
  小久保 哲也
  評価:B
  時代小説は、こうでなければいけない。この採点班を始めてから手に染めた時代小説もいくつか読むうちに自分の好みがはっきりするから面白い。描かれるのは、やはり人間なのだ。そして登場人物が息づく場所が、昔なだけなのだ。妙に生真面目に時代背景を説明するのは、教科書にまかせればいいのだ。この作品は、まさにそういう意味で、僕的には、ストライクゾーン。とにかく、時代ではなく、人が描かれているのだ。時代ものに弱いあなた。一度挑戦してみるなら、この作品はお手頃かも。

 
  佐久間 素子
  評価:B
  収録されている4編はいずれも苦い。人生の修羅についての短編集といってもいいすぎではないくらいだ。人間はこんなに弱くて醜いのに、世界はこんなに美しい。視覚に直接うったえてくるので涙腺がやばい。例えば、『花の顔』。武家の体面を気にする厳しいばかりの姑が痴呆になり、さとは家の中で二人きり追いつめられていく。戸惑い、ヒステリーをおこし、よれよれに疲れて、殺意をいだいた夜、さとはその情景を見る。壮絶な美しさが迫力だ。例えば、表題作『椿山』。以前課題に取り上げられた『喜知次』によく似たテイストだが、個人的にはこちらの短編の方が容赦がなくて好き。汚れた主人公が最期に回想する情景のまぶしさに目がくらむ。

 
  山田 岳
  評価:B
  珠玉の短編集。「ゆすらうめ」を読んで小林多喜二を思い出した。多喜二も不幸な境遇にある女をすくいだしながら、かっこいい理屈を言ってその女と結婚しなかった<偽善者>。じぶんの女にする気もないのに、みょうな親切心を出すなよ。「白い月」は長編小説『かずら野』の原型か? ばくちに狂った男がもたらす不条理な生活に虐げられる女。それでも最期には・・・というのが、やはり時代小説。それとも女心の真実なの?「花の顔」はきびしかった姑がどんどんボケていく老人小説。夫が全くといっていいほど協力してくれないのは、遠い昔の話ではない。「椿山」は長編小説『喜知次』の原型。いたいけな少年が藩政改革のために出世をめざすのは同じだが、出世のためにやがて悪事に荷担していくところが違う。いずれも語り口がうまいために、すらすらと読んでしまう。批評のために、めくりなおさなければならず、ちと困った(笑)

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