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勝手に目利き
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文庫本班
本格小説(上)
本格小説
【新潮社】
水村 美苗
定価上巻820円、 下巻740円(税込)
2005/11
ISBN-4101338132
ISBN-4101338140

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  北嶋 美由紀
  評価:
 特に感動もなく、むしろあまりおもしろくないと思いつつも読み続けてしまうところはくだらないと言いつつも昼メロドラマを見続けるのと同じ心境ではなかっただろうか。昔からよくある身分違いの恋愛ドラマ風で、正に昼メロの展開。
 元々変わった男と評されニューヨークでサクセスストーリーを作った日本人、東太郎。彼を知っていた作者の元へ小説化の話を持ち込んだ祐介。女中という立場で太郎や関係者に接していたフミ子が祐介に語る形をとっている。しかし、200ページ以上の長いまえがきは作者と太郎の関わりより作者の少女時代の話の方が主だし、フミ子の話も自身のことの方が多く、太郎の存在感はうすい。不思議というか、屈折したというか、太郎・よう子・雅之の3人の愛情関係も現実味がなく、アホくさいとさえ感じる。(それとも崇高なんだろうか。)あまりにも子供じみたよう子の性格は信じがたいのみで、このよう子のムカつくキャラに☆一つ追加。昔の栄光にしがみつく三婆のほうが印象は濃厚である。写真も何か無意味だし、詳細は年号、月日も明記される必要もないようで、「本格小説」と成るべく「ほんとうの話」を強調しすぎてかえって疑いたくなってしまう。少なくとも最初の200ページは私小説だし。

  久保田 泉
  評価:
 分厚い上下巻は、いざ読み始めたら大長編の不安は雲散霧消し、本格小説の世界にどっぷり浸かっていた。この長さで一気読みも全く苦にならず。冒頭、著者がこの小説に着手する前の長い話、とした序章から、実話なのか虚構なのか分からない雰囲気も魅力になっている。登場人物や背景、まだ階級社会が残る戦後の昭和という時代、ニューヨークに軽井沢という舞台もこれぞ小説の王道!で読み手の血が騒ぐ。アメリカでお抱え運転手から億万長者になった謎の男、東太郎の幼少期から現在までの人生を、特別の想いを抱き彼を見守った冨美子の語りで描く。両親もおらず、伯父一家に苛められ育った貧しい太郎と、隣家の裕福な一族の娘、よう子の許されざる恋。幼く孤独だった太郎のよう子への愛情は、一種の狂気を帯び一族と共に翳りをおびながら生きながらえていく。夏の霧、雨、苔むした別荘地、それらを覆う木々が枯れ、浅間を見渡す冬も含め、軽井沢という土地はよほど物語を生む磁力が強いのだろう。本格という言葉がふさわしい大作だ。

  林 あゆ美
  評価:★★★
 上下あわせて4.5cm ほどの厚み。そう、長い小説なのだ。疲れていたりするととても読みたいと思えるような長さではない。長い物語はどこから展開がはじまるのか、冒頭でもたもたしてしまうと、なげだしてしまいたくなる。しかし……と、前置きがこの小説のはじまりのように長くなったが、これは非常に読みやすい長い小説だ。ニューヨークで「私」の家族が出会った会社お抱え運転手がその後、大金持ちになる。「私」は小説家として身をたてるようになったとき、運転手の過去をひょんなことから聞かされ、小説の題材にする。それがこの小説。それぞれ登場する人物たちのひょうひょうとした会話から、昭和の軽井沢が浮かび上がり、時代に残っていた階級社会をも見せてくれる。時折、写真が挿入され、文字ばかり追っていた目がびっくりする。土地の風景写真が挿入される効果で、小説はリアリティを強め、読み手はすっぽりと小説世界に身をつつむのだ。濃い感情が行き交い、小説家が小説らしい題材を得たと書きだしたことに合点がゆく。

  山田 絵理
  評価:★★★★
 前置きが非常に長く、本編が始まってもなかなか本筋に入っていかないので挫折しそうになるが、太郎とよう子という二人の愛憎劇を豊かなものとするには必要な舞台装置なのだ、と読後の今、思える。
 戦後、成城と軽井沢の古い洋館を舞台に、身分社会の名残をひきずり優雅にけだるく生きる人々の片隅で忘れ去られたように育ったよう子と、誰からもさげすまれて育った太郎。無邪気に仲良くしていられた子供時代、大人になるにつれて芽生える恋心、間に立ちはだかる目に見えない身分の壁。狂言回しにはよう子の家で働く“女中”の冨美子。もう昼ドラ要素満載!と嬉しくなってしまった。
 冨美子が語る描写の積み重ねだけを以って、二人の思いを推し量らねばならず、もうじれったくてしょうがない。そして最後に明かされる衝撃の真実にはただ驚くばかりだ。
 この話は事実に基づくと前置きには書かれているのだが、今となればそれも含め全てが幻だったのではと思えるほど、昭和初期の貴族社会の香り漂う、美しく静かに燃える物語にとらわれてしまったようだ。

  吉田 崇
  評価:★★★
 タイトル、帯、惹句、これらからして、僕はこの作品に何も期待しなかったのである。面白い訳がない、と言うか、僕と合う訳がないと思っていたのだ。実際、『本格小説の始まる前の長い長い話』を読んでいる間に、僕の予感は確実に強くなっていき、オイオイ、こんなの上下二冊読まなきゃなんないのかよ、と不平不満、大体本格小説の本格って何よ?、変格とかもあるの?、ミステリのジャンルじゃあるまいし、じゃあ一体、何が小説の本質なのさっ!、と、どんどん心がとがっていくのであった。
 前振り長いっすね、手短に言います、これ、ホントは面白かったです。話自体は昼メロで、ま、どーでもいいかなというストーリーですけれど、いやぁ、読ませます。最後まで読み終わって、さっきの 『本格小説の始まる前の長い長い話』を読み返すと、なるほど。現実の作者と作品内の著者とを重ね合わせる為の仕掛けだったのかと気付き、とりあえず脱帽。高等遊民に憧れ、「詩人になるのでなければ、他の何者にもなりたくない」と口走っていた僕にとっては、案外このレトロな物語世界は居心地のいいものなのでした。