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勝手に目利き
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文庫本班
真剣
真剣
【新潮社】
海道龍一朗
定価940円(税込)
2005/11
ISBN-4101250413
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  北嶋 美由紀
  評価:★★★
 (副題通り)新陰流を創った男の半生である。時代もの、特にチャンバラものは苦手である。ピリピリした対決シーンもわずかに緊張感は伝わるものの臨場感というか、映像が見えてこないのである。もちろんこれは作者のせいでなく、私の問題である。後々有名な史実となる群雄割拠の描写の方を興味深く読ませてもらった。上泉伊勢守信綱の若き日から59歳に達するまでを様々な対決、立合いの場面を中心に描いている。剣の達人としての思慮深さ、怜悧な判断力をもつ主人公であるが、ひたすら剣の道ばかりに没頭することは許されない。兵法者であると同時に多くの家臣を持つ城主としての立場も守らねばならない苦悩も見える。そういう意味で北條勢への一騎駆けの場面はよかった。しかし、主人公のあまりに冷静で高尚な姿より脇役の武田信玄や柳生宗厳、宝蔵院胤榮などのほうがずっと人間味があり、生き生きとしていて印象に残ってしまった。それにしても是非は別として乱世は男を魅力的に育てるものだ。今や平和になりすぎて……

  久保田 泉
  評価:
 表紙の副題に、新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱とある。う〜む出たな、乱世だ、兵法に生きる男の世界だー。なんか先月にもあったなあ。しかし男性作家が書くと、また全くアプローチの仕方が異なり、臨場感あふれるドキュメントを見てるみたいに、思わず引き込まれる場面が多い。基本的に戦いのシーンというものに血湧き踊らない私だが、信綱が鹿島の松本備前守の下の修行時代に、三日三晩いつ現れるか分からぬ何十人の刺客と、たった一人でぼろぼろになるまで闘うシーンは唸ってしまった。すっ凄い修行だ。私はもう一人の師匠、元海賊という飄々とした移香斎との修行の方が、風変わりな修行と師匠の人間臭さが面白かった。しかし私が一番興味深く読んだのは、阿呆舟の途方と題した著者のあとがき。精魂込めた長編を読んだ後だから尚更なのだが、真剣が産まれるまでの道程こそが、まるで小説みたいだと感心した。大人物の奥さんのためにも、この小説が多く読まれ、売れて欲しいと切に願う。

  林 あゆ美
  評価:★★★★
 戦乱の世に、2人の師匠につき新しい兵法を具現した漢(おとこ)の生涯が書かれた長編小説。
 女の私が読んでいると、まさしく漢だと思う。これは単純に男らしさとは少し違う。男のもつ精神性が、かつて女のもつものと決定的に違っていたのが、この時代だったのではないだろうか。「己を律する心。漢としての魂。そして、武人としての求道」、これらを研鑽して、兵法を極めるのが、上泉伊勢守信綱だ。
 信綱は兵法を通して、芯の太い漢になっていく。人をそこまで成長させる兵法とはどんなものなのだろう。修行を重ねることにより、己が解きほぐされ、自由な発想を生み出していく。極めることの強さと美が人間を通して書かれている。
 筋の通った生き様にため息が出た。時代小説といえば、少々固い文面を想像したのだが、予想外の情景描写の詩的さにあれと思ったところ、あとがきを読んで著者が詩を書いていることを知り納得した。それにしても、兵法の強さを読むとなよなよしている自分の精神性が情けなくなるが、本からもらったエネルギーを何かに生かさなくては。

  手島 洋
  評価:★★★★
 戦国の世に生まれた上泉伊勢守信綱が武将として戦い、新陰流の道を極めようとする姿を描いた物語。時代劇というのに文章がとても若々しい、と思ったらこれがデビュー作と知って勝手に納得。剣の道に邁進する主人公の信綱はとにかく一途。全部で600ページ以上あるストーリーの主人公なら紆余曲折、自分の意にそぐわない道に入ることもありそうなものだが、自分の道をひたすら貫き通す。思わず全日本キックの立嶋篤史、小林聡といった格闘家を思い浮かべてしまいました。
 信綱がまっすぐな人間すぎて、これだけ長い話の主人公としては、やや物足りないところもあるのですが、「巨人の星」か「伊賀の影丸」かと思うようなとんでもない戦いや技が登場してエンターテインメント性を高めてくれます。とんでもない力を持った男が出てくると周りの者たちがそれに振り回されるのが、みんな真剣なだけにおかしい。そんなふざけた楽しみ方もできる作品です。時代劇を読まないという方にこそお薦めします。

  吉田 崇
  評価:★★★★
 はっきり言おう。時代小説とは、面白いものなのだ。この認識、今年の収穫です。
 元々活字分野での時代・歴史物には一切なんの興味もなかった僕だけど、ちっちゃい頃からTVの時代劇は好きで、黄門、金さん、暴れん坊、隠密同心、結構みてると思うのだけど、特にはまったのが『影の軍団』、つまりは千葉真一、ですから、柳生十兵衛、おお、新陰流、ここで本書にからんでく。主人公はその新陰流を創った男で、ま、剣の道を生き抜くという定型と言えば定型な話なのですが、主要な人物それぞれが、なよなよした現代小説の主役くらい簡単に張れちゃうくらいの気骨の持ち主な訳で、そんな奴らが己の信じる道を突き進むんだもの、そんな話、面白くない訳がない。愛だの恋だの色気だの、そんなもんはとりあえずおいといて、求道の心の行き着く先を見届けたいじゃありませんか。
 槍を使うお坊さんが出てくるのですが、この人がやたらとアニメっぽいノリで、だからその辺りは特に読みやすかった。常人を越えた人の中の人間性がかいま見られるキャラクターとでも言う所でしょうか。
 今月の一番です。