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神無き月十番目の夜
神無き月十番目の夜
【小学館文庫】
飯嶋和一
定価670円(税込)
2005/12
ISBN-4094033149
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  松井 ゆかり
  評価:★★★
 「飯嶋和一の作品はキャラ萌え小説だ!」などと言ったらファンの方からお叱りの言葉を浴びせられるかもしれないが、前作『黄金旅風』といいこの作品といい、主人公たちがとても魅力的なのだ。それがなければ、辛い話を読み終われなかったかもしれない。
 しかしもちろん、そんな乱暴なくくりだけで語り尽くせるような作家でもない。同じ時代ものではあっても、『黄金旅風』は絢爛たる歴史絵巻という形容がぴったりだったし、この『神無き月十番目の夜』は史実に基づいて描きながらまるでホラー小説のような趣もはらんでいた。こんなに異なる雰囲気の作風で、どちらの作品もどんどん読ませるのだ。それぞれが同じく村人たちの幸せを願いながら、どんどん狂っていく運命の歯車…。飯嶋和一という作家によって、権力に踏みにじられるしかなかった人々の悲しみが時を越えてよみがえる。

  西谷 昌子
  評価:★★★★
 何者かによって一村が全滅させられている場面から物語が始まる。この時点でドキドキしてしまい、最後まで一気に読んでしまった。山奥の惨殺された死体の描写がなまなましい。人間関係のズレがほんの少し歯車を狂わせてしまい、みるみる村が自滅の方向へと向かっていくくだりは手に汗をかくほどだった。戦国時代が終わって大幅に検地の方法が変わったことで、農民が考えることも奪われるほど虐げられるようになったことなど、因果関係の絡みあいが理解できて面白い。歴史の流れと登場人物たちの生活が密接にリンクしている様が新鮮だった。どこにも大文字の台詞は出てこない。登場人物たちは自分の身の回りのことしか話さない。それで時代の流れを見せるのは作者の力量だろう。そして読後に残るそこはかとない怖さ。主人公はかっこよすぎるが、こんなスーパーヒーローのような主人公にも状況をどうにもできないのが哀しい。

  島村 真理
  評価:★★★
 冒頭から、酸鼻きわまれるむごたらしい場面からはじまる。暗く陰惨な雰囲気は、ホラー作品かと錯覚させる。しかし、そういう話ではなく、太平の世を迎える直前、歴史のはざ間に落ちこみ消えてしまった村の運命をたどりなおす物語だ。
関ヶ原の合戦後、新しく訪れた時代、半士半農の一個の村が生き方の選択をせまられる。けれど、彼らに選択権はなく、農民としてお上の前にひれ伏すしかない。
かつて特殊な使命をもっていたために、人間らしく暮らせていた村。満たされて生き生きしていた空気がしだいに暗さを強めていく。暗示的な出来事が、人々の猜疑心とからまっていく。重苦しい空気から、苦悩に苛まれる人々の息づかいが聞こえてくる。それとは反対に、熱に浮かされたような高揚感にも包まれる。
小生瀬のような村は過去にどのくらいあっただろうか。この本は暗闇から届くかすかな叫びのようだ。力なきその他大勢の苦悩の履歴だった。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★
 慶長7年、常陸国の小生瀬という地で実際に起こった惨劇。その現場に、後検めの任務を帯びた大藤嘉衛門が踏み込んでゆく虚無的なシーンがまず序章で語られる。以後の章では、月居騎馬の石橋藤九郎を中心に据えながら、惨劇に至る道程が克明な筆致で描き出されてゆく。
 とっつきにくいごつごつした文章だ。漢字だらけだし、ディテールの描写は細かいけれどそっけなくて無愛想だ。だがそれでも我慢して読んでいるうちに少しずつ慣れてくる。そして徐々に、頭の中に浮かぶ情景が鮮やかさを増し、ページをめくる手も軽やかに動きだす。若衆頭の辰蔵たちが地蔵森に検地役人一行を誘いこんでゆくあたりからは、物語は鳥肌がたちそうな凄みさえ帯びてくる。後はもう夢中で一気に読んでしまった。
 読後感は寂寥感と重苦しさに満ちたものだったが、そのなかで、直次郎とコトの御籠堂での一夜のエピソードが美しくも切なく、印象に残った。

  荒木 一人
  評価:★★★★
 戦慄の歴史ミステリ。非常に興味深い作品である。埋もれた歴史を掘り起こした、著者の剛腕に脱帽する。意図的に種々の描写を割合に柔らかい表現にしている事に、感謝するべきかも知れない。人名・地名が多く出てくるので、時代小説が苦手な人には読み辛いかも。
関ヶ原、天下分け目の戦い(1600年)。その二年後、慶長七年、陰暦十月十三日。常陸の国の北限、小さな村(現在の茨城県と福島県の境界辺り)。月居武者特有の黒塗りの鞘、支子(クチナシ)で染めた鮮やかな黄色の組紐。旧御騎馬衆、大藤嘉衛門、三十九歳の秋、悪夢の様な出来事に遭遇する。
人が自然と共生し、人が人らしく生きていた昔。物質的に満たされていた訳では無いが、心は豊かな暮らしがあった。いつの世でも、一番大変で、一番苦労するのは、末端に住む大衆である。歴史の節目、連綿と続いていた人の習慣や価値観が、突然の支配者の交代で暗転する。

  水野 裕明
  評価:★★
 戦国時代も終わった慶長七年(一六〇二)陰暦十月。常陸国(現代の茨城県)小生瀬の村で起こった全村民の惨殺の顛末と、その事件がおこるまでの村の歴史をゆっくりと説き起こしていく。戦国時代の勇壮な時代小説を予想していると肩透かしを食うが、しっかりとした文体で、詳細に解き明かされていて、かなり読みごたえがある。序章での嘉衛門が村へ入り村民虐殺を発見するところから話は13年前に戻り、なぜ村人虐殺が起こったか、その因を解き明かしていく。その様は、解説に「歴史的な古文書の蒼古さを漂わす」とあったが、まさにその通りで、古文書を現代語訳したような緻密な描写は、じつに実証的で、詳細。刀などの武具の描写や騎馬術、騎馬による戦い方など余り一般的で無いことまで、よく調べられていて、しかもその描写のリアルさに驚いた(もちろん、書かれている時代の衣装や習俗、食べ物などについて逐一文献に当たって調べたわけでないし、実際に見たわけではないからリアルという評価は正しいとは言えないが……)。重厚で骨太な歴史小説が好きな人にはこたえられない1冊かも。