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├2001年7月
├2001年6月
└2001年5月
貴婦人Aの蘇生
【朝日文庫 】
小川洋子
定価525円(税込)
2005/12
ISBN-4022643552
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
久々湊 恵美
評価:★★★★★
ああ、すごい。なんて素敵な一冊なんでしょう!読み始めてすぐこの世界に引き込まれてしまいました。出生が何者なのか謎の深まる伯母さん。不気味で怪しい剥製だらけな洋館。
薄暗くてドロドロしているエピソードがたくさんあるのに、その文章はまるで温度がなくそれでいて時々ピカリとライトがあたったように輝きだします。主人公らのうれしそうな姿や哀しみにくれている姿が目前に現れるような気がしました。
特に印象的だったのは、強迫性障害のため扉を開けて入るためにはいくつもの儀式をしなければならないニコでした。
一時強迫性障害に関して調べていた時期があったため、余計に惹かれた部分もあるのですが、読了後も、きっとあの人はこんな歩き方をするだろうとかこんな食べ物が好きなのだろうな、と想像してしまうような感覚があり、文章なのに色があるみたい。
淡々と続く物語なのに……だからこそなのかな?何度か鳥肌が立ちました。
う〜ん、まいりました!
松井 ゆかり
評価:★★★★
最近でこそ「博士の愛した数式」のヒットなどもあって、一見ほのぼの路線を快走中のように見える小川洋子さんだが、もともとはこんな感じの作家なんだよなあ…と改めて認識させられた作品。
ひとことで言うとシュール。北極グマの剥製に顔を突っ込んだ状態で亡くなった伯父。執拗に自分のイニシャルの刺繍を施し続ける伯母。主人公のボーイフレンドのニコ(強迫性障害を患っている。どんな扉であれ、奇妙な儀式を終えないうちは中に入ることができない)や、伯母に取り入ろうとするライターかつ剥製マニアのオハラなど、一般的には怪しげとされる人々が登場する。
しかし、彼らは純粋なのだ(自己の利益を追求する計算高いオハラでさえ)。帯の「この作品は私の愛着がもっとも深い小説です」という著者の言葉に、母性を、そして作家としての矜持をみる。
西谷 昌子
評価:★★★★
自分だけの空間をガラス細工のように繊細に、精密につくりあげていく人たちの物語。身のまわりのものすべてに刺繍をほどこし、ふとしたことから自分はロマノフ朝の王女アナスタシアだという物語をつくる伯母、剥製を洋館にあふれるほど収集した亡き伯父。儀式をしないと扉という扉に入れないニコ。彼らがつくろうとしているのは、自らをとりまく空間だ。この小説には全体に静かな空気が流れている。それはただ静かなだけでなく、物語に広がっている空間を感じさせるような不思議な空気だ。つついたら壊れそうな、薄く脆いガラス細工が美しく見えるように、彼らの空間も危うい均衡を保っていて、それゆえの美しさがある。どこかに「死」の匂いがして、そのせいでいっそう緊迫感が生まれている。私はどこに泊まりに行っても枕の周りに本を散らかす癖があるのだけれど、これも自分だけの空間づくりだな、と思った。こっちは緊張感がないせいでまったく美しくないけれども。
島村 真理
評価:★★★
洋館、大量の剥製、奇妙な人々。小川洋子作品を読むのは、「博士の愛した数式」から2冊目。ある雑誌の記事で、彼女の作品は“悪夢のようなシーンがしばしば登場する”と読んだことがあるが、他の作品をまったく手にしたことのない私には、死を濃厚に満たした洋館がそれに近く感じられた。
さて、奇妙な人々を紹介しておくと、“A”のイニシャルを刻み付けるユーリ伯母さん、“私”のボーイフレンドで、強迫神経症のニコ、剥製マニアでその正体がはっきりしないオハラである。主役である“私”はこの3名のなかではいたって普通だ。
しかしながら、彼らが一緒に過ごしたひと夏は、互いを支えあい、見守る穏やかで温かい空気が漂う。洋館いっぱいにつまった剥製のように、濃厚な死の臭いが立ち込めているのに。
イニシャルAにまつわる、ドラマティックな展開も魅力でしたが、終始心にひっかかっていたのは、庭に放置されたままのホッキョクグマの剥製でした。
浅谷 佳秀
評価:★★
ロシア皇帝ニコライ2世の末娘を自称し、猛獣館と呼ばれる屋敷で静かに暮らすユーリ伯母さん。彼女を見守っている語り手の「わたし」と、強迫性障害を患うボーイフレンドのニコ。そこに毛皮・剥製仲買人兼フリーライターのオバラが現れ、ユーリ伯母さんを外部の人々の中へと押し出してゆく。風変わりな登場人物たちの繰り広げるエピソードを交えながら物語が進行する。
剥製だらけの洋館、皇女妄想に取り付かれたユーリ伯母さん、あらゆる扉の前で奇妙な儀式で自分を縛り四苦八苦するニコ。語り手をとりまく舞台や人物は、読んでいて鼻白んでくるくらい現実離れしている。その一方で、女子大生の語り手「わたし」の影は薄い。
う〜ん。どうもこの物語とは自分は波長が合わなかったみたいだ。例えるなら、路地裏に小奇麗なフレンチレストランを見つけて思わず入ってみたが、出てきた料理は変わったスパイスの香りばかりして、味がなんだかよく分らなかった、といった感じ。
荒木 一人
評価:★★★
芥川賞作家の作品。現代風に言えばマニア?オタク?或いは妄執を著した物語。「博士の愛した数式」へ続く本と帯の紹介にはあるが、どちらかと言えば続くではなく、濃くした物語。濃すぎて一般受けしにくいかもしれない。私も少し薄目の「博士の愛した数式」の方が好みである。
姪の私とは、親しい行き来もなかった叔母。私的空間と公的空間の区別も曖昧で、ドッキリするほど綺麗な空色の瞳を持っている。ひょんな事から、そんな猛獣館の貴婦人Aとして君臨する叔母と同居する事になった。
日常的な生活の中での、超越した人間と凡人の差異は何だろう? 人は誰でも愛着、執着という、拘るモノがある。他人の価値観というのは理解しにくい事もある。理解出来なくとも、少なくとも寛容する事も必要であろう。大らかな気持ちで容認する事が出来る人間と出来ない人間、違いは何処にあるのだろうか? 人は、錯覚であろうと、夢想であろうと、自分だけの価値観の中で生きている方が、幸せなのであろう。
水野 裕明
評価:★★★
いかにもこの作者らしい世界が広がる1冊。
帯にあった『博士の愛した数式』よりも『沈黙博物館』の世界により近い物語世界が広がると感じたのだが(ま、『博士の……』の方が映画になって名が売れているので仕方ないかと思うが)。どこにでもありそうでいて、実はどこにもない幻想的な世界なのに、いかにも幻想小説という体裁を取っていないところがスゴイ。けれど、これは一種の幻想小説だと思う。登場人物もリアリティーがありそうで、読んでいくほどに、はかなく、かそけく、でも愛しく……。話は剥製マニアの伯父が亡くなって、残された義理の伯母と同居することになった「私」の日々が綴られていくのだが……。実はこの伯母が、最後のロシア皇帝ニコライの娘、アナスタシア?というところからストーリーはどんどんと幻想味を帯びてくる。ドアの前で回転してドアの四隅を押さないと入れないという強迫神経症を持った「私」の恋人のニコや、あやしげな雑誌の編集者オハラなどいかにもフリークな人々が登場するのだが、変に安らぎと静謐さが溢れる、小川ワールドが広がっている。