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勝手に目利き
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水の繭
水の繭
【角川文庫】
大島真寿美 
定価460円(税込)
2005/12
ISBN-4043808011
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  久々湊 恵美
  評価:★★
 昔読んだ少年は荒野をめざす、という漫画を思い出してしまいました。
陸、という少年がでてきたからなのか、設定が双子であるというところからそう思ったのか。傷つきやすい子供以上大人未満の雰囲気が似ていたのかもしれません。
子供時代の両親の離婚。父親に引き取られた娘、母親に引き取られた息子。
それぞれ違った場所に住み、十数年の時間が流れ、父親の死と従兄弟瑠璃の登場で再び出会う。
全編を通して、家族とは何か。という問いかけが見え隠れしています。
あっという間に読み終えてしまったのだけれど、なんだかきれい事過ぎるような気が。登場人物の背景が浅くしか書かれていないため、細かい部分が想像しにくかったのが残念です。
結局この人は何がしたかったんだっけ?この人本当に割り切れているのかな?といった登場人物に対する疑問が次々と沸いてしまいました。
複雑な事情を背中に抱えた人間が、こんなにもあっさりと背中に背負い込んだものの形を変えてまとまっていこうとするのは少し気持ちが悪いかな。

  松井 ゆかり
  評価:★★★
 両親が離婚し、父と残った主人公とうこ。その父も亡くなり孤独な日々を送るとうこの元に、従妹の瑠璃が転がり込んでくる。そして、とうこは自分の双子の兄陸に会いにいくことを決意するが…。
 なんと言うのだろう、登場人物たちの逡巡といったものに必然性が感じられないというか、「君たちもっと話し合ったら?」以上感想終わり!となってしまいあと一歩胸に迫ってくるものがないような。同じ作者の「香港の甘い豆腐」はけっこう好きだったんだけどなあ…。
 児童小説も書かれる作家に得てして多い気がするのだが、どうも設定を作り込み過ぎる傾向がないだろうか。もちろん複雑な家庭事情などといった設定も込みで作品の魅力というものが成り立つのはわかるが、極力そういった前フリ無しで、自己の内面からどうしようもなくわき起こってくる心の動きが描かれたような小説が読みたい。大島さんにはそれが可能だと思うし。

  西谷 昌子
  評価:★★★★
 父を亡くして以来、無気力になったとうこが少しずつ変化していく。何か劇的な出来事がきっかけになるわけではない。転がり込んできた従妹の瑠璃の何気ない言葉や行動。近所の廃屋にある日突然やってきた夫婦。説教めいたことも感動的な台詞も言わないが、黙って彼らを見たり聞いたりしているうちに、とうこの喪失は得体の知れない大きな重圧から自分の血肉になっていく。おそらく本当に大きな傷は、自分でも気付かないようなささやかな変化を繰り返して癒えていくものなのだろう、と思わされた。離れ離れになっていた双子の兄の陸と実際に会ってから、とうこはようやく自分が家族を失ったことを受け入れる。逃げていた現実を受け入れる、と書くと陳腐に見えてしまうけれど、仰々しく変化しない様子がリアルで、まるでこちらまで一緒に成長したかのような錯覚を覚える。

  島村 真理
  評価:★★★
 家族とは”同じ家に住む夫婦・親子・兄弟など、近い血縁の人びと”と辞書には書いてあるけれど、親元を離れて暮らしたり、結婚して家を出ると両親兄弟とは家族じゃないのか?と言われるとわからなくなる。だから家族とは説明しづらい関係だと私は思う。
とうこは、両親の離婚で母と兄を、そして突然の病で父を亡くす。人は大切なものを失うと、強い喪失感を抱えてしまう。だからとうこは、本人も気がつかないくらい殻に閉じこもったままなのだ。二度の喪失で傷つき、兄の陸のことを「もう家族じゃない」と言ってしまうほどに。
しかし、家出常習犯のいとこの瑠璃が転がり込んできてから、少しずつ変化がおこる。彼女の奔放で素直な行動は、凍ったままの空気を対流させるシーリング・ファンみたいなのだ。心の傷は抱えたままでも歩いていけるということを気づかせてくれる。誰もがそれぞれに傷を抱えながら立ち上がっている。押し付けがましくなく、焦ってないのがいい。さりげない優しさが沁みてくる話。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★
 両親の離婚によって引き裂かれた家族。姑との確執から、母親は双子の兄妹のうち、兄一人だけを連れて家を出て行く。置いていかれた妹、とうこの視点からこの物語は語られる。とうこ以外の登場人物も皆それぞれに、かけがえのない人との関係を絶たれたり、あるいは自ら断ち切ったりして、癒されることのない喪失感を抱えている。
 風通しの良い淡々とした語り口で、すいすい読める。この作者、上手いなあと感じるのは、肝心なところをあえて語り尽くさないところ。ところどころを、さらっと曖昧なままにしておく。語られなかった部分が、物語に絶妙な陰影をつける。
 傍目には不幸といってもいい境遇の人物ばかり登場するし、希望に満ちた展開があるわけでもない。にもかかわらず、全体のトーンが澄んでいて明るいのは、とうこの従妹、瑠璃の存在によるところが大きい。遠赤外線効果のようにじんわり暖かくなる小説だ。

  荒木 一人
  評価:★★
 あっと言う間に読める、ふわふわした読後感。現代社会では割合にありがちな、家庭の離散、崩壊。その後、ゆっくりゆっくりと、立ち上がる少女の物語。
繭は羽化する前の状態。他人からは奇妙に見えようとも、羽化し大きく羽ばたくために、必要な儀式なのかも知れない。現代における多様な価値観、あるいは価値観の急激な変化。カテゴリを小さくしていく。社会、学校、そして、家族。生々流転、時間と共に変化する、時に緩やかに、時に急激に。人は、今が永遠に続くと錯覚している。
私、双子の兄の陸、従妹の瑠璃、祖母、等々、登場人物全ての人々の再生物語。家出常習犯の瑠璃が、なげやりで適当な日々を送っていた私の所へ、久しぶりに転がり込んできた。それをきっかけに、私の生活は無味無感な無限ループから抜け出し始める。

  水野 裕明
  評価:★★★
 男女の双子が主人公で、離婚した両親それぞれに引き取られて分かれて暮らしている。やがて、一方の親が亡くなってしまう。そしてわかれていた双子が再会し、新しい生活の一歩を踏み出すまでの物語ということは……。山田詠美の「PAY DAY!!!」とほとんど同じ登場人物の設定である。テーマも大切な人を無くした喪失感とそこからの再生、成長とほとんど同じなのに、こんなにも味わいが異なる作品になるのは、ほんとうに作者の個性・思想の違いなんだろう。主人公“とうこ”は父の死を現実のものととらえきれず、泣くこともなくただ、ただ拒否するかのように生きている。いとこや双子の兄、祖母、ご近所のあやしげな喫茶店の夫婦などいろいろな人に見守られ、言葉ではなく思いやりによって、新しい一歩を踏み出そうとする。一方「PAY DAY!!!」では家族一人ひとりの努力というか、個人の考え方で乗り越えていこうとしているように感じた。簡単に日本的、アメリカ的と決めつけはできないが、ぜひ、多くの人が読み比べて欲しいと感じた。