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タンノイのエジンバラ
タンノイのエジンバラ
【文春文庫】
長嶋有
定価530円(税込)
2006年1月
ISBN-416769302X
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  松井 ゆかり
  評価:★★★★★
 長嶋有さんと川上弘美さんは似ている(もちろん作風がですよ。外見は似ていない)。と、思う。ご賛同いただけるでしょうか。以前川上さんの小説が「俳味がある」と表現されているのを目にした覚えがあるのだが、言い得て妙だわと膝を打った覚えがある(長嶋さんも川上さんも俳句を詠まれるとのことだし)。
 解説に「長嶋本のなかでもっともいい」と書かれた本書だが、私もすごく主人公たちに共感した。彼らの“いろんなことが割とどうでもいい”性格というのが、他人事と思えなかったからだ。今でこそ、結婚して3人の子の母となり、普段そんな気持ちは無意識に押さえ込まれているわけだが、もしも自分ひとりだったら楽な方へ楽な方へ流れていってしまいたいという誘惑に勝てないような気がする(それが結局はのっぴきならない状況へ追い込まれる結果になったとしても)。
 実際にはそうはしません。しませんが、小説で読むのはオッケーですよね。

  西谷 昌子
  評価:★★★★
 この短編集の主人公たちは、いつもどこか無気力だ。目の前の出来事が普通と違っても、突っ込もうとせずにただ見ている。そこに微妙な関係が生まれる。「タンノイのエジンバラ」は少女と男の物語。お互いがお互いに対して何もしないのに、何となく影響しあう……そんな関係の心地よさ。しかし家族は本来そんなものではないだろうか。何かをしてあげた、してもらったという関係は、実は薄っぺらいものなのではないかと思わせられる。「夜のあぐら」は父を必死でつなぎとめようとする姉と、姉に流される弟妹の物語。一生懸命になる姉、冷めていて姉をなだめる弟、そして緩衝材になっている妹。そんな関係がごく自然に描かれていて巧い。「バルセロナの印象」は姉を慰めるための旅行の物語。ホテルの部屋を2対1で回していくとき、いろいろな関係が生まれるのが面白い。「三十歳」は不倫で職を変えた女性の物語。若い男と本気にならない関係を持った後、初めて泣ける……こんな描き方をできる人は稀だろう。

  島村 真理
  評価:★★★★
 短篇4編収録。
 長嶋有は芥川賞受賞の「猛スピードで母は」を読んでからすごく好きになっていた。文章のリズムと雰囲気がいい。
 4編とも主人公たちはやっかいな状況を抱えている。けれど、誰もあわててなくて悲壮感もなくて、まるで大河の流れにゆったりと流される船から寝転んで景色を眺めるように、客観的に自分を見ているようだ。そういう滑稽でのんびりしているところも気持ちを和ませてくれる。
 特に好きだったのは「タンノイのエジンバラ」。失業中の男が、隣家の小学生の娘を1日預かるという話だ。年齢のギャップがある二人のちぐはぐな会話が笑いを誘う。子供の素直でするい言葉に思わぬ真実が混じっていたりしてひやりとさせられる。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★
 4つの短編からなる作品集。それぞれの作品とも、どこかとらえどころの無い、不思議な味わいがある。ストーリーはそれぞれ、日常生活の中の小さなドラマを切り取ったようなものだ。こういうミニマルな趣向の短編は、どちらかといえば女性作家の得意とする分野ではなかろうか。そして、たとえば角田光代が、同じ題材とテーマで書いたら全然別のものになるだろうなという気がする。
 で、本作品はやっぱり男性の筆だな、と。う〜ん、ちょっとうまく説明しにくいが、テンションのかけどころが違うとでも言うか。つまりは、男の料理っぽいというか。ざっくりとして程よい味わいとコクがあり、後味はさっぱりしている。
 余談になるが、かつて私は、本作品中の「三十歳」の主人公と似た状況、つまり四畳半のアパートにグランドピアノを置いて、その下で寝起きするという生活を送っていたことがあり、その頃のことを懐かしく思い出した。この作品の書評とは関係ないけど。

  荒木 一人
  評価:★★
 脱力、虚脱、だる〜い一冊。かる〜く読めます。芥川賞作家の短編四編をまとめた本。
現代社会のよくある状況、よくいる主人公達。深刻にならないので良いと言う人と、淡泊すぎて物足りないと言う人に、分かれそうな作品群。脱力感満点。
タンノイのエジンバラ:殆ど面識のない隣家の母子。一方的都合を説明する母親、失業中で独身男の俺、手に壱万円札を無理矢理に握らせ走り去る母親、残される俺と女の子。
夜のあぐら:姉、私、弟のちょっと壊れ掛けた兄弟。父親の入院を発端に、4年ぶりに集まる姉弟。理由にもならない理由で、実家に泥棒へ入る。
バルセロナの印象:姉、僕、妻の三人で出かけたバルセロナ旅行。目的は無し、一応の大義名分は、姉を元気づける事。
三十歳:母から譲られ部屋を占領しているグランドピアノ。不倫、失業、フリーター、流されながら生きる、秋子三十歳の日々。

  水野 裕明
  評価:★
 芥川賞受賞作後の初の作品集ということで、今回の課題は文学賞系の作家が多くて、物語としての締まりがあまりないので、読み通すのにかなり難渋したが、この短編集の最初の作品「タンノイのエジンバラ」は、なんとなく出だしの1文“隣家の女の子を預かることになった。”というさりげないけれども、いかにも小説らしい始まりがすんなりと入り込んできて、さらさらと読めてしまった。でも、読んでいくうちにそのさらさらに変に固まってしまって無理に無感動に描いているような、作者に対して「それでいいの、そんな風に描いて楽しいの?」と言ってしまいたくなるような感があって、ついつい読んでいても引いてしまう。今回の課題である「しょっぱいドライブ」も「僕とネモ号と彼女たち」も同じように感じた。最近のいわゆる文学作品というのはこういう傾向なのであろうか?唯一この短編集の最後の「三十歳」の女性が最後に大声で叫んでいたが、ストーリーの流れとしてはこれがやっぱりほんとうだろうと思うのだが。

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