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勝手に目利き
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熊の場所
熊の場所
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価819円(税込)
2005年12月
ISBN-4062753316
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  久々湊 恵美
  評価:★★★★★
何やらポップな装丁だったので、女の子チックなカワイイお話を想像してました。
『熊の場所』ってタイトルもメルヘンチックな感じがしちゃって。
ふたを開けてみると、ネジの飛びまくった不思議ハイテンションな作品達。読み出したらどんどん加速して止らなくなってしまった。
とってもリズミカルで暴力的でちょっとグロテスクでもあるのだけれど、全力疾走で読み終わったあとに心の奥底を覗いてしまったような、そんな気持ちに。
ちょっと独特な文体なので、私は最初戸惑ってしまったし、同じように思う人は多くいるかもしれないけれどこの作品達にに潜んでいる「人間」ってやつに惚れてしまいました。
オススメは、『バット男』。
何が勝ったって事なの?何が負けたって事なの?
そんなこと考えるの阿呆らしくなる。ははは、と笑ってしまいたくなる。

  松井 ゆかり
  評価:★★★★
 舞城王太郎。こんな風に私の心を千々に乱れさせる作家は他にいない。
 好きか嫌いかという二者択一で語ることが難しい。もし好きかと聞かれても頷くことはできない。目を背けたくなるような暴力にあふれているからだ。しかし、嫌いかと問われればまた迷う。作品のあちこちに見られる健全さや真っ当さやナイーブさが妙に心を捉えて離さないからだ。
 猫殺しのまー君との奇妙な交流を綴る表題作。題名にもなっている「バット男」というあだ名の情緒不安定な人物の死をめぐる喪失の物語。そして、自分の将来を切り開くべくとある行為を恋人に対して続けた智与子の傷心を描いた「ピコーン!」。どの作品においても、世界は暴力や悪意に満ち、主人公や他の登場人物たちは痛手を負う。しかし、同時に不思議な希望に彩られてもいる。
 ほんとは舞城作品には全否定あるいは全肯定のいずれかこそがふさわしいのだと思う。そう言いながら、自分の評価は星4つ。中庸な自分が歯がゆい。

  西谷 昌子
  評価:★★★★★
 「熊の場所」私たちが幼少の頃、まだ善悪の区別も、何が普通で何が異常なのかもわかっていなかった時分に、わけもわからず妙なものに惹かれていたあの感覚。何に性を感じるかすら未分化で、変なものに生々しくいやらしさを感じていたあの感じ。そこから確かな教訓を得る。あの頃私たちは確かにそうやって世界を見ていた、と思い出させられた。「バット男」純粋なあまり恋人を苦しめる男、どうしようもなく堕ちていくことで救われようとしてあがく女。文章にスピード感があるせいで重くならないが、その分、救いのなさがきわだつ。弱い者ほど誰かの苦しみのはけ口になっていくさまが、ぐるぐると堕ちていくような息継ぎのない文章で書かれている。読んでいて息苦しくなるほどだった。「ピコーン!」絶望的な状況も笑える状況もすべてひっくるめて一気に語る女性の独白口調は、どんなことが起きても悲劇の主人公のように自分に酔うことを許さない。どんな状況にも酔わず、逃げずに人を愛することができる主人公の強さに元気付けられながら読了した。

  島村 真理
  評価:★★★
 だらだら語りで「これはナニ?なんだ?」と思っている間に舞城ワールドへ引き込まれてしまう。思考がイッちゃってるみたいで理解したくないけれど、よくわかるんだ。恐ろしい。「熊の場所」は可愛らしい熊のイラストに油断していたら、思わぬ彼岸に連れて行かれた。恐るべし。
 この本は3篇の短篇が収録されている。お気に入りの「熊の場所」では小学生の沢チンと”猫殺し”のまー君の微妙な友情物語。二人のおかしな関係にも目が離せないけれど、沢チンのお父さんの話が絶品だ。体験にもとづく哲学はもう納得するしかない。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★★
「僕」の父は仲間とユタの原生林を歩いていて灰色熊に襲われる。離れたところに停めていたジープまで命からがら逃げた彼は、拳銃とスコップを手に、熊のいた場所へと戻る。「熊の場所」とは、つまり人生において克服すべき恐怖の源泉となる場所である。恐怖から逃れるためには「熊の場所」に戻らなくてはならない。戻って恐怖を克服できればいいが、できなければ破滅が待っている。「僕」の友達で、猫殺しを重ねているまー君は、果たして自分の恐怖を克服できたか。それとも…。
 表題作のほか、ミステリー仕立ての2つの作品が収録されている。どの作品も、話があちこちに飛んでいくかと思うと、いつの間にか狙い定めた一点にぴたりと着地する。一見行き当たりばったり無造作に書かれているようでいながら、その実、全体が極めて緻密に構成されているのだ。作者独特の歯切れよい文体も、おそらくは練りに練られて研ぎ澄まされてきたものだろう。3篇ともが、この作者の圧倒的な実力を十分に堪能できる、完成度の高い作品である。

  荒木 一人
  評価:★★
 サイコでサイケな本。好き嫌いが激しく出そうな短編が三編。不気味だが奇妙に納得する、何とも表現しにくい読後感。著者は賛否両論あり、ある時は純文学を書き、ある時はアニメのパロディを書く小説家。独特な文体と、独自な世界観を引っ提げて登場。 舞城ワールド全開! 本当に全開だった(笑)。

・熊の場所:僕が十一歳の頃、父の台詞を思い出し行動した結果、ひょんな事から「まー君」と友達になる。猫を殺して、尻尾をコレクションしている少年まー君。
・バット男:調布のバット男は、威嚇用バットを積んでいたが……
・ピコーン!:暴走族の哲也と彼女のわたし。わたしの問題は哲也の浮気だった。それだって「灰色の脳細胞」と圧倒的な暴力で解決。わたしのフェラチオで更正していた哲也が……

 誰でも、ほんの少し平常を踏み外すと、この世界へ舞い込むのか。それとも、全くの異次元なのか、パラレルワールドの世界へようこそ!


  水野 裕明
  評価:★
 表題作の「熊の場所」は第15回三島由紀夫賞候補作、群像に掲載された作品らしい。ミステリー畑から出た作家と思っていたのに、純文学誌に掲載って何か変な感じを受けたが、解説を読むとミステリーながら純文学の香りも高い作品が多かったとか……。別にジャンルにこだわる必要もなく、面白ければそれでいいわけで、その観点からすると「熊の場所」は1センテンスが異常に長いという文体に慣れると、純文学ながらミステリーの香りが高い個性的な短編。小学生の主人公が友人の鞄の中に垣間見た猫の尾から、いろいろに話が展開していくのは、いかにもミステリー風味で楽しめたが、「バット男」のバット男、「ピコーン」の暴走族の女性にはそれぞれの作品の中での存在の必然性が感じられず、物語として楽しめなかった。