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生きいそぎ
生きいそぎ
【集英社文庫】
志水辰夫
定価580円(税込)
2006年2月
ISBN-4087460126
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  久々湊 恵美
  評価:★★★★
寂しい。とても切ない。
読んでいて、とても胸が苦しくなり何度か読み進める手を止めてしまいました。
この短編集に登場する人物達とは性も年齢もまったく違うのだけれど。
定年退職の日を迎えた者、熟年離婚した者。急に周りの世界から遊離した孤独感が何ともやりきれません。
それぞれが今迄大切にしてきたもの、あるいは日常の普遍であったろうと思われるものを失い、失ったところで何かを確認するかのように、自分の中の幕を下ろすかのように年老いた男達は、振り向きます。
自分自身が乗り越えることのできなかった場所、時間を見つめるために。
年老いて死んでいく、という事が自分の中で確かに感じられたとき、人は何らかの決着をつけようとするのかもしれません。
私は、数十年後年老いて死を確実なものとして感じたとき、一体何に決着をつけるのだろう。
そんな事を思いました。

  松井 ゆかり
  評価:★★★
 この本でひとつがっかりしたことがある。中身ではなく、著者近影。志水辰夫ってこんないい男なの?俳優の高橋幸治を甘くしたような感じ。中年男の悲哀も、このような色男が書いていたとあっては感興も半減だ。借金だのの金銭問題のいざこざならともかく、女性関係については「もてて困る」くらいの悩みしかなさそうではないか。
 …という与太話はさておき、オチのある話を書く作家というイメージがなかったので、この短編集は意外な思いで読んだ(個人的にはあまり無理に落とそうとしていない作品の方が好みだが)。しかもいくつかの作品にはオカルト風味も。しかし、もともと志水さんは冒険小説やミステリー作家として世に出た人だったのだ。私が不勉強だっただけで、以前からのファンにとっては最近の志水作品の方が驚きなのかもしれない。今後はさらにまた違った作風の小説を書いていかれるとのこと。やはり志水辰夫という作家はくたびれた中年どころの騒ぎではないのであった。

  島村 真理
  評価:★★★
 定年を向かえた男たちの歩んできた道。それぞれの人生をふりかえる。積み重ねてきた彼らの過ぎていった時間はどれも読むものをひやりとさせる怖さがあった。淡々と語られる過去の情景のなかにうごめく情念が見え隠れするからなのか。自分のしてきた仕打ちへの改悛の情がわいてくるからなのか。とにかく古い荷物の中から突然蛇でも現れるように過去が襲いかかってくる。
 「逃げ水」が印象的だった。終始不愉快さ腑に落ちなさが付きまとう。瀬戸内のある島を訪れようとする男にはどんな“昔”があったのだろう。まったく自分ひとりで想像するしかないけれど。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★
 本作品集は八つの短編からなる。どれも老境にさしかかりつつある男性が語り手となっている。ほの暗いタッチの、苦渋に満ちた作品ばかりなのだが、その割には読みやすい。なぜかというと、文章が端正で、過剰な表現や無駄がなく、人物や情景の描写が非常に巧みになされているからだ。そのおかげで物語世界に入り込みやすいのだ。どの作品もNHKの夜10時からのドラマに似合いそうな佳品である。
 印象に残った作品をいくつか挙げておこう。「うつせみなれば」では、夫婦の亀裂の背後にある、夫の取り返しのつかない行為が仮借ないほど残酷に描かれる。「燐火」では、山歩きをする主人公が出会った、奇妙な老婆とのいささか滑稽な交流が、やがて不気味なラストに至る。「逃げ水」では、悪夢のようなシュールな展開に、足元が崩れてゆくような感覚が味わえる。私にとってはこの作品が本作品中のベスト。「赤い記憶」は母親の死にまつわる忌まわしい記憶の呪縛が、一人の男の人生を狂わせてゆくという、哀しく怖い作品である。

  荒木 一人
  評価:★★
 人生の終演を迎えた人々を綴った、八編の短編。非常に上手いし、読ませるんだが、昏い気持ちになる。生きる事は、哀愁に満ちているのか?老いとは、夢も希望も見せてくれないのか? 白秋では無く、玄冬の物語。

・人形の家:定年を迎えた男がやり残した事とは。
・五十回忌:亡き姉の五十回忌に久しぶりに集まった兄弟が、姉へ思いを巡らせる。
・こういう話:汚職を犯した男が逃げ込んだ先は。
・うつせみなれば:三十年勤めあげた会社から家へ帰ると。
・燐火:三年ぶりに知人を訪ねるために泊まった湯治場。
・逃げ水:人間の意地悪さと意地汚さをただ淡々と。
・曼珠沙華:母の隠し子が訪れて来た。
・赤い記憶:ミステリのスパイスを数滴。

 主人公達の、その後へ思いを馳せると絶望的になる。彼らより私が若いからなのだろう。あと二十年もすれば、もっと素直に受け入れられ、違う感想を持つのかも知れない。


  水野 裕明
  評価:★
 いわゆる奇妙な味と呼ばれる不可解な終わり方をしたちょっとホラー風味の作品と、人生の終わり近くになって迎える様々な人間関係の残酷さを描いた、二つのタイプに分けられる8本がまとまった短編集。いずれも人生の冬に入った老齢に近い男性が主人公で、かつその男性の一人称で書かれている。さらに、主人公のおかれている状況とかが第三者の視点で説明されていないので、どういう物語なのか始めは分かりにくく、読み進めて徐々に全体像が見えてくる。そして最後に全貌や隠されていたことが明らかになって、なるほどとうなずかされて、読む醍醐味、楽しさを味わえるわけなのだが、8本もあると巧みであってもさすがにちょっとしつこいかなぁ。またこのパターンかと読む気をそがれるように感じた。