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勝手に目利き
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いらっしゃいませ
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【角川文庫】
夏石鈴子 (著)
定価540円(税込)
ISBN-4043604041
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  久々湊 恵美
  評価:★★★

 平々凡々な女の子が、何かの拍子で出版社に採用されてしまい受付嬢として働いていく物語。
 とはいえ、難関の試験や面接を描いた部分を読んでいると、フラフラしているようで意外と芯のある女の子だったりして、採用されるかもなあなんて思いました。
 私は、仕事で新卒の就職採用関係の仕事を担当していたりするのですが、最近学生さんってどんな気持ちで就職活動しているのかな?なんて思っちゃったりすることも多かったりしてたのです。
 きっとこの女の子のような気持ちなのかも!本当にこの仕事でいいのかな。できるのかな。自分、仕事したいのかな?
 そんな曖昧な気持ちのままそれぞれ“会社”というなんとも恐ろしげな世界に入っていくのですね。
 きっと思い描いていた会社とはとんでもなくかけ離れていて、がっかりしたり、嬉しい事も発見したり。
 そんな経験をしながら、スーツのまるで似合わない人種からスーツをバビッと着こなした人種へと変化していくのです。
 なんだか、私も昔はそうだったかもなあ、なんて思うとちょっと学生さんを見る目が変わってきたかも。
 それにしても、ホンワカした印象の話なのに、すごく細かい描写までキチッと書かれているのがすごい!
 かなり詳細にリサーチしてあるんでしょうか。受付という仕事がとってもわかりやすく書かれてます。

  松井 ゆかり
  評価:★★★★

 会社のことについて、というか懸命に仕事をする人間について書かれた小説はおもしろい。恋愛に夢中になるのは簡単な気がするが、仕事に夢中になるのはほんとに難しいからだ。
 著者である夏石さん自身がモデルの小説だという。出版社に受付嬢がいるということ自体も驚きだったし(本の雑誌社にはないポストでしょうけれども)、他の企業であればもっと華やかなイメージがある受付もそこではいちばん地味なくらいに感じられるのもおもしろかった。しかし、いくらなんでも就職活動うまくいき過ぎでは。現在就活中のみなさんからはちょっと反感買うかも。

  西谷 昌子
  評価:★★★★

 仕事が終わったあと女だけでするお喋りを、丁寧に小説仕立てにした、そんな作品だ。尊敬できる先輩の話、仕事のできない同僚への批判。仕事のできる女というのは、往々にして辛口なのだ。
 就職試験を受けて会社に入り、入社後の一年が過ぎるまで、ひとを反面教師にしながら仕事に対する姿勢を見つめなおしていく。ほのぼのした装丁とは裏腹に、すさまじいまでの毒舌だ。一緒に入社試験を受けた人に対する批判。自信にあふれた様子を「自信ちゃん」と呼び、発言の底の浅さから果ては脚のむだ毛、顔のほくろまで駄目出しをするのだから(しかも顔にも口にもそのことを出さずに)。主人公の、特に不細工で仕事のできない人間に対する批判は鼻につくところもある。自分が美人で優秀だと自覚した上での批判だからだ。
 しかし、そう思いながらも読み始めると止まらない。というのも、お茶汲みや座布団の裏表といった細かいところから人間関係を語っていく、そんな切り口がとても面白いのだ。それは女だけでひとの噂話をするときの切り口だ。ついつい聞いてしまう悪口の魅力がここにある。

  島村 真理
  評価:★★★★

 ひさしぶりに会社勤めをしていたときの事を、それも新人時代を思い出した。気合は入っていて、毎日が充実していて楽しかったという気分と、冷や汗ものの失敗。でも、ただ繰り返すだけで同化していった自分は何をもめざしてなかったなと思う。
 だから、主人公みのりは新入社員として完璧だなぁと感心するのだ。受付嬢として、どんなちいさな”仕事”も手を抜かないように心を込める。ていねいに仕事をしようとする姿に好感を持った。確実にステップを踏むように誠実な仕事をしている人はステキだ。そういう一生懸命さと、頼りがいのある先輩たちのいる安心感。いつかは慣れてしまう職場だけれど、一瞬見えるキラキラした空気が楽しかった。
 何人か登場するダメ社員たち(みのりの先輩にあたる受付嬢の宮本さん、配属された部署が気に入らず、新人に電話をすべてまわす長谷川さん)も、苦味を添えてくれている。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★

 主人公みのりが、出版社の入社試験に受かり、受付に配属されて働いた1年間の日々を描いた作品である。作者自身の実体験から生まれた小説で、白石一文氏の解説によれば、主人公のみのりは作者自身がモデルになっているらしい。
 読んでいて気持ちがいいのは、みのりが、とても健全なプライドを持っていて、周囲に媚びたり、流されたりしないこと。だからといって突っ張っているわけでもなく、すごく自然体だ。働くことイコール自己実現、なんて無理をする必要もない。家庭や家族、趣味を愛するように、会社や同僚、仕事を愛することができたら、それはとても素敵なことだ、と、この本を読んで素直にそう思えた。
 物語ではこれといった大事件など起きないが、みのりの同僚の宮本さんとか、みのりを口説こうとする「石坂様」とか、登場人物のキャラやエピソードが強烈かつリアリティに富んでいて面白く、一気読みしてしまった。お見合いを勧められて悩む春子と、みのりのやりとりもすごくいい。

  荒木 一人
  評価:★★★

 おもしろ受付嬢奮戦記……風小説。格別に上手い、と言う文章では無いが、軽快で読みやすい、数時間もあれば完読。後味は意外とすっきり。
 入社するつもりでは無かった、出版社。しかも、希望していた職種でもない、受付。
 鈴木みのりは、予定とは違う会社で、予定とは違う仕事を始める。毎日、戸惑うばかりの彼女。根が真面目で正義の味方の彼女。「いらしゃいませぇ」になってしまっていた彼女。そんな、みのりが理不尽な会社に対し疑問を持ち出す。
 等身大の受付嬢というと言い過ぎかも(笑)。平凡なOLの平凡な悩みを、日常として綴っている。
 いちいち悩むことは無いのだと、周囲に流されれば良いのだと、世慣れた人は言うけれど。それが、本心なのだろうか。分別くさい顔をして、分かった振りをしていないだろうか。もう一度、自分を振り返ってみるのも悪く無いだろう。

  水野 裕明
  評価:★★★★

 これまた面白くて、うんそうそうとうなずいてしまう、なんとも読ませる1冊。
 時代はバブルの前、出版社に受付として入社した作者の体験を元にした、フィクションではあるが半自伝的な作品。学生であった主人公が試験を受けて出版社に入社し、受付としていろいろな人たちと関わっていく……。その時々の関わり方や関わった人物評が綴られているという、物語性とか確固とした世界がつくられた小説とはちょっと違うけれど、主人公の考え方や感性、人との距離の取り方などがとても好感が持てた。さらに、誰にでもあった新人の時代、新人の心の持ちようなどが、瑞々しく描かれていて、それだけで楽しく読めてしまった。口に出すほどでもないけれど小さな不満や不愉快が多い現代、ちょっと気分をすっきりさせてくれる気持ちの良い作品といえるかもしれない。