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勝手に目利き
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青空の卵
青空の卵
【創元推理文庫】
坂木司 (著)
定価780円(税込)
ISBN-4488457010
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  久々湊 恵美
  評価:★★

 外資系の保険会社に勤務している坂木司とプログラマーの鳥井真一。鳥井はひきこもり。しかもどんな事件も解決してしまう名探偵。
 この、ひきこもり探偵、という売り言葉にググッときちゃったわけですが…。
 うーん。納得がいかないところ。
 ちょっと同性愛チックで、そこがちょっとどうしよう、なんて思ってしまったのです。
 二人もすぐ泣く、というか泣く事が最後の切り札みたいになっているのがちょっと気味がわるかったです。
 依存しあって生きている二人が結局最後まで苦手な感じでした。この先もずっとこんな感じで生きていく二人なんだろうか。
 数々起こる事件達は、日常でどこにでもありそうな、ちょっとした人の心の闇のような事件で、そういったことを取り上げているのはすごくいいなあ、とは思いました。
 でも、どーしても。他の登場人物やエピソードがすごく暖かくていいお話だった分、どうしてもそこが引っかかってしまって。
 ひきこもり探偵というより共依存探偵と助手。といった印象です。
 この共依存、ということもテーマなんだろうか。だとすると、この先この二人はどーなっちゃうの!?なんて不安なような期待なような。
 続編は、どんな関係になっちゃってるんでしょうかね!?

  松井 ゆかり
  評価:★★★★

 “日常の謎”系のミステリーは嫌いではない。北村薫さんの「円紫さんシリーズ」しかり、加納朋子さんの「駒子シリーズ」しかり。倉知淳さんの「猫丸先輩シリーズ」もそうだと聞き、今ものすごく読んでみたい。
 で、この「ひきこもり探偵シリーズ」だが、主人公コンビの異様なまでの仲のよさとか、逆男尊女卑的な主張がオッケーであれば楽しめる作品だと思う。
 とはいえ、シャーロック・ホームズとワトソン君だってここまで親密じゃないぞと思わせるほど固い彼らの結びつきこそが肝なのだろうが。いくらでも深読みできそうな余地のあるシチュエーションだが、作者が書きたかったのは純粋に相手を思いやる心情だろう。もしかしたらミステリー的要素は二次的なものなのかも。

  西谷 昌子
  評価:★★★

 好き嫌いが激しく分かれる小説だと思う。
 安楽椅子探偵とワトソン役の二人組が事件を解決する物語、というと本格ミステリの一パターンだが、この作品の魅力はむしろ、推理よりも登場人物たちの関係性だろう。
 探偵とワトソンは同性の友達でありながら、お互いに激しく依存しあう。まるで恋人どうしが互いを縛り付けるように相手を独占し、二人とも満足している。また犯人たちも、自白のさいに感情をむき出しにする。ワトソン役はそれにシンクロするように感情を動かし、時には涙する。探偵はワトソンの心配だけをする。
 このような特殊な関係性は、おそらく作者の理想でもあるのだろう(予想だが作者は女性だと思う)。他人と感情を共有することによって強固なつながりを得る。涙を流すことで関係が強くなっていく。この関係のありかたを理想的だと思うか、不自然だと思うかで、読者の好みは二分されるのではなかろうか。

  島村 真理
  評価:★★★

 最初、坂木司とひきこもりの鳥井真一の関係はなんだ?と疑問に思いました。友達にしてはすごく接近している。でも恋人ということはなく(もちろんそうだ!)、親鳥とヒナ鳥という関係が近いのかもしれない。この、坂木の過保護さが気になるのです。ちょっとイライラします。でもこういう慎重さは大切なんでしょうね。
 彼らはそういう、狭い生活世界なのに、いろいろ事件に巻き込まれます。頭のいい鳥井のなぞ解きは大変楽しめます。
 ホームズとワトソン君、御手洗潔と石岡君という従来の探偵と助手っぽい構造ながら、探偵はひきこもりというところが新しいんでしょう。(しかし、探偵担当者は少々一般人から逸脱している点は従来どおりだ!)人と人との出会いを通して成長する姿がほほえましい。
 食べることが大好きな私は、鳥井のお料理の腕がすばらしいというところも見逃せないのです。続編が出ているようなので、その後の二人の様子ものぞいてやろうと思います。

  浅谷 佳秀
  評価:★★

 外資系保険会社に勤める坂木と、引きこもりの友人・鳥井。坂木はいろんな事件、あるいは事件めいた謎を鳥井のもとに持ち込む。それは鳥井と社会の接点をもたせるための坂木のたくらみでもある。明晰な頭脳と鋭い洞察力を持つ鳥井は、それをたちどころに解決してゆく。
 物語は坂木の一人称視点で語られる。坂木の生活はアダルトチルドレンである鳥井の世話を焼くことを中心に回る。坂木は鳥井に同情しつつ一方で、ある種のコンプレックスを抱くほどにも心酔している。鳥井も、そういう坂木を信頼し、彼にだけは心を開いている。
 読み始めのうちは、なるほど麗しい友情物語か、と思った。しかし読み進むにつれげんなりしてきた。坂木の、鳥井への思い入れの深さは何だか尋常ではなく、鳥井が自分以外の人間と心を通わせそうになると嫉妬めいた感情を抱きさえする。ホモセクシュアルな要素こそないが、友人の枠を超えて、どっぷり相互依存し合っている男二人なんて、やっぱり気持ち悪い。内輪だけの人間で織り成される人情ドラマにもげっぷが出る。

  荒木 一人
  評価:★★★★★

 明るくは無い!痛快でも無い!難事件でも無い! なのに……ものすごく面白く、興味深い作品だった。
 等身大のミステリ、とでも表現すれば良いのだろうか? 日常の些細な事件を、自分の友人が隣で謎解きする様な、異色のミステリ。
 凡庸な家庭に育った型通りのワトソンと、引き籠もり気味で人間嫌いなホームズ。外資系保険会社に勤務の坂木司、コンピュータ・プログラマの鳥井真一。愛すべき人間坂木。大人の視点で推理し、子供の純粋さで語る鳥井。登場人物達は非常に人間くさく、善悪両方を持ち合わせ、状況や気分で揺れ動く。そして、日常の些細な事件を解決していく。絶妙な二人が織りなすコンビ探偵シリーズ。
 人間達の社会は繁雑で悪意に充ちているのだろうか?良心も有ると思いたい。
 事件を解決する毎に、登場人物が増えてくるのも面白い。次のシリーズも是非読んでみたい!

  水野 裕明
  評価:★★★★★

 引きこもりのプログラマーである探偵役と、本当に優しく困っている人にすぐに手を差し伸べてしまう現代ではまず見かけないワトソン役の青年の、日常の謎を起点とした様々な人間関係を描いたミステリー短編集。なので、殺人も犯罪も出てきません。日常の謎の解き方なんかは北村薫の女子大生と落語家円紫師匠のコンビと同じような感じだし、料理の上手いところなんかは北森鴻のバー香菜里屋のマスターのようです。いずれも心温まるストーリーではあるけれど、この作品は、最後に語り手である坂木の謎に関わる人たちへの優しい思い、あるいは憤りなどが切々と語られて胸に迫ってくるところが、他の作品群と一線を画していると思う。ミステリー仕立なのに、人生の機微や哀歓、生きることの辛さと人の優しさと暖かさが溢れるほどに表現されていて、謎解きはある意味、物語を構成するためのあしらいでしかないようにも思える。