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勝手に目利き
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空高く
空高く
チャンネ・リー (著)
【新潮社】 
定価2520円(税込)
2006年5月
ISBN-4105900544
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  島田 美里
  評価:★★★★

 舞台はロングアイランドなんだけど、主人公のおやじが、日曜劇場でよく見る田村正和に思えて仕方なかった。とにかくダンディーなのである。
 ジェリー・バトルは、もうすぐ60歳。彼の人生は波瀾万丈で、2人の子どもがまだ幼い頃には、妻を亡くすという悲劇もあった。父から引き継いだ造園会社を息子に託した今も悩みは尽きない。父はすっかりもうろくし、息子のジャックのビジネスはうまくいっていないし、娘のテレサは結婚したものの重い病にかかってしまう。
 彼の趣味は自分の小型飛行機で空を飛ぶこと。読後感が爽やかなのは、現実の世界を空から俯瞰している場面のおかげだ。まるで、半分天国に行って、家族を見守っているかのような温かさが醸し出されている。現実逃避の場所が、空じゃなかったらもっと重い読後感だったかもしれない。
 娘のテレサが自分の夫のことをジェリーに頼む場面があるが、「あなたは父親とか教師とか主人とかいった神殿をつくらない」などと信頼される父親はそういない。一度別れた恋人にもちゃんと思われているし、あー、やっぱりマサカズだ。

  佐久間 素子
  評価:★★★

 「ここ、地上半マイルの高さからは、すべてが完璧に見える」。中古のセスナで一人の飛行を楽しむ初老の男、ジェリーは考える。確かに地上は雑事にまみれている。年老いた父は少々モウロクし、長年の恋人からは別れを告げられた。息子にゆずった会社は経営があやしく、娘は重い病気にかかる。重要な局面ではいつも逃げ腰で、大切な人を傷つけてきたジェリーは、何もしようとしないという自分の罪を十分承知している。愛する気もちに嘘はないのに、彼らは離れていきそうになり、ジェリーは彼なりに努力をはじめる。
 ジェリーの一人称は饒舌で、その思考を忠実にたどるように、あっちこっちを行ったり来たりするので、非常に長いセンテンスを必要とする。身をまかせてしまえば、そのリズムはとても心地よいもので、彼の心によりそうことは、さほど困難ではない。彼の怠惰も愛情もなんだかいとおしく、不器用な家族の再生にエールをおくりたくなってしまうのだ。