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勝手に目利き
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果樹園
果樹園
ラリイ・ワトスン (著)
【ランダムハウス講談社】
定価2310円(税込)
2006年5月
ISBN-4270001259
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  島田 美里
  評価:★★★

 芸術家はヌードモデルに対して、スケベ心を封印できるのか? ちょっとした疑問だった。夫がりんご園を営む夫婦と、夫が有名な画家である夫婦が、複雑に関わるこの物語では、モデルと画家の関係がクローズアップされる。
 舞台はアメリカのウィスコンシン州ドア郡。北欧出身のソニヤは、果樹園を持つヘンリーと結婚するが、ある悲劇がきっかけで夫婦仲がぎくしゃくしてくる。その上、ソニヤが画家・ネッドのモデルを引き受け、夫婦は崩壊寸前。ネッドは、モデルとの不倫が耐えないし、その妻・ハリエットは、夫の芸術を崇拝していて不気味だし、ソニヤの夫・ヘンリーは嫉妬に狂っていてやばい。それなのに、どうしてソニヤがモデルを続けたのか? その動機が、この作品のすべてだ。
 ドロドロした人間関係に少し辟易したが、失意のソニヤを、その場に釘付けにする画家の視線が、風に舞い飛んでいきそうな木の葉を壁に貼り付ける画鋲のように思えた。生きる気力を失った人間をこんな風に救われると、スケベ心があってもまあいいかと思ってしまう。

  松本 かおり
  評価:★★

 ヘンリーとソニヤ、ウィーヴァーとハリエット、2組の夫婦4人の不穏な四角関係が、現在と過去を行きつ戻りつしながら描かれる、少々じれったい構成。好奇心をそそるつもりか、ただもったいつけてるだけなのか。いずれにしても、ダルい。
 この夫婦たち、4人ともどこか陰湿なのが気になってしかたがない。互いの配偶者と正面から向き合おうとせず、他者にすがることで自分の弱さや狡さからも目をそらしているように見える。執着と所有欲を愛と混同し、嫉妬と妄想で自分を正当化しようとする姿は醜い。自分の孤独感は自分のなかでカタをつけるしかなく、夫婦間の問題は夫婦間で解決すべきものだろう。しかも、さんざんネチネチ縺れておきながら、彼らの人生の幕引きは意外なほど平凡で、それなり。切なくも美しいといえる描写がないでもないが、どう生きたところで結局はこの程度か、という虚しさばかりが残る。

  佐久間 素子
  評価:★★★★

 若きりんご農園主ヘンリーと、遠い北の国からの移民だった美しい妻ソニヤ。ソニヤをモデルにする著名な画家ウィーヴァーと、芸術家気質の夫を支えてきた初老の妻ハリエット。危ういバランスで成り立つ二組の夫婦のそれぞれの愛の形は、四人の口から順々に語られる。行きつ戻りつする時制が、終焉に向けて収束していく構成。辛気くさいうえに格調が高く、はじめはずいぶんとっつきにくいのだが、辛抱してつきあっていると、四人の輪郭が次第にうかびあがってくる。著者に導かれて、人間の陰影や、それぞれの関係性の綾さえ、読者は感じることになる。著者はまちがいなく、直接書かれている言葉以上の景色を、読者に見せる力を宿している。
 故郷から遠く離れた地で、過去の不幸を受け止めあぐね、金のために、夫以外の男性に裸身をさらすソニヤ。見られているという高揚が、彼女の逃げ場のない日々をわずかに照らす。その慎ましい行為の、罪深さが恐ろしい。芸術小説としても出色なのだ。

  延命 ゆり子
  評価:★★★

 りんご園を営むヘンリーと、片言の英語しか話さない美貌の妻ソニア。既に名声を獲得している傲慢な芸術家ウィーバーと、その献身的な妻のハリエット。ソニアがウィーバーのモデルになったことから二組の夫婦の、物憂げな不協和音が高まってゆく。愛しているのに手が届かない。満たされぬ思い。ハーレクイーンに転がり落ちそうなところだが、すんでで留まっているように見えるのは、抑圧的な女性の生き方を描き出しているから。
 豊満な肉体と美貌を兼ね備え、男の理想を具現化したようなソニア。夫で満たされぬ思いを芸術家に体の隅々まで見つめられることによって喜びを見出すものの、傍観、沈黙、無表情で感情を表さず、夫の理解は得られない。ハリエットに至っては、夫の芸術性のために全てを犠牲にして辱めを受けさせられている。ほのかな夫への殺意を抱くものの、結局は逆らわない。
 どうして逃げ出さない? どうして状況を変える努力をしない?
 どちらの人生も男達に蹂躙されているように思える。愛されたい、快適な暮らしをしたい、愛する人と心を通わせたい。そんなささやかな願いが叶えられることはない。しかしそれこそ彼女達が真に望んでいたことなのかもしれなくて。愚かな女たち。共感は、できない。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★

 北欧からひとりアメリカに渡ってきたソニア。今は果樹園を営む夫ヘンリーと二人の子供に囲まれて、忙しくも幸せな日々を送っていた。しかしある日、恐ろしい出来事が夫婦の仲を引き裂く。傷つき疲れたソニアは、近所に住む有名な画家ネッドの依頼で、ヌードモデルを引き受ける。事件と家族から逃げるヘンリー、ソニアにのめり込んでいくネッド、女癖の悪さに悩まされながらもネッドとその芸術にすべてを捧げてきた妻ハリエット。支配するもの、されるもの、束縛するもの、されるもの。4人4様の悲しい愛の形が描かれた、繊細でドラマチックな一作。
 ともすれば昼ドラ的な陳腐なストーリーになりかねないところを踏みとどませ、これほど読み応えのある物語として成功しているのは、この著者の上手さというしかないだろう。端的かつ繊細な心理描写に鎖のようにがっちりと絡むエピソードの秀悦さ。その鎖に引きずられてラストまで連れてかれちゃうのです。

  細野 淳
  評価:★★★★

 物語の舞台は、1950年代のアメリカ。ミシガン湖の近くでリンゴ農家を営むヘンリーと、その妻ソニヤ。大きな湖と、一面に広がるリンゴ畑。そんな光景を想像しただけでも、何だかのどかな気持ちになることが出来る。
 でも、そんな場所に住むヘンリーとソニヤの夫妻だが、彼らの人生はのどかなままでは終わらない。二人の息子であるジョンは突然死んでしまい、夫婦の関係は微妙に変化していくことになる。
 さらに、近所に住む画家ネッドが、夫婦に忍び寄る。ネッドがソニヤの体に芸術性を見出し、裸のモデルになるよう、依頼するのだ。迷いは見せるものの、その依頼に応じるソニヤ。夫婦の行き違いは、どんどんと進行していく。
 小説のところどころで、ネッドの描いた絵画の解説が織り込まれている。絵心がほとんど無い自分なので、よく理解できない部分も多少はあった。それでも、物語を読みながら、芸術について色々と考えさせられたのは確かなことだ。