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7月1日(水)

世界奇食大全 (文春新書)
『世界奇食大全 (文春新書)』
杉岡 幸徳
文藝春秋
872円(税込)
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 知り合いの杉岡幸徳さんが『世界奇食大全』(文春新書)の謹呈本を送ってくれた。ありがたい。
 タイトルどおり、世界の奇妙な食べ物について書かれた本で、パラパラめくってみると、サンショウウオとか、サソリとか、虎、らくだのこぶなど、みんなけったいな物を食べている。虎って、いったいどこの誰が食うんだと思ったら、加藤清正らしい。虎食うか、しかし。
 超B級グルメなんかも載っていて、パイナップル茶漬けとか、みそカツ丼アイスとか、ポンジュースで炊くみかんご飯とか、思わず笑ってしまったが、樹液、という項目があって驚いた。樹液ねえ。北海道では「森の雫」と銘打って白樺の樹液を飲ませているという。なんかワイルドだ。
 もっと驚いたのは、土。
 土?
 食うのか、土を。
 あと、紙。
 紙食うな!
 奉書紙は体にいい。って、紙だろ、紙。食ってないで字書けよ。味噌汁の具にするとうまいとかいって、わけわからん。
 私は食べ物にさほど興味がないので、本屋で奇食の本に出会っても、これまでスルーしていたが、私が無視している間に、みんな紙食ってたらしい。侮れん世界だ。
 そういえば、辺境作家の高野さんが、どこかでセミのピザを食ったことがあるとか話していた。イナゴでさえ食べたくない私は、セミなんか絶対嫌だと思ったが、驚いたことに、これが結構うまかったのだそうだ。
 ほんまかいな。
 ただ、高野さんは、セミがなかったらもっとうまかったと思う、とも言っていた。
 そうだろそうだろ。

7月2日(木)

 仕事していると妻から突然電話があり、近所の人が空家を持っていて、誰か借りてくれないかなあ、と言っているというので、急遽見に行く。築二十数年のボロボロの住宅で、勝手にリフォームしても何してもいいし、退出時の原状回復もいらないし、相場よりずっと安く貸すから、という面白そうな条件。
 壁紙を張り替えたり、棚作ったり、ペンキ塗ったりするのは楽しそうだが、立地が今ひとつパッとしない。どうしたものか。あと、どうせリフォームするなら、賃貸じゃなくて購入したい気もする。
 建物はボロボロでいいから、私は明るくのびやかな、できれば景色のいい土地に住みたい。
 私の引越し問題は、とうの昔に消えうせたように、読者は思っていただろうが、実はこうして伏流となって脈々と続いている。こないだは、住宅ローンがいくら借りられるか査定してもらい、あまりの評価に、バイカル湖のような深い深い悲しみに沈んでいたところだ。このような職業を選んだ以上、住宅ローンは期待できないと思っていたが、これほどまでとは。
 かくなるうえは、わけあり格安物件を自らの手でなんとかするという方向へ舵を切るしかないか。

 7月3日(金)

 このところ毎日毎日くもり空が続き、実に仕事がはかどっている。出かけたいという気持ちが盛り上がらないから、仕事場にこもって原稿ばかり書いているのである。われながら、朝から夕方まで仕事なんかして健康に悪影響がないか、気をもむぐらいだ。休憩時にベランダに出て垂れ込める雲を眺めていたら、雲の下の面に、健康のため働きすぎに注意しましょう、とうっすら印字してあった。
 そういうわけで、このところこの日記に記すことがほとんどない。昨日は書評原稿、今日は四国遍路を快調に書き進んだ。それだけ。

7月4日(土)

 以前にも頼まれたが、同じマンションに住む、大手住宅メーカーの営業をしているお父さんに、またモデルルームが出来たから、サクラで見に来てくれと言われ、出かけていった。5000万だか6000万だか、ろくに聞かなかったけれど、そんな値段らしかった。社会人になった当初は、自分もそのうちこんな家を買うのが人生の普通というか、そういうものだと漠然と思っていた。しかし、結局そうはならなかった。あのままずっと勤めていたら、給料のいい会社だったから、このぐらいは普通に買えていたのかもしれない。でもまあ、だからといって、あのまま勤めていればよかったとは、さらさら思わない。安定した収入と引き換えに得たものは、とても大きい。  
 午後から公園で、近所のB型父さんらとともに、明日の流しそうめんのセッティングの予行演習。竹を切ってきて半分に裂き、節をとって磨いた筒を5本用意して、足場を組んでうまく水が流れるかどうか試す。

7月5日(日)

 朝から公園へ行って、近所のお父さん3人で、流しそうめんのセッティング。
 最終的に7家族ぐらい集めて、一大イベントになった。そうめんは、竹を5本も繋いだ長い筒を見事に流れ、大成功。とっても盛り上がった。
 独身のときは、近所づきあいなど実に面倒くさいと思っていたが、いつの間にか、普通に近所づきあいしている。とくにそうしようと思ったわけではないのに、子どもがいるといつの間にかそうなった。若い頃は、むしろ引きこもりが似合う自分のような気がしていたほどなのだが、今では、近所の主婦たちに「課長」というニックネームで親しまれているほどだ。
 課長──。
 んんん、なんだか、哀しい。あんまりうれしくないニックネームだ。なぜ会社員でもない私が課長か。
 といっても、これは自業自得なのである。以前、近所の夫婦が、整理していない子どもの写真が何年分も溜まって頭を抱えていると聞き、そういうものはもはや自力では解決できまいと、私が「思い出課長」を名乗り、陣頭指揮をとってアルバムを作らせたのが由来なのだ。課長じゃなくて、思い出トムとかにしておけばよかった。
 それで思い出したが、ニック・ステファノスさんは、次長課長の丸っこいほうの人に似ている。
 

7月6日(月)

 アマゾンで頼んでおいた谷川健一『四天王寺の鷹』(河出書房新社)、大和岩雄『日本にあった朝鮮王国』(白水社)、加藤謙吉『秦氏とその民』(白水社)、それとストップウォッチが届く。ストップウォッチは、息子と競走するために買ったもの。
 こないだまで、エゾに関する本を読みたくて、あれこれ買い漁っていたのだが、急に、古代の渡来系の人たちに興味が移り、秦氏関連の本が読みたくなった。といっても、いつも買うだけ買って満足してしまい、読まないままの本が膨大にあるので、今回の一連の本も、いつになれば読むかはわからない。

7月7日(火)

 モーリスさんと、北参道のデザイン事務所で打ち合わせ。
 例によって、早めに現地に着いてしまい、どこかの喫茶店で時間を潰そうかと思ったが、金をケチって児童公園のベンチで読書でもしようと、地図にあった小さな公園へ行ってみると、似たようなことを考えている営業中のサラリーマンや、若者たちが、どっさりいて、ベンチはことごとく占領されていた。ベンチからあふれて、行きがかり上、鉄棒にぶら下がっているサラリーマンまでいた。座ろうと思って来てみたが、鉄棒しか空いてなかったのだろう。だったらまだ立ってたほうがましに思えるが、とにかく児童公園とは思えぬ人口密度だ。
 都会には、ただで座れる場所がほとんどなくて困る。浮浪者対策だというのなら、ベンチじゃなくて、ブランコをいっぱい設置すればいいじゃないか。都会の辻辻に、大きな大きな樹があって、そこにブランコがいっぱいぶら下がってたら素敵だと思う。
 
 ところで『ときどき意味もなくずんずん歩く』(幻冬舎文庫)がまた増刷という知らせを受け、驚く。
 信じられない。今年に入って何度増刷したことだろう。
 いったいどうして急に売れ出したのか謎だ。思えば、次長課長の丸っこいほうの人に似ているニック・ステファノスさんが、御茶ノ水丸善で、各社営業担当者が薦める本として、自社本でもない私の文庫をお薦めしてくれてから売れはじめた。ニックさんは自分には関係ないのに、私を丸善の書店員さんに引き合わせて営業してくれたりして、きっと裏で何か悪いことをたくらんでいるはずだが、大変感謝している。
『ときどき意味もなくずんずん歩く』は、もともと雑誌旅行人に連載していたエッセイを、『52%調子のいい旅』と題して単行本化したものを、去年文庫にしてもらう際にタイトルを改めたのだった。書いていたのは2001年頃で、個人的には、ずいぶん前の仕事な気がするが、それが今頃になって売れるとは、まったく何が起こるかわからない。タイトルを変えたのがよかったのかもしれない。ムシャクシャしてると、意味もなくずんずん歩きたくなるではないか。世の中に、ムシャクシャしている人はとても多い。
 あるいは、息子が小学校で作った七夕の短冊に、「かねがいっぱいあるうちになりたい」と書いていたので、願いが届いたのだろうか。といっても、ちょっと増刷したぐらいでは焼け石に水だが。
 それはそうと、短冊に何を書いとるか、息子。

 打ち合わせの帰りに、新宿紀伊國屋で、関晃『帰化人』(講談社学術文庫)という本を見つけ、今まさにこういう本を求めていたと思い、即座に購入。ついでに、つげ義春の『苦節十年記 旅籠の思い出』(ちくま文庫)も買う。

7月8日(水)

 この頃、めっきりジョギングしなくなった。
 実は、ジョギングすると、その後めちゃめちゃ脚が熱くなり、大幅に心のテンションが下がるのである。それでも、知ったことか! と強がって続けていたんだけれども、「むずむず脚症候群」というのは、まさに筋肉疲労によって症状が悪化するのだそうで、そう聞いて、急に情熱が萎んでしまった。やっぱり私は「むずむず脚症候群」なのであろうか。むずむずじゃなくて、ヒリヒリなんだけど。心の底には、まだ走りたい気持ちが残っているので、なんとも残念だ。
 つげ義春『苦節十年記』を読むと、幼少の頃からの貧しさは半端でなく、これが当時の標準だったのかどうか私は知らないが、私の金がないなんていう愚痴とはレベルが全然違って、本人は食えない不安が高じて神経症になったかのように読み取れた。『貧困旅行記』のしょぼさに憧れていた自分が恥ずかしい。しかし、つげ義春自分史なる年表のなかで、赤面対人恐怖だ、自殺未遂だ、血液銀行だ、不安神経症だ、と悲惨な人生を書き付けていながら、不意に〈スーパーマリオ㈼をクリアする〉などという一文がさりげなく紛れ込ませてあるから、どうも完全には信用できないのだ。思わず噴き出してしまった。自分史に書くようなことか。

7月9日(木)

 暑い。
 梅雨もはじめの頃は、厚い雲の下、涼しい日々が続いていたが、最近は雲もだいぶ薄くなってきて、実に暑い。仕事場まで15分歩くのが、苦痛になってきた。仕事場のワンルームマンションに到着すると、私はまずパンツ一丁になって涼むのが恒例となっているのだが、ついに今日は暑すぎて全裸になった。
 これを書いている今、まさにフルチンである。実に見苦しいが、マンションの前は駐車場と畑だし、たいてい昼間の家の中というのは、外からは暗くて見えないので、遠慮はいらないのだ。
 ひょっとすると、フルチン効果で筆がはかどったりするかと思ったが、そうでもなかった。

7月10日(金)

 昨夜、網戸にして寝ていたら、夜中に荒々しい風が吹き、カーテンがバタバタはためいて、眠れなかった。かといって、起き上がってカーテンを留めたり、網戸を閉めたりするのも面倒くさく、そのまま横になったまま眠ろうと努力していると、出窓に置いてあった子供のおもちゃ(金属)が、突然カーテンに煽られ、顔の上に落ちてきた。実に痛かった。
 
 幼稚園の秋祭りで、着ぐるみを着て園児の相手をしろ、という妻の指令を受け、気力みなぎる。着ぐるみは、牛とペンギンがあるらしい。んんん、牛とペンギン、どちらも捨てがたい。いずれにせよ、それぞれ2体ずつあるそうなので、4人で意味もなく園内を軍隊のように行進したい。今から武者震いがする。

7月11日(土)

 一般的なナビがどういうものか詳しくないのだが、わが新車シエスタのカーナビは、普段はパネル内に格納されていて、エンジンキーを回すと、にゅうっとディスプレイが姿を現し、立ち上がる仕組みになっている。中古車屋の話によれば、型は古いが高級品とのことだった。とはいえ、地図が古すぎるのでは役に立たない。いつまでもダンボールナビを標準装備するのもアホらしいから、バージョンアップしに、オートバックスへ出かけた。
 その場でバージョンアップしてくれるかと思えば、ハードディスクをメーカーに預けることになるから2週間ほどかかるとのこと。その間、ナビは使えないし、CDも聴けなくなるし、このたび奮発してつけたバックモニターも見られなくなると言われたが、そういうことならそういうことなのだろうから、委細承知する。
 それでハードディスクを取り外してもらい、できました、と呼び出されて、じゃあ帰ろうと思って、シエスタに乗り込んだのである。エンジンキーを回し、店員の誘導に従って車をスタートさせたら、ハードディスクを取り外したはずのナビが、突然にゅうっと姿を現し、立ち上がろうとする。
 あれ? 
 と思いつつも、誘導されるままに駐車場を出て、ナビを見た瞬間、背筋にぞっと冷たいものが走った。
 そこには、漆黒の闇があんぐりと口を開けていたのである。まるでこれから私を奈落の底へ導こうとするかのように。
 そ、そうか、ハードディスクを外しても、ディスプレイは立ち上がるんだな、と気づくまで0コンマ数秒。ほぼ瞬間的に状況を飲み込んだ私だったが、その飲み込むコンマ数秒よりわずかに早く、恐怖が全身に浸透していた。
 現在地、闇。
 目的地、暗黒。
 頼むから、ハードディスクを入れてください、とか、そういう表示にしといて欲しい。

7月12日(日)

 また息子のサッカーの試合。
 なんだか最近試合ばっかりである。それでも、やっぱり一眼レフに望遠系のズームレンズを装着して出かけていき、連写モードにしてバシャバシャ撮影した。そうやって撮影しながら思い出すのは、去年ベストセラーになった『B型 自分の説明書』に、B型は、なぜかいつもカメラ係、と書いてあったことである。あの一言は実に私のことを言い得ていて、考えさせられる。
 なぜ私はいつもカメラ係なのか。
 カメラが好きとかそういう問題ではない。自分で分析するに、私はみんなの役に立ちたいのだと思う。しかし、真正面から、先頭切って、世のため人のために尽くしたいほどではないのである。とりわけ仕事ではなく、子供のサッカークラブだの、近所づきあいだのというような場面では、変にしゃしゃり出て、余計なお世話になってしまうことを恐れている。なので、なるべく存在感のない立場でいたいと願いつつ、同時にみんなの喜ぶ顔も見たいのである。そう思うとき、写真を撮ってあげるというのは、ハラハラするような凄い親切というほどでもなく、大勢に影響のない範囲の、小さな親切であって、ちょうどいい気がするのだ。
 そうやって息を潜めながら、正面ではなく、側面から、周囲をサポートしたい。どうも私には、そんな屈折した感情があるようだ。
 それでここ数日の試合でうまく撮れた写真を、紙焼きして父兄にさりげなくプレゼントしようと目論んだのだが、妻に、あんまりたくさんあげると、かえってお金払わなきゃみたいなプレッシャーをかけることになるから枚数少な目にしておきなよ、と諭され、なるほどそれもそうだと思い、そういうことに気づかないからこそ私はカメラ係なのだ、とあらためて考えさせられた。
 つまり私は、人に親切にしようとして、やりすぎるというか、つい暴走して、大きなお世話になってしまうというか、そういう面が昔からあり、そのへんの微妙な按配がうまく計れないで、よかれと思ったことが裏目に出るような失敗を何度も重ねてきたその結果として、もう親切はやめようと決意するに至り、なるべく存在感を消す方向で生きるように努力してきたわけなのだけれど、それでもあふれ出る親切心は抑えきれず、かといってまた裏目に出ては困るので、まあ、裏目に出てもさほどたいした問題にはならない立ち位置、すなわち無難なカメラ係へと、流れ着いた次第なのである。
 これこそが、"いつもカメラ係"の隠れた真実だ。
 つまりB型は本当は親切なのだよ。
 そしてその親切が余計なお世話なのである。
 その結果、自分勝手とか言われるのである。
 なんという哀しさであろうか。

7月13日(月)

 最近、わりと仕事がはかどっていて、もう来月締め切りの原稿まで書いてしまった。平日は、仕事場で黙々と原稿を書いており、あまり外出することもない。なぜそうなったのか。梅雨のせいとも考えられるが、根本的に、お金がなくなってきたのが、やはりドライブになっていると思われる。さっさと連載原稿を仕上げて、書き下ろしのひとつも書こうということだ。
 ところが、そうやって仕事ばかりしていると、この日記に書くことがない。本来ならば、ここでサボって外出すればネタになるところを、不徳にも仕事場にこもっているので、毎日が同じようである。おかげで、本の雑誌に迷惑をかけていないかとても心配だ。
「宮田さん、最近の日記、毎日同じじゃないですか。勘弁してくださいよ」
 というニックさんの声が聴こえてくるようだ。
「そんなに外出しないんなら、無理やりにでも仕事場追い出しますよ」とか。
 今まで気づかなかったが、仕事サボって外出することが、実は私の仕事だったのではないか。私は、大切な何かを見失ってしまっているのではないか。

7月14日(火)

中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)
『中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)』
井原 今朝男
吉川弘文館
1,785円(税込)
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 もう梅雨は明けたんじゃないかと思うような日射し。
 仕事場まで歩き切るのが実に困難であろうと予測できたので、趣向を変えてサンダル履きで出勤した。それでも一気に到達できず、スーパーに第一キャンプを設営し、今後の歩くべき道筋を練った。
 一見、道路の南側を歩いたほうが建物の陰になっていいようだが、すでに陽は高く上っており、建物の陰は幅が薄い。むしろ北側の街路樹の下をつなぐように歩くほうが日陰比率は高いと判断し、信号のタイミングを見て、冷房の効いたスーパーを出てアタックを開始する。しかし、北側はコンビニ(第二キャンプ)がない側であったことに気づき、大ショック。途中どこにも立ち寄ることができないまま最終キャンプである、仕事場近くの本屋にたどり着いたときは、ほぼ熱中症になっていた。
 その後、文庫の棚で治療に専念。ここにはいつも「ご主人様と呼ばせてください」とか「私の奴隷になりなさい」とか「はやくいって」などというタイトルの文庫が平積みになっていて、手にとってみたいが手にとれず、遺憾である。以前、妻が知り合いの奥さんから「旦那さん、本屋で見たわよ」とか言われたこともあり、しかも私はその奥さんの顔を知らないから、書店の客が全員諜報員のように思われる。
 それでしかたなく無難な新書の棚とかを眺めた後、最終アタックで、無事、仕事場に到達したときには、時刻はすでに昼前になっていた。最終キャンプでの治療に時間がかかりすぎた気もする。しかも、ついに「ご主人様と呼ばせてください」にはアタックできずじまいだった。いずれ別の本屋でアタックすることにしたい。
  
 昨日読み終えた井原今朝男『中世の借金事情』(吉川弘文館)が、ことのほか面白く、これで次回の書評を書こうとしたのだが、書評というより内容の要約みたいになってしまい、頭を抱える。面白くて、その面白さに説明が必要な本の書評は、どうしてもあらすじ書きに近くなって困る。とりわけ小説でない場合はそうだ。本文もその面白さの説明なのだから。

7月15日(水)

 朝、用事があってゴタゴタしていると、どんどん日が昇って暑くなり、それは比例するように仕事場へ行く気力がなくなって、そういうことなら、部屋の片付けでもやろうと考えた。
 私は自宅とは別に仕事場を借りているが、自宅マンションにも自室があって、一応パソコンを置いて、どちらでも仕事できる仕組みになっている。ところが自宅のほうは、床には本が山積みだし、山用のザックだの、シュノーケルセットだの、ネパールで買った仮面だの、拾ってきた石だの、果てはアイロンだの、息子のサッカーボールだの、私のものでないものまで侵入してきている始末で、仕事どころではない環境だ。
 そこで、半日かけていろんなものを捨てることにした。
 テーマは、"人生を変えるような模様替え"。
 つまり、家に帰ってからも休日も、すきを見つけてはガンガン働いて収入を増やすための、戦略的模様替えということだ。捨てるべきものを捨てたら、ほとんど申しわけ程度に置いてあるだけだったディスプレイを、大きなものに買い替えようと思う。そうして、いるだけで仕事したくなるような部屋にグレードアップするのである。
 午後いっぱいかけ、いろんなものを捨てまくったおかげで、夕方には、ここ数年見たことのないような美しい部屋が発掘され、人生が変わりそうな感じが、うっすらと浮かび出てきた。 
 大満足。
 これだけでもう十分人生変わったような達成感だ。
 と思ったら、夜のニュースで、梅雨明け宣言が出たと知り、頭を抱える。
 あああ。梅雨が明けたら、せっかくの"人生を変えるような模様替え"が台無しになってしまうじゃないか。

7月16日(木)

 自室で茫洋としていると、突然、妻がやってきて、
「あなたとも、長いつきあいね」
 と言われ、フリーズする。
「どういう意味だよ?」
「いや、ただ長いつきあいだなあと思って」
 .........。
 思わず、お客様サポートセンターに電話して、どこに不具合があったのか訊いてみようと思ったが、フリーダイヤルがわからなかった。"取り説"もなくなっている。昨日の大掃除でうっかり捨ててしまったみたいだ。ホームページの"よくある質問"に載ってるだろうか。

7月17日(金)

 人生が変わりそうな模様替えが、おおむね完成。
 あとはディスプレイを買い換えるだけという段階だが、その一方で、四万十川カヌー下りの準備が忙しくなってきた。ディスプレイも大切だが、大きなウォータープルーフバッグも必要だ。買いに行かねば。

7月18日(土)

 近所の駅前ロータリーで夏祭りがあるというので、子どもを連れて出かける。
 行ってみると、普段はバス停とタクシーの乗降場になっている道路を封鎖して、大きな櫓が組まれ、盆踊り会場となっていた。あとはぱらぱらと夜店が出ている程度だったが、それでもどっさり人が来ていて、子どもたちは目を輝かせて走り回った。
 マンションに囲まれたロータリーではちっとも雰囲気が出ない。とはいうものの、夜が更けて、盆踊りの提灯に明かりが点されると、それなりに妖怪的な雰囲気も出てきて、浴衣姿で踊るお婆さんが伸びたり縮んだりした。ヨーヨーや長い風船を持った顔のない子供たちが、くねくねと人ごみの間をすり抜けていく。
 息子は長くてやわらかい剣を買い、娘は青と赤に点滅するメガネを買って、そのまま盆踊りの渦に飛び込んだかと思うと、あっという間に、闇の世界へ行ってしまった。
 無事を案じていると、やがて「カキ氷食べたい」といって戻ってきたが、その顔には、目も鼻もなく、カキ氷を与えてやると、ぎゅうううう、という音をたてて顔も体もみるみる縮んだ。なんだ、どこの子どもだ、と思っていると、そのまま翅虫になってアスファルトの路面を這いながら闇に消えていった。その後ちゃんと目鼻のついたわが家の子どもたちが戻ってきたので、「カキ氷食べるか」ときくと、「もう食べたからいい」と言って笑った。
 

7月19日(日)

 韓国語の通訳をやっている従妹が、仕事で近所まで来たので、一緒に食事。
 従妹は、今年の3月は仕事がひとつしか入らなくて、不安で頭がおかしくなりそうだったと言い、「お兄ちゃんは、そういうとき、どうやって乗り越えてるの?」と訊かれる。
 とくに乗り越えてはいないので、うわあ、仕事がない! と頭を抱えるだけだ。私が会社を辞めてフリーランスになった最初の1年は、年収が28万円しかなかったと教えると、妻が「でも、そのときはあれもやろうこれもやろうって夢があったから、収入なくても平気だったんじゃない」と言い添えて、そういう意味では、作家の場合、本当に仕事がなくなったとしても、勝手に好きなものを書くだけのことで、生活は苦しくなるが、攻めの気持ちを持ち続けることは可能である。一方で、仕事が入ってくるのを待つタイプのフリーランスはつらいかもしれない。通訳で攻めるにはどうすればいいか、考えてみたが、よくわからなかった。
「お兄ちゃんは、嫌な仕事は断る? それとも来た仕事は全部やる?」
 んんん。嫌じゃなくても断ってるかも。
 フリーランスの世界、仕事がないのは当たり前でごく身近な状態のひとつである。それを含めて自分が選択したのだ。貧乏になってもいいから、それがやりたいと思った、そういう仕事にめぐり合えたことはひとまず幸せなことだと思うのである。ひとまず。
 問題はそのあとで、会社員だったときの安定感を基準に、それを取り戻そうとか、それを超えたいとか考えていると、うまくいかない。少なくとも私が会社員だったときは、給与の額が人生の大枠を規定する最大の要素だった。すべてはそこから逆算され、計画されていた。なんだかんだきれいごとを言っていても、やはり仕事の内容より給与だったのである。
 しかしフリーランスでも同じ考え方をしてしまうと、まず行き詰る。社員のときと同じ土俵で戦っても、惨めになるだけだ。できることなら、仕事で金を稼がないぐらいの気概というか達観というか、その仕事を続けるためにバイトするみたいな道楽者的な立ち位置にいないと、難しいのではなかろうか。
 つまりフリーランスになったからにはバリバリ働いてガンガン稼ぐぞ、なんて考えるのがそもそもの間違いなので、フリーランスになった以上は、もう金輪際働かないぞ、というのが正しい。でももらえる金はもらうぞ、と。フリーランスにとって仕事は道楽と仮定、もしくは信じるのである。
 そして、その道楽をやり続けるためにはバイトも厭わない、という発想の転倒が、フリー稼業の心の安定を生む気がするのだがどうか。まあ、そうなると道楽(=仕事)以外のすべてを、あきらめないといけなくなるのかもしれないが。
 
 従妹を最寄駅まで送り、自宅へ戻る車の窓を全開にして、スットコランドの夏草の匂いをかぎながら、しばし夜のドライブ。
 学生時代は、夜中にひとりで車に乗っている状態が多かった。いったいどこへ向かっていたのか、もはや逐一思い出せないけれど、あの頃思い描いた未来は、漠然と像を結ばないながらも、イメージとしては、大海原に漕ぎ出したり、大草原を踏みしめて歩く、そんな広々とした未来だった。そして夜空の向こうにそれが広がっているのが、はっきりと感じられた。
 それと比べて今現在の状態は、日本の片隅に小さな所帯を営んでいるだけで、イメージとはまるでかけ離れている。こんなはずじゃなかったというのは、しかし、違う、と私は思う。きっと大海原も大草原も、住んでみれば、そこが小さな所帯になるのだ。
 おそらくすべての人生は、若いときに夢描いた未来に比べれば、ずっと所帯じみて、もしくは凡庸で、ハツラツとしておらず、面倒くさく、疲れるものである。だが、そうであると同時に、一度決断した人生ならば、どこで何をしていようとも、そこは大海原であり、大草原なのであって、見てくれの生活臭さを嘆く必要はまったくない。
 もっとも恐れるべきは、決断しないことだ。
 決断さえすれば、あとの問題はすべて演算である。

7月20日(月)

 立川の昭和記念公園へ出かけ、子供を遊ばせていると、不意にカースン・ネーピアさんから電話。
「宮田さん、ご無沙汰です。お元気ですか?」
「ご無沙汰しております。元気にしております」
「その後いかがですか?」
「文庫が少し売れています。なぜかはわかりません」
「そうですか。それはよかった。やっと市場が宮田さんを理解しはじめたんですね」
「そうなんでしょうか。だとうれしいんですが」
「何、心配いりませんよ。キリストだって250年たってやっとわかってもらえたんですから。それに比べれば、たいしたもんです」
「......」
「キリストは理解してもらえないまま殺されて、そりゃあもうひどいもんですよ」
「......はい」
「磔ですよ。酷すぎます」
「はい」
「私はもう昔の恐ろしいカースン・ネーピアではありませんよ」
「はい」
「それでは、今度飲みに行きましょう」
「はい」
 ガチャ。プープープー。

7月21日(火)

イブン・ジュバイルの旅行記 (講談社学術文庫)
『イブン・ジュバイルの旅行記 (講談社学術文庫)』
イブン・ジュバイル
講談社
1,523円(税込)
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 このところまた曇りがちで、梅雨に戻ったかのようだ。もともと梅雨というのは、雷鳴がとどろき、ざっと雨風が強まって、ああ、これでもう明けるな、と気づいたものだったが、今年はそれがなかった。本当はまだ梅雨は明けていないのでは?

 新宿へ行って、ウォータープルーフバッグを手に入れ、本屋で『イブン・ジュバイルの旅行記』(講談社学術文庫)を買う。パラパラめくってみた感じでは、ちゃんとした旅行記のようであった。ジョン・マンデヴィルのようなアホアホ旅行記を期待していたのだが、残念。

7月22日(水)

 日蝕。
 曇って太陽ちっとも見えず。たとえ雲に覆われていようとも、世界はダークなファンタジー世界へと変貌するはず、と期待していたが、ちっともそんな気配がないまま当の時間は過ぎてしまった。なんだ、つまらない。
 ウォータープルーフバッグにテントやシュラフを詰めて、四国に送る。

7月23日(木)

 今日も曇って、ときどき雨。
 娘が鼻の穴にビーズを詰めて取れなくなったと泣きだし、妻が耳鼻科へ連れて行こうとしたが、あいにくいつも行く耳鼻科は休診日。で、少し離れた耳鼻科までわざわざ出かけていったところがちょうど昼休みだったりしてイライラしていると、それまで泣いていた娘がいきなり、フンッ! といって、鼻からビーズを発射し、事なきを得た。
 グッジョブ! パチパチパチ。

7月24日(金)

 北海道日帰り。
 旭川まで飛び、レンタカーで白金温泉のブルーリバーを取材する。ブルーリバーというのは、ある地点から突如青くなって流れ下っている奇妙な川で、そこまでは普通の清流だったものが、ある地点で地下水ならびに温泉のかけ流しのお湯が流れ込み、それらが魔法の化学的変化を起こしてウソみたいに青い川に変身するのである。しかも4キロほど下ると真っ青な池になり、その先はまた青くなくなるというから区間限定の青さなのであって、実に面白い。ためしに手ですくってみると、さほど青くなかったが、少し水深のあるようなところは明らかに不自然な青さだった。日本にもまだまだ変な場所があるもんだ。
 ドライスーツを着て、川の中を歩いた。
 青いのも面白いが、川の中を歩くこと自体面白かった。昔ハマった沢登りを思い出し、またやりたくなる。
 そうしてしばらく歩いたら、即座にトンボ返りして、東京に戻った。

7月25日(土)

 妻が、もうどうしても引っ越したい、これ以上、箱型の建物にいたくないと強く主張し、またしても物件を見にいった。小学校に入ったばかりの息子の転校もやむなしという気持ちで探し、そこそこの物件を見つける。
 帰宅後、そこに引っ越すかどうか妻と夜通し悩む。
 

 ※次回更新は、またしても大幅に遅れる予定です。

7月26日(日)

 息子が山中湖でサッカーチームの合宿中で、シエスタに乗って見物に行く。今回、シエスタが来て初めての高速利用で、ついにETCが活躍した。もしかしてゲート開かない可能性も鑑みて、そろりそろりとバーに接近したが、開かないどころか、バーは「おはようございます。宮田さま」と言って、さっと手を挙げて敬礼し、顔パスの優越感を存分に味わうことができた。もったいないので、そのまましばらく敬礼させておこうかと思ったぐらいだ。苦しゅうない、苦しゅうないぞ、と語りかけながら通過。
 帰りは、20キロ渋滞。

7月27日(月)

 ついにこの「スットコランド日記」の昨年度分が本になり、本の雑誌社へ行って、予約分にサインする。
 パラパラめくってみると、とても面白い。いちいち著者に共感できた。
 ところで、悩んでいた建売の家を買うことにした。借りるより買ったほうが安い(実際に安いわけはないが、月の払いが少なくて済む)という理由と、このままでは貯金が減る一方なので、頭金をより多く用意できるのは、来年より今年、来月より今月、明日より今日との判断である。ローンを組むにはギリギリの年齢のような気がするし、今は不動産価格も下がっているし、金利も低い。
 頭金で貯金を大幅に削ることになって、もはや青息吐息であるが、月の払いがぐぐっと減るのは助かる。
 というのはもちろん私の側の心積もりであって、銀行が金を貸すかどうかは不明。

7月28日(火)

 買います、と言った途端、不動産屋やら建設会社やら銀行などから怒涛のように電話連絡が入りまくり、仕事では経験したことのような忙しさである。実印持って銀行行ったり不動産屋行ったりして、これから何かとんでもないことが起こりそうな感じで、実に物騒な気分だ。
 そんななか、午後から家族で関西に帰省。
 おうおう、帰省している場合か、という不動産屋の声が聴こえたような気がするが、面倒な手続きからはなるべく逃げたい。しかし実家に帰っても携帯にバシバシ電話がかかってきた。
 私がバックパッカーだった頃は、ビザの申請手続きとか、列車のチケット予約とか、そういう面倒な手続きは1日ひとつこなすのがやっとだった。そんな私に、一度にいろいろ放り込んで、それを私が鮮やかな手さばきで次々解決していくと思ったら大間違いである。

7月29日(水)

 四国の四万十川にカヌーに乗りに行く。
 高知県の土佐昭和という駅まで行き、海仲間と合流。
 海仲間とともに、4泊5日のカヌーツアーに申し込んであるのだ。
 私はかつて千曲川、那珂川などをカヌーで下ったことがある。そういうエッセイも書いたことがあるが、実は正確に言うと、私が持っていたのは、カヌーではなくファルトボートだった。カヌーもファルトボートも同じようなものじゃないかと思うが、実際にはそうじゃないらしい。
 カヌーと、ファルトボートを含むカヤック類との大きな違いは、船に蓋がついているかどうかという点である。カヌーには蓋はなく、ファルトやカヤックには蓋がある。すなわちカヌーは普通の船の形で、ファルトやカヤックは穴に下半身をすっぽり入れて、ケンタウロスみたいに人と船が一体化するものである。当然ながら浸水しにくいカヤックに対してカヌーは実に浸水しやすい。そのかわり船体に幅があり、安定感は高くなっている。
 この程度は、別にどうってことない違いかと思ったら、実は大きな違いで、漕ぎ方も全然違ってくるのである。流れより速く漕ぐことで安定するカヤックと、速く漕ぐほうがかえって危険なカヌー。なので今回は、スピードを殺し、舵で安定させる方法をマスターしなければならなかった。一度ついた癖はなかなか修正できないもので、危険を察知するとファルトボートの癖でついぐいぐい漕いでしまい、それを修正するのにずいぶん苦労した。
 今日は川下りはせず、テント場の前で、カヌー操作の練習に費やした。
 
 なんて、お気楽な話をする前に、住宅購入問題はいったいどうなっているか、というと、不動産屋と銀行には、山奥に出張なので電波届きません、と伝えてある。山奥に出張......なんて大雑把な言い訳だ。まさか不動産屋も、家を買おうかというこの重要な局面で、私がカヌーに乗ってプカプカ川を下っているとは思うまい。
 だが、私は思うのだ。面倒な手続きは、なまじ買主の私がいると思うから、みんながあてにして話がこんがらがるので、むしろ買主などいなければ、関係者は買主に頼るのをあきらめ、自力でなんとかしようとするだろう。気がつけば、なんとなくうまく収まりましたということになるのではないか。何事もうるさい当事者がいないほうが、物事はスムースに運ぶものだ。

7月30日(木)

 今日も一日練習。なかなか川を下らない。
 んんん、予想外の展開。
 4泊5日の川下りってことで、のっけからのんびり下るつもりだった私は、あてがはずれて、がっかりというか、そんなに練習しないと下れない川なのかと緊張した。聞けばこの下流には幾多もの過激な瀬が待ち受けており、少なくとも、われわれの技術ではかなりの試練が予想されるそうで、そんな大冒険をするつもりじゃなかったのに、いったい何の因果か理解に苦しむ。
 そうこうしているうちにカヌーごとひっくり返り、カヌー自体も岩に張り付いて真ん中からぱっきり折れてしまった。おおおおお、怖いぞ。のんびりしたカヌー旅を期待していたのに、これじゃ強化合宿ではないか。
 恐るべし四万十川。
 しかも不本意にも、携帯に電波が届いて、銀行ローン断られたりして、ガーン。
 フリーの分際で、しかもその程度の収入で銀行から金借りようなんざ百年早い、と先方が言ったとか言わなかったとか。ていうか言わなかったと思うが、結論から言えば言ったのと同じである。
 やっぱり私には家なんて買えないのかなあ。
 夜は満天の星。

7月31日(金)

 銀行あらため信用金庫にローンを依頼してみる手配を済ませてから、携帯の電源を切って防水バッグに押し込み、いよいよ川下りスタート。
 のっけから、聞いてないよ! ってぐらいの激流。いくつもの巨大波がのたくって、果てしなく続いている。無理だろ、これ。
 昨日一度"沈"した不安で、体が固くなっており、またしても、おおおっとっと、ひっくり返って沈没。
 ちがう、ちがう、こんなんじゃないんだ、オレの四万十川は! 
 もっと山間のゆったりをした流れを、のどかにセミの声に耳を済ませながら下る、というのが四万十川本来の楽しみ方ではなかったのか。それなのに轟々ととどろく瀬の音で、セミの声なんて全然聴こえないし、聴こえたとしてもそんなの聴いてる気分じゃ全然ない。目の前には本気の濁流が渦巻いて、そんなの聴いてぼやぼやしてたら、たぶんひっくり返って渦に巻き込まれて死ぬだろう。
 ローン問題も気にかかるが、今はそれより生きることだ。
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