« 2009年9月 | 2009年10月 | 2009年11月 »

10月1日(木)

 尾道で一泊し、今日は自転車を借りて、しまなみ街道を南下した。
 そうやって瀬戸内海を渡り、四国に上陸しようという魂胆なのだ。四国遍路と関係ないようであるが、しまなみ街道は一度自転車で渡ってみたかったので、これも四国の一環と勝手に考える。
 青空の下、自転車で走り出すと、実にすがすがしく、海沿いのサイクリングロードに出る頃には、すっかり胃の痛みも消え去っていた。結局、旅行が足りないという見立ては間違っていなかったわけだ。
 橋を架けて繋ごうと考えただけあって、このあたりは瀬戸内海でもとりわけ島が込み入って、飛び石のようになっていた。なので、海を見ても、いつもどこかの島が見えて、広々していない。そこがまた面白い。
 大三島までご機嫌なサイクリングで、四国遍路本体より面白いぐらいだった。この日は民宿に一泊。

10月2日(金)

 突然、秋雨前線がやってきて朝から雨。
 昨日とうってかわって、レインコートを着てのサイクリングは、あんまり楽しくない。
 つまらないから、大島の宮窪というところで、能島の潮流体験船というのがあったので、それに乗ってみた。そうしたら、これがとても面白かったのである。
 瀬戸内海は、潮の流れが激しいことで有名で、このあたりの海峡では、渦ができたり、時には海に段差までできるほどだという。そんな段差は是非体験してみたく、一番潮流のきつい時間帯を選んで乗ったのである。そうしたら、まさに島と島の間にちょっとした滝のような段差が現れ、流れは大仰にのたくってところどころ渦を巻き、まるで川にいるような気分であった。その激しい流れのなかを船が横になったり縦になったり、挙句の果てはエンジンを切って渦に飲み込まれてみたりと、そんなことして大丈夫なのかとこっちが不安になるほどのサービスぶりで、観光船に乗って真に面白いと思ったことなどこれまで一度もなかったが、これは正真正銘面白かった。東北松島の島巡り観光船なんかに乗るより、百倍は楽しい。
 もしライフジャケットを着て、この渦の中に飛び込んだら、私はいったいどういうことになるのだろうか。案外愉快なのではないか。新しいアトラクションとして、うまくすると観光の目玉になったりするかもしれない。
 生身で渦潮! 
 とりあえず、誰かよその人で実験してみたらどうかと思った。

10月3日(土)

 秋雨前線は一日でどこかへ去り、昨日の今日とは信じられないほどの快晴。最高のサイクリング日和だ。
 来島海峡大橋の手前の港に、またしても潮流体験船を見つけた。よっしゃ、今度は来島海峡を堪能しようと思ったところが、今朝の潮はゆるいうえ、客が最低ふたりいないと船は出ないと言われる。残念だ。潮流体験船がかなり気に入ったので、能島の潮流とどっちが凄いか、いずれまた来て挑戦したい。
 昼には今治駅にたどり着き、そこで自転車を乗り捨て、そこから五十八番札所仙遊寺まで歩いた。読者はそうは思っていなかったかもしれないが、私は四国遍路中なのだ。

10月4日(日)

 天気予報によれば、台風18号が日本に向かって北上してきているそうで、明日から天気が崩れるという。明日は四国遍路第二の"へんろころがし"といわれる横峰寺に登り、そこからさらに石鎚山を目指す心積もりだが、台風となると登らないほうがいいだろうか。石鎚山は西日本最高峰であり、なおかつ鎖場があって高度感たっぷりというから、どうしても登ってみたい。んんん、どうしたものか。
 このタイミングで台風が来るとあらかじめ知っていれば、早めに晴れ男を発動して、進路をそらしたものを、胃痛で弱っていてすっかりチェックを怠っていた。そもそも晴れ男は体が弱っているとあまり効かないし、ある程度の準備期間も必要で、直前になって晴れさせようとしても難しいのである。明日には来てしまう台風となると、もう私の手には負えない。困った困った。
 さらに追い討ちをかけるように、妻からメールがあり、こないだ庭に植えた芝生に、白いカビが生えてきたとのこと。踏んだり蹴ったりである。

10月5日(月)

 昨日は素晴らしい晴天だったが、今日は予報通り今にも降り出しそうな空だ。本来の予定では、今日は横峰寺を経由して石鎚山の成就社まで登っておき、明日頂上を目指すはずだったが、明日になればますます台風が接近するだろうだから、ここは無理をせず、横峰寺を打ったら下山することを決断した。
 石鎚山に登るために胃が痛いのを押して四国に来たのに、そんなことなら何も今来なくてもよかった。悔しい。悔しくてアホらしい。と同時に、胃の痛いのはすっかり治った。
 第二の"へんろころがし"をクリアし、六十四番札所の前にある温泉宿に泊まる。

10月6日(火)

 雨が激しさを増すなか、国道11号と並走する道を東へ、西条から新居浜を抜け伊予土居まで歩く。この間札所はなく、道もアスファルトで退屈。高知であった歩き遍路のおじさんが、瀬戸内側は惰性、と言っていたのを思い出し、うんざりした気分になる。たしかに、松山あたりから先のへんろ道は、町なかとか国道とかそんなのばかりで、ちっとも面白くない。正直、飽きてきた。
 だからこそ、しまなみ海道を自転車で走ったり、石鎚山に登ったりしないことには、情熱が保てないわけなのだ。それなのに台風で石鎚山を断念した今、私はすっかりやる気を失った。
 結局、いよいよ台風上陸かというニュースが流れる中、東京へ帰ることを決意。このまま進んで、四国遍路中もっとも標高の高い雲辺寺を、雨の中歩くのは絶対に嫌だからだ。なにしろ、雲辺寺を過ぎると、四国遍路にはもう自然がほとんど残っていないようなのだ。そんな貴重な最後の自然は、晴れた日に大切に歩きたい。
 ああ、それにしても、
 瀬戸内側は惰性──。
 この惰性との戦いこそ、四国遍路最大の試練であり、"へんろころがし"の最たるものだった。 

 夜、モーリスさんから電話があり、『ときどき意味もなくずんずん歩く』がまたしても増刷との知らせ。

10月7日(水)

 さて、ぐずぐずしていると瀬戸大橋が通行止めになってしまうので、朝から黙々と休みなく歩き、伊予三島に到着したら、さっさと電車に乗って家路についた。
 岡山からの新幹線で、野田正彰『狂気の起源をもとめて パプア・ニューギニア紀行』(中公新書)を読む。前に読んだ『キキ自伝』とともに、これを次の書評本にすることにする。どちらも石器時代を生きていたニューギニアの奥地の部族民が、現代社会と接していく過程を描いていて、興味深い。彼らにしてみれば、タイムマシンに乗ったようなもので、いきなり中世も近世もすっ飛ばして現代と遭遇したのである。それはそれはものすごい世界観の変転だっただろう。その落差たるや、戦国自衛隊をはるかに凌ぐレベルだ。
 
 帰宅すると、もうすぐ幻冬舎文庫から発売される『晴れた日は巨大仏を見に』が届いていた。評論家の切通理作さんに解説を書いてもらい、デザインも一新して、面白い本ができたんじゃないかと思っている。

10月8日(木)

 さて昨日6回目の四国遍路から帰宅し、人心地ついた。
 胃が痛いのは旅で治り、その点はよかったのであるが、結局そんなことになったのも、最近の忙しさというか、あたふたして落ち着かない日々に原因があったように思われる。
 このところずっと、私はどこか地に足のつかない思いがしている。
 かつて陸上部員で短距離選手だったとき、ある試合で全力疾走していると、まるで地に足がついてないという経験をしたことがあった。もちろん走っているのだから、足は地についているのだけれども、何かが空回りしており、その走っている自分に置いていかれそうな気がしたのである。
 結局それは足と体がうまく連動していなかったためで、足ばかり先に行こうとして、遅れた上体が起きあがってしまい、加速すればするほど後ろにひっくり返りそうになっていたのだった。背筋や腹筋の力が、脚力に追いついていけなかったわけだ。そのときは、いったんスピードを緩め、上体を前傾姿勢に立て直してから再び加速したけれど、その一瞬で私は大きく遅れ、レースの結果は散々なものであった。
 そのときの、言わば気持ちだけ先に行って、体がついてこない感覚と同じ感じが、今している。日々の生活に私がついていけていない。次から次へとやるべきことが押し寄せてきて、自分が目先の問題に対応するだけの自動機械になったような気分だ。
 忙しい、といえばそれだけのことなのだけれど、忙しくても地に足がついているときとそうでないときがある。ある目標に向かって全力で船を漕ぐ忙しさと、何もかもとっちらかって何から手をつけていいかもわからない忙しさと。今はまさに後者であって、それは私の中に大きな地図を描き、大局的な見地で、自分と自分の生活を見渡している自分が存在しなくなっているせいだ。あれをしなきゃ、これをやらなきゃと、慌しくしていながら、自分自身がどこへ向かっているのか、何をしようとしているのか、その肝心なところが置き去りにされているのである。
 司令塔が不在というか、司令塔が疲れているというか、私にはこのすがすがしい秋空をじっくり味わう余裕もなくなっており、一度どこかでシフトダウンする必要性を痛感する。
 そうしてシフトダウンしたら、私は本が読みたい。仕事も家の後片付けもうっちゃって、小説が読みたい。漫画でもいい。映画でもいい。とにかく物語をインプットしたい。
 今ある仕事を片っ端から片付け、四国遍路に決着をつけたら、しばらく働かないで、読書と映画三昧の日々を送ろうと思う。

 夜になって、台風が盛り上がってきた。
 二階の窓から外を眺めていると、激しい雨がガラスを叩き、さあっと通り過ぎてはまた叩く。家のすぐ前を流れる用水路が溢れるのではないかと、半ば恐れ、半ば期待しつつ、ガラス越しに凝視していたが、深夜になっても水量はたいして増えず、腑に落ちなかった。天気予報によれば、今回の台風18号は、ここ10年で最強とのことなので、台風側にもそれなりの情熱がありそうに思えたのに、月並みな台風のひとつでしかなかったようだ。できれば、うちは大丈夫だったけど他人の家は床上浸水したらしい、というような、妙味が欲しかった。

10月9日(金)

 昨日、娘が熱を出しダウン。ついに新型インフルエンザかと色めきたち、病院へ連れて行ったが、普通の風邪のようだった。幼稚園を休ませる。
 
 私のほうは、台風が過ぎたので、庭に出て懸案のカビを確認した。
 ぱっと見、目には見えないのだが、芝生マットをひっくり返すと白いモヤモヤしたものがあちこちに散見され、いやらしい。一度芝生をめくって土を掘り返し、カビも何も全部土中に放り込んで肥料にしてはどうかと考えたが、それなら、むしろこのまま放置して来年の春になった段階で、枯れた芝があれば、それもまるごと土中に混ぜこぜにして肥料化すればいいと、大局的大雑把な見地で思い直し、放っておくことにする。
 しかしそう思った一方で、芝生を見ていると、何でもいいから何か手を加えたいという気持ちがムラムラと湧き起こってきて、どこかにいじる部分はないか検討した。結果、芝生じゃないが、狭い通路になっている家の北側の敷地が、いまだ土が露出していて少しの雨で泥だらけになることを思い出し、そこに砂利を敷くことにした。
 だがまあ今日は仕事もあるので、いったん仕事場へ出かけ、砂利は明日の楽しみとした。

10月10日(土)

 爽やかな秋空。
 朝からホームセンターへ行き、砂利を購入。息子の友だちの小学生が数人遊びに来たので、彼らを動員して、北側の敷地に敷いた。一番安い砂利を買ってきたのだが、白いのや緑のやピンク色がかったかわいい小石が、まるで、行ったことないけどエーゲ海の海岸のようで、敷いたはなから拾いたくなった。下手に海や川へ行くより、よほどいい感じの石がここにある。いずれひまな時間ができたら、自宅で石拾いしようと思う。
 それから、わが家は狭いなりにも建物の回りをぐるりと一周できるようになっていて、東側は玄関前の駐車スペースで、南側は2坪程度の狭い庭で芝生を植えてあり、北側が今回砂利を敷いた隣地との境界にあたる狭い通路なのだが、さらに西側に得体の知れない三角スペースがある。ここも1坪強はあって、何かに使えそうであり、どうしたものか思案している。梅干の種でも捨てて、果たして梅の樹が生えてくるかどうか実験するのはどうだろうか。
 なぜかはわからんが、無性に庭をいじりたい。
 あと近所の探検もしたい。
 

10月11日(日)

 娘の幼稚園の運動会。
 熱は下がったものの、元気はないし顔色は悪いし、下痢でお腹が痛いというので、よっぽど休ませようかと思ったが、折角だから、ケアしつつ参加させることにした。朝一番の競技がかけっこで、ゴール際で心配しながら見ていると、娘はガハガハ笑いながら、もの凄いスピードでゴールを駆け抜けていった。後で激励がてら見に行くと、朝と同じように元気がなく顔色も悪く、沈んでいた。わからん。さっき走ってたのは、あれは本人だったのだろうか。
 その後、父母リレーがあって、近所のお父さんたちと参加した。思わず元陸上部の血がたぎり、本気で走ってしまって、後で吐きそうになった。一緒に走ったお父さんたちと、「お大事に」と言い合いながら別れて帰る。

 バス停から自宅までの帰り道、稲穂の垂れた田んぼの中を歩いた。妻がなかなかついてこないので、何をしているのかとふり返ると、暮色に染まった田んぼをしみじみと眺めていた。
「なんか、すごい景色」
 そう言って、ずっと立ち尽くしている。
「こんなの久しぶりに見た気がする」
 このところ妻は引越しに加えて、幼稚園の役員やら何やらでとても忙しくしており、ゆっくり景色を眺めるひまもなかったようだ。そうでなくても、新しい家の回りは、マンション暮らしのときと違って自然が身近にあるから、思わぬ風景風物に不意を当たれることがある。おお、なんじゃ、この木は! とか、こんなところに謎の原っぱが! とかいって驚くのである。今回は、妻に田んぼと夕日が降ってきたわけだ。
 よし、今度みんなでゆっくり散歩に行こう。新しい家の回りを探検しよう!
 そう言ってほのぼのした気持ちで家に戻ると、芝生が5分の1ぐらい枯れていた。
 おおお、なにやっとんじゃ、うちの芝生は!

10月12日(月)

 休日なので、午前中は子どもたちを図書館に連れて行き、絵本を20冊借りる。
 午後からは仕事場へ行って、溜まっている仕事を片付けた。
 それから今日からNHKのテレビ人形劇「新・三銃士」が始まったので、早めに帰宅して見た。三銃士は読んだことがなく、読んでみたいと思ったこともないが、NHKの人形劇となれば見てみたい。
 思えば、小学生の頃に「新・八犬伝」を見たおかげで、私は物書きになりたいと思ったのだった。たしか「新・三銃士」脚本の三谷幸喜も同じようなことを言っていて、彼にとっても「新・八犬伝」のインパクトは絶大だったらしい。今思い出しても、私の人生で観たテレビ番組ナンバーワンと断言できる。
 それではナンバーツーは何かと考えてみると、これも即座に思いついて、NHK特集「シルクロード」が不動の2番である。あれで後の私の旅行人生が決定付けられた。
 ではナンバースリーは何だろうか。最初に思い浮かんだのは、「仮面の忍者赤影」で、大好きだった「ウルトラセブン」も赤影には及ばない。仮にこれらを3,4位とすると、ナンバーファイブはなんだろう。
 そうだ、「西遊記」だ。
 おお、個人的に最強のラインナップができた。どこに出しても恥ずかしくないベスト5だ。けど、まだ何か忘れているような気もする。 
 ともあれ「新・三銃士」。とりあえず第一回を見た感想は、そうか、ダルタニアンて三銃士の主人公の名前だったのか、ということであった。関係ないが、タイタニアンは、アイアンキングである。サンダーマスクだったかな?

10月13日(火)

 福岡から義母来る。
 さっそく妻と近所を散歩し、いいところじゃないの、川の音がいいわ、と言っていた。その正体は目の前のドブの音である。
 
 二階の寝室兼仕事部屋の窓から、いまだ探検していない丘が見える。夜になると私は、部屋の照明を消し、ベッドに座ってそんな瀬音(言うまでもなく目先のドブの)に耳を傾けながら、丘を眺める。いったいあそこには何があるのだろう。丘の向こうにはピカピカタウンがあって、夜になるとその街の明かりで、丘の背後の空がぼうっと赤く染まる。そうやって赤い空をバックにした丘のシルエットは、どことなく不気味で、そこには神聖で侵すべからざる何か、あるいは、邪悪な何かが潜んでいるかのようだ。

10月14日(水)

 ニックさんが近所まで来てくれ、喫茶店で次回書評用の本を渡す。
 ニックさんは、数人の読者から、宮田に小説を書かせようとするな、エッセイを書かせよ、と叱られてるんですと愚痴っていた。「宮田さん本人が書きたがってるんで、私が書かせようとしてるわけじゃないんですよね......」
 そうなのです。ここんとこ、自分の話じゃなくて、作り話が書きたい気分なのです。なんだか自分の話ばかり書くことに、私は少々疲れてきたみたいです。
 と、次の瞬間、隣の席で談笑していたおばはんが、こちらも振り向かずに、低い魔道士のような声で、
「ならば、さっさとそれを書くがよい!」
 と言った気がした。

10月15日(木)

 昨日ニックさんにもらった「本の雑誌」11月号の読者投稿欄に、「ジョンといえばごっこ」というのが載っていて面白かった。オレにとってジョンといえば、ジョン・レノンかな、とか言って、自分にとってのジョンを語るごっこらしい。
 私にとってジョンといえば、それはもう「東方旅行記」のジョン・マンデヴィル以外にありえない。あと、ジョン・アンダーソン(YES)も大好きだけれど、マンデヴィルの比ではない。
 私も誰かと「ジョンといえばごっこ」をして、ジョン・マンデヴィルについて熱く語り合いたい。しかし、ジョン・マンデヴィルにつきあってくれそうな人は、内澤旬子さんぐらいしか思い浮かばない。

10月16日(金)

 WEB本の雑誌によると、もうすぐ高野さんの新刊『放っておいても明日は来る』が出るらしい。普通に就職しないで生きている9人のはみだし者との対談が載っているようで、面白そうだ。だいたいタイトルがいいのであって、タイトルがいい本はだいたい名著である。略してアスクルだそう。まるでポケモンの名前か、地方都市の複合商業施設のようだ。
 この夏四万十川をカヌーで下った際、ツアー参加者のひとりで、50代のおじさんが、ずっとフリーな職業に憧れていたが結局なれなかったと嘆いていた。結局なれないのは、決断力がなかったとか、実力がなかったからだとかいうと、それで話は終わってしまうけれど、実のところ逃げ方の問題ではないかと思う。現地語もできないまま単身海外に渡ってしまって、そこでビジネスをやっていると聞けば、それはそれは凄い勇気と行動力と潜在能力があった人間であるかのように思ってしまうが、おそらく現実には、最初からそんな能力があって目標に向かってガンガン邁進したわけではなく、うまく逃げた結果、後は転がるようにそこまで勝手に状況が進んだのではなかろうか。
 私が会社を辞めてフリーになったときも、果たして会社を辞めてしまって私はやっていけるのかまるで心もとない感じで、一度気持ちを落ち着けて、辞めた場合のメリット・デメリットをノートに書き出し、比較考察したことがあった。そうやって分析すれば、それはもう辞めないほうがいいという結果が出るのは明白で、勝間和代みたいな人はそれでも目算が立つかもしれないが、そうでない一般庶民には何の勝算も見えてこない。
 そうすると、結局なんとかなる秘訣としては、情熱があったかどうかという話にまとまりやすい。そりゃあ、情熱はあったほうがいいし、まさしくそこが決め手と言われれば反論の余地はないのだけれども、情熱を持ち続けるのもなかなかしんどいものである。
 私の場合は、仮にこのまま勤め続けたとして、きっと10年経っても、往生際の悪い自分はまだ辞めて旅に出たいと思っているだろう、そのときにやっと勇気が出て辞めたとして、だったら10年前のあのときにさっさと辞めておけばよかったと後悔するはずだから、その10年前のあのときである今辞めようと考え、ずっと行きたかった長旅に出たのだった。
 しかし、そうやってど〜んと蛮勇を持って、辞めてから考えればいいのだ、なんて言って辞めてしまって、そのまま何の芽も出ないで身動きが取れなくなっていく事態は、十分にあり得たはずで、それがなんとか今までなんとかやってこれたのは、凹むと旅に出る癖が自分にあったからではないかと思う。
 私は、凹んだり、気力が萎えたりすると旅に出る習性がある。これは情熱とは正反対で、情熱がなくなると、旅へ逃避したくなるのだ。そうするとどういうことになるか。私は仕事が思い通りにいかなかったり、プライドが傷ついたり、体調が悪くなったりすると、旅に出てしまう。そうしてひとりでぼんやりする。
 ところがそこはネタの宝庫であるから、結果としてするつもりもないのに取材したも同然になり、気力が回復したときには、同時にあらたなネタを手にしているという復活のスパイラルが出来ていたのである。
 そう考えると、情熱もいいが、無理してそれを奮い起こすより、むしろ情熱のない凹んだときにやってしまいがちなことを仕事にすればいいという方程式が成り立つのではなかろうか。
 凹んだときゲームに逃避する人は、ゲームクリエイターになるべきである。凹んだときに暴飲暴食する人は、グルメ関係の仕事か、できれば料理人になるのが一番いい。そうして気力充実しているときは、ゲームやグルメに邁進し、調子の出ないときは、ゲームしたりおいしいもの食ったりしていればいいのだ。そこで何か発見があれば、後で仕事にフィードバックする。趣味を仕事にするのと似ているが、似ているようで全然違う。趣味ではなく逃避であるところが肝心だ。趣味は情熱でできており、逃避は無気力と嫌気でできている。
 ここで唐突だが、人工衛星を考えてみる。
 人工衛星は最初こそ大気圏を脱出するために膨大な燃料を使うが、一度うまい軌道に乗ってしまうと、あとは落下する一方である。重力に委ねてどんどん落下していたら、あとは自然に前に進むというか、落下してこその人工衛星というか、ときどきズレた軌道を修正するときだけ、燃料を燃やして噴射すればいい。それだけで、立派な仕事をする。
 この人工衛星を自分に、大気圏を世間もしくは先入観に、燃料を情熱に、落下を逃避に置き換えたらどうなるか。
 アスクルにどんな人たちが出てくるのかは知らないけれど、彼らは、逃げれば逃げるほど仕事の糧になるという逆転のスパイラルを、知らず知らず持っていたのではあるまいか。本人がそれを逃避と認めるかどうかは別にしても。
 だからこそ「放っておいても明日は来」たのではないか。
 逃避という言葉に感じる、かすかな嫌悪、ダメな感じ、プライドが許さないといった後ろめたさ。まずはそういった先入観から逃れ、高らかに逃避せよ。
 そして大気圏を脱したら、あとは人工衛星のように生きるのだ。

10月17日(土)

 義兄一家が、新しいわが家を見にやってきた。
 義姉に、
「たまきさんも、ローンレンジャーになったんだねえ」
 と言われ、そこには、重たいものを抱えて大変ね、というニュアンスが感じられたが、自分にそのような実感がないのがどうも不思議なところである。
 というのも、月の払いは、これまでの家賃よりローンのほうが安いのである。戸建になって水光熱費がかさむことを考慮しても、まだ安い。安いのにマンションより広いし、駐車場も自前である。しかも聞くところによれば、もし私が死ねば住宅ローンはチャラになるらしい。家賃の場合は、私が死んだら妻子にその負担がどっとふりかかるが、ローンはチャラなのである。少なくともその点で、死んだ後の心配はしなくてよくなった。なんだかもう全面的に気が楽になってるではないか。
 ローンが重いと思うのは、何年もそれを払い続けなきゃいけない、そこからは決して逃れられないという、巨大な岩みたいなものが乗っかっているイメージがあるからだろうと思うが、それはグロスで見るからそうなので、生涯収入がある程度計算できて、それに対する岩の割合が漠然と実感されると、重たくなるのは当然である。思い浮かぶのは、岩が、風船をぐいぐい圧しつぶそうとしているみたいな絵だろう。
 しかし私の場合、生涯収入がまったく計算できず、おそらくサラリーマンに比べれば、相当少ないはずで、相当少ない収入に岩が乗っかったら、それはますます重いではないかといえば、あまりに生涯収入が少ないために、その上に岩が乗るイメージが湧かず、岩は直接地面に置いてあるぐらいに想像され、実に安定感がある。
 というか、そんなことより、こっちは今月来月の家賃の工面が大変なのであって、岩のことなど想像している余裕はなく、今月の何日にどれだけ必要かというその一点にすべての神経は集中し、そうなればローンも食費も水光熱費も同列であって、問題はその金額がいくらかということだけである。六十過ぎてもローンを払い続けなければならないとか、そんなのは食費だってそうだし、家賃でも同じことだ。
 私は小便しながら時々こう思う。
 この先自分は、死ぬまで小便し続けなければならない、どこにいても常にトイレを探し続けるのだ、と考えると、どうみても人工透析などをはるかにしのぐ手間と回数であるはずで、これほど重たいことはなく、自分はなんという不幸の星の下に生まれたのだろうと感じられるが、その膨大な量の小便に現実に圧倒されないのは、目先の小便が今したいからである。とりあえず今したい。今小便したいときに、一生分の小便についてグロスで考えてもしょうがないのである。

10月18日(日)

 朝からいい天気。
 家の西側の三角形の狭い土地にも芝生を植えようと、またホームセンターに行って、芝や土を買ってきた。前回、南側に適当に芝生を植えたら、すでに5分の1ぐらい枯れ始めていて、もう少し丁寧にやるべきだったと反省したので、今回はスコップで粘土質の土を掘り返して、透水性のいい土や石灰なども混ぜて、土質を改良した。ちょうど、B型父さんが子どもを連れて遊びに来たので、手伝ってもらった。
 思えば実家を出てから庭のある家になど住んだことがないし、その実家ですらマンション暮らしが長かったので、土のいじりかたがさっぱりわからない。今回も、義兄の話を参考にしたり、B型父さんに聞いたりして、たどたどしい作業であったが、狭いなりにも庭があるというのは、かつては自分の中になかった何かのスイッチが入ったような新しい気分で、世界がこれまでと違って見えるような心地がする。
 具体的に言うと、まず第一に、植物が新しい。
 これまで植物に関心を向けたことなど、あまりなかった。町を歩いていても、たとえば梅や桜が咲けば、ああ春だと思い、キンモクセイが香れば秋だと思って、その程度の感覚はあったけれど、住宅の庭木のあれはコブシで、レンギョウで、あっちはアオキだ、シャラだ、というような細かいことは念頭にも浮かばなかった。昔、木の名前を覚えようと、図鑑を持って町を歩いたことがあったが、たった一度歩いただけで飽きてしまって、それきりである。
 しかし、昨日義兄と近所を歩いて、あの木は育てやすいだの、あれは虫がつくだの、樹形を整えるのが大変だのと話を聞くうちに、ただの退屈な住宅地だと思って見ていた景色が、が然複雑さを増して植物の迷宮のように見えはじめ、世界全体に味わいが深まったように感じられた。どうやら日常の背後には、植物世界のレイヤーが隠れていたらしい。
 数年前に注文住宅を建てた義兄は、それ以来庭いじりにはまって、今では庭木のほかに野菜なんかも育てているらしい。何年ぶりかに会ってみると、植物にやたら詳しくなっていた。
 その気持ち、今の私にはよくわかる。
 植物だけじゃない。今回さらに、土の世界というのも知った。
 ホームセンターに土や砂利を買いに行くと、土にもいろいろあって、透水性だのphだの、さまざまに組み合わせながら作っていくものだそうで、まあ、そんなこともこれまで知らなかったわけではないのだが、実際に自分で買おうとして選びあぐね、説明書きを丁寧に読んでいくうちに、ここにもまた複雑な世界があったと、いとおしく思われた。土の入った袋を持ち上げてみると、ホカホカする優しい抱き心地で、枕に使ってもいいぐらいだ。しかもそれが一袋300円ぐらいだったりするから、無意識に米袋と比べてしまって、お買い得にも感じられた。  
 新鮮な気分になった理由は、まだある。
 ホームセンターの園芸コーナーになど来たこともなかった自分は、高級な車で乗りつけてプランターだの腐葉土だのを買っていく、なにやら金持ちそうな人々の間に混じることで、自分のグレードまで上がったような錯覚に包まれ、その点でも悦に入ったのだった。
 結局、マンションを出たからなのだ。
 これらの変化のすべては、マンション暮らしでなくなったことによって、もたらされた。
 そうか、家とは、そういうものだったのか。
 ナイス家、そして庭!
 だが、喜びと同時に、自分の内側でかすかにアラームが鳴っていることにも、私は気づいている。
 庭に淫して、隠居するようなことがあってはならない。仕事におけるチャレンジ精神と引き換えに、庭に引きこもってはだめだ。ただでさえ、石に惹かれて、しょぼくなりつつあった私だ。
 夜にはアマゾンで植物図鑑を物色していた自分が、実に心配である。

10月19日(月)

時は過ぎゆく (岩波文庫)
『時は過ぎゆく (岩波文庫)』
田山 花袋
岩波書店
798円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
温泉めぐり (岩波文庫)
『温泉めぐり (岩波文庫)』
田山 花袋
岩波書店
840円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
ヴォルガ・ブルガール旅行記 (東洋文庫)
『ヴォルガ・ブルガール旅行記 (東洋文庫)』
イブン ファドラーン
平凡社
3,150円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 昨夜、妻が近所の奥さん連中と飲みに行ったので、私は子供たちをつれて、近所の散歩に出た。
 いまだ探検できていない丘のほうへ歩いてみようかと子どもを誘ってみたが、そっちの道はまるで灯りがなく、行きたくないと言われる。
 そこで、ウンボコ川沿いの歩道を歩いてみると、周囲は田畑や雑木林だからここも灯りが少なく、頭上に星空が大きく広がった。そんな星々を見上げながら、自分はこんな田舎道を夜中に歩いている、としみじみ感じ入る。これが自宅から徒歩3分の場所だとは信じられない。
 私はこの間までマンションに住んでいて、出かけるときは、まずエレベーターに乗り、マンションの玄関を出ると車道があって、車に気をつけながら歩きはじめると、すぐそばにスーパーやコンビニなんかがあるのが普通だった。道路はおおむね直線だったし、交差点は直角だった。
 しかし今は、スーパーやコンビニは遠くなって不便になったかわりに、すぐに田んぼがあり川があって、車はあんまり来ないし、道路は曲がったりくねったりして、土の道もある。
 自分の人生を思い返してみても、自分史上最も田舎に住んでいる気がする。素晴らしいことじゃないか、と思うのと同時に、まるで親近感がない。歩いていて、ふわふわと、なんだか旅の途中のようだった。
 
 先日ニックさんに会ったときに、ニックさんが持っていた田山花袋『時は過ぎゆく』(岩波文庫)が面白そうだったので購入。同じく田山花袋『温泉めぐり』(岩波文庫)も紀行文ということで買い、今日届いた。
 古い紀行文のなかには、いいものが隠れていそうな予感があって、つい買ってしまう。パラパラとめくってみると、残念ながら『温泉めぐり』はあっさりしすぎている気がした。そういえば先日山口瞳の『温泉へ行こう』も買ったのだけれど、ちっとも面白くなかった。自分が温泉に興味がないせいかとも思うが、われわれの親父世代の作家の文章には、ユーモアに独特の臭みがあって、ついていけないときがある。たぶんギャグやジョークというのは、腐りやすいのだ。だから時代を経ると厳しい。それはもう宿命のようなもので、しょうがないといえばしょうがない。
 あと同時に購入したのは、イブン・ファドラーン『ヴォルガ・ブルガール旅行記』(東洋文庫)。古い旅行記はつい買ってしまうが、いつか読むんだろうか。

10月20日(火)

 朝7時に起き、芝生に水を撒いていると、家の前を多くの人が行ったり来たりする。通勤で出かける人、犬を散歩に連れ出す人、そしてウンボコ川方面へぶらぶら出かけていくお年寄りなど。いつも8時ぐらいに起きている私は、自宅前にこんなに人通りがあったのかと驚いた。
 そのなかのお爺さんがひとり、通り過ぎたかと思うと、不意に踵を返して戻ってきて芝生を指差し、「ここはな、土をもっと足して、こう平らにな。この面とこの面とがな、平らになるように。ここに土がのっても、箒でさっさっと掃いたらいいから」と突然アドバイスされる。
 お爺さんが言うには、芝生マットを地面に置いたら、マットとマットの間に土を入れて、全体を平らにし、保水力を高めなければならないとのこと。実に有益な情報で、思わず聞き入る。
 お礼を言うと、お爺さんはそのまま川のほうへ歩いて行ってしまった。どこの誰だったのかはわからない。
 と、直後に今度は犬を連れた女の人が、「きれいになりましたね」と話しかけてきた。
「うちも芝生植えてますけど、芝は丈夫だから、すぐにぐんぐん生えてきますよ。伸びてきたらね、1万円ぐらいで電動のアイロンぐらいの芝刈り機があるので、それで刈るといいですよ」
 って、これまた役立つ話を聞く。役に立つけど、誰なんだ、みんな。
 どうやらうちの芝生は、近所の人たちの通勤&散歩道に面しているおかげで、いろんな人が注目しているらしい。晴れがましいような荷が重いような、近年味わったことのない複雑な気分だ。
 とりわけ複雑なのは、一度話した以上、次に見かけたときは挨拶しなければならないのに、一瞬のことでさっぱり顔が覚えられなかったということである。私はじっくり話しこんだ相手でも一ヶ月もすればすっかり顔を忘れてしまうという特技を持っているので、頭が痛い。できれば私と一度でも話した人は、額に付箋をつけておいてもらうとありがたい。

10月21日(水)

仮面の忍者 赤影 第二部 卍党篇 [DVD]
『仮面の忍者 赤影 第二部 卍党篇 [DVD]』
東映ビデオ
14,490円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
バガボンド(1)(モーニングKC)
『バガボンド(1)(モーニングKC)』
井上 雄彦
講談社
560円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 先日、人生で観たテレビ番組ベスト5を挙げてから『仮面の忍者赤影』のことが気になって気になって仕方なく、ついに根負けして、DVD第2弾卍党編をアマゾンで購入した。第1弾金目教編はすでに持っている。
 赤影は大きく4部に分かれているが、やはり第1部の金目教編と、第2部の卍党編がいい。第3部の根来編も出だしは殺陣が冴えてよかったが、怪獣が出まくるようになって興ざめした。第4部魔風編は怪獣ばかりで見る気が失せ、内容もあまり覚えていない。敵が怪獣になると殺陣もくそもなくなってくるから、つまらない。
 そういえば、ついに先日、漫画『バガボンド』の購入も開始した。
 これまでずっと我慢していたのである。漫画は下手すると何十巻も続くので、そんなのを買ってしまうとただでさえ狭い本棚がいっぱいになってしまう。『バガボンド』は、いちいち連載を読んでいないが、面白いことは読まなくてもわかっており、ある程度ゴールのメドがたってから買うかどうか判断しなければと思っていた。もう30巻ぐらい出ているようで、このままどこまでいくのだろうと思っていたら、作者が、だいたい8割は終わっているみたいなことを何かで言っていたので、それならばとついに決心した。三十巻余なら、買ってもなんとかなるだろう。これから少しずつ買って読もうと思う。
 チャンバラが、浸透しはじめている。
 そのうち書くのかもしれない。

10月22日(木)

 機内誌の取材で、レンタカーを借り、群馬県へ。
 今回の目的地は、迦葉山弥勒寺である。ものすごく巨大な天狗の面があることで有名、かどうか知らないけれども私は知っていた。
 関越道を北上していくと、空はもう雲ひとつない快晴で、仕事だと思えば運転がだるいが、ドライブだと思えば、すがすがしい。それでも一気に運転しきれず、途中二度もサービスエリアで休憩した。
 弥勒寺の中峯堂拝殿には、高さ6メートルぐらいある巨大な天狗面が2つ、どーんと参拝者を見下ろしていて、長い鼻が突き出しているものだから、それが参拝者の匂いを嗅ごうとしているように見え、賽銭箱の上にもたくさんの面から鼻が突き出されて、これもまた賽銭の匂いを嗅いでいるみたいで、天狗だらけの拝殿にいると、だんだん犬に囲まれているような気がしてきた。天狗は天の犬なのだ。
 巨大天狗面の前で記念撮影しているおばさんを横から見ると、まさに天狗が背後からおばさんの匂いを嗅いでいたので面白く、思わず知らんおばさんの写真を激写してしまった。

10月23日(金)

 夕方から、スットコ駅前ホテルのスイートルームで、北海道へ引っ越すMさん一家の送別会。本日すべての荷物を送り出したMさん一家は、ここに泊まって明日には北海道へ出立する。
 息子が、えんえん泣き出して、明日から会えないと思うと、もうみんな死んでしまったみたいな気持ちがすると言うのだった。
 みんな死んでしまったみたいな気持ちがする。
 本当にそうだ。
 みんな死んでしまったみたいな気持ちがするのが、別れというものだ。 

10月24日(土)

 朝からまた昨日のホテルへ出向き、駅まで見送る。
 昨夜遅かったこともあって、朝からクタクタ。今日は仕事するつもりだったが、あきらめた。
 帰宅してから、目土で芝生マットの隙間を埋める。
 

10月25日(日)

はるかな島
『はるかな島』
ダイアン ホフマイアー
光村教育図書
1,575円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 雨で息子のサッカーの試合が中止になり、応援に行く予定を変更し、ホームセンターに買い物に行った。
 いまだ家の中が整わない。ダンボールも十箱あまり残っており、どうやらそのまま定着しそうな気配である。最近は部屋の隅に積まれたダンボールが自然な感じに目に映り、そういう景色なのだという気さえする。
 
 ホームセンターついでに図書館へ行って絵本20冊。
 今回の発見は、ダイアン・ホフマイアー著、ジュード・ダリー絵『はるかな島』(光村教育図書)。人間関係がいやになって、無人島に置き去りにしてもらい、そこで暮らしながら、島を緑でいっぱいにした男の話。絵が素晴らしくて借りてみたのだが、ロビンソン・クルーソーみたいな内容も、現実にあった話だとのことで面白く読んだ。表紙のタイトルの書体もあっさりしていて、私好みである。
 昔から無人島暮らしに憧れがある。
 といってもそこに本屋だけはあってほしい。テレビもインターネットもいらないから、本屋があって、食事が毎日宅配されてくるような無人島があれば、私は明日にでも引っ越すであろう。あとできれば対岸にわりと簡単に渡れ、そこにはスーパーがあって駅にも近く、その駅から新幹線の......。

10月26日(月)

 一定した静かな雨。
 最近は、どんよりと今にも降り出しそうなんだけれども、小雨がパラつく程度といった雨か、突発的で集中的な豪雨ばかりで、このようなしとしと一日中降り続く安定感のある雨は久しぶりだ。こういう雨は心が落ち着く。
 
 先日義姉一家が、床暖房を入れて使わなくなったホットカーペットをくれたので、それを敷くと、たちどころに家族全員がその上に集まるようになって、期せずして一家団欒である。マンションと違って戸建ての夜は下から寒い。

10月27日(火)

 昨日の雨は台風だったらしく、今日は一転して目の覚めるような青空。  
 昨日から、来月に迫った講演の草稿を考えて、気が重たい。
 テーマは「東アジアの思想と宗教」といういかめしいもので、それでなぜ私に声がかかるのか理解に苦しむが、この機会だからベトナムの盆栽ホンノンボを大々的に紹介しようと目論んでいる。テーマの荘厳さに惑わされて、無理に難しげなことを話そうとすると必ず失敗するので、ここは物怖じすることなく、アホな話で貫き通したいところだ。
 こういうものは、実は内容よりも、いかに溌剌としゃべるかが一番重要である。どんなにいい内容でも、溌剌としゃべらないとみんな寝てしまう。寝てしまってむしろ好都合とも言えるけれど、事務局など責任感のある人がまれに起きて真剣に耳を傾けていることがあり注意が必要だ。そういう人は、話が溌剌としていない分、かえって耳をそばだててちゃんと聴きとろうとし、話の中身の薄っぺらさに気づく可能性が高い。
 なので、どうでもいいようなことでも勢いよく溌剌としゃべって、これだけ元気よく聴こえているなら自分が聴かなくても誰か他の人がちゃんと聴いているだろうと安心させ、集団心理によって全体として煙に巻くというのが、講演の秘訣である。
 逆にちゃんと聴いてほしいところがあれば、その少し前あたりからボソボソとしゃべり、なんか聴こえにくいなと思わせて集中させておいてから、突如そこだけ理路整然と話せばいいわけだが、開始30分以降は何をやっても無駄とも言える。30分過ぎて聴いているのは、責任感のある事務局だけである。今回の講演も、大勢の前で恥ずかしいので、いっそ事務局の人と一対一でしゃべってはどうかと思う。

10月28日(水)

中国乙類図像漫遊記
『中国乙類図像漫遊記』
武田 雅哉
大修館書店
2,940円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
オホーツクの古代史 (平凡社新書)
『オホーツクの古代史 (平凡社新書)』
菊池 俊彦
平凡社
798円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
なぜ対馬は円く描かれたのか 国境と聖域の日本史 (朝日選書)
『なぜ対馬は円く描かれたのか 国境と聖域の日本史 (朝日選書)』
黒田 智
朝日新聞出版
1,260円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 午前中、X社に行って編集者に会う。
 何か旅の本を書いてみないかとのことで、最近考えている石の旅とか、そのほかもろもろ話したが、結局いつも立ちはだかるのは取材費のことで、取材費がもらえないとなると、なかなか大きな旅はできないから、内容も限定される。V社のテレメンテイコさんとの話も、それがネックでなかなか踏み込んだ話にならない。
 今回も実現すれば面白そうなアイデアが出たが、実現するかどうかはまだわからない。
 取材費なんかもらえなくてもまず行ってしまうぐらいでないと、いい本は書けないという気持ちと、だからといって生活費を削れるのかという現実的問題で、毎度頭を抱える。本なんてものは、お金を稼ぐために書くのではなく、お金があって書くものではないかという気さえしてくる。
 
 午後は写真家のモハさんとJ社に行って、モハさんを編集部に紹介し、同時に連載の今後の打ち合わせ。
 帰りに本屋に寄って、武田雅哉『中国乙類図像漫遊記』(大修館書店)、菊池俊彦『オホーツクの古代史』(平凡社新書)、黒田智『なぜ対馬は円く描かれたのか』(朝日選書)の3冊を買う。
『海東諸国紀』の対馬が、ナマコの断面みたいに円く描かれているのは私も知っていて、デタラメ古地図好きとして惹かれていたので、『なぜ対馬は円く描かれたのか』はタイトルだけで即購入。

 ところで、帰宅中、近道を発見した。
 最寄り駅から私の家までは、まず交通量の多い駅前の道をしばらく歩き、途中で住宅街を回りこむように折れると、その先の牧場の脇道を、羊の人間みたいな鳴き声に驚かされながら帰るわけなのだが、このたび駅からすぐのところで住宅街のほうを覗いてみたら、闇に中にそこだけ白く煌々と病院の便所みたいに輝いている建物があって興味が湧き、なんとなく歩いていったのである。
 白い灯りに近づくと、スポン、スポンという音が響いてきて、バッティングセンターなのだった。
 バッティングセンターなんて久しぶりに見たなと思い、なにやら暗闇の中にそこだけ浮いて輝いているのが、思い出映像のようでもあったので、妙な気持ちになってしばらく眺めていた。そのまま待っていれば、中からユニホームを着たお父さんの若い頃が出てきそうであった。お父さんの若い頃は、自分専用のバットを担いで仲間と肩を組んで現れ、私のほうにチラリと目をやるが、まるで誰だか気づかずに、そのまま仲間と笑いあいながら歩き去るのだ。
 だが、しばらく見ていてもお父さんの若い頃は現れず、私はそのままバッティングセンターの脇を歩いていった。裏には広い畑が夜の底に沈んで、その中に一本の細いトラクター用の道が、先の林へ続いていた。
 バッティングセンターの灯りがかすかに届き、どうやら舗装されているらしいとわかるその道を、私はある予感を覚えて進んでいった。
 林の向こうには、ピカピカタウンの赤い空が広がっているから、方角的にも間違いない。
 林に入ると街灯が現れ、道は急な傾斜となって底のほうへ続いていた。
 ますます怪しい。
 いつも通っている牧場横の通勤路に、途中で分岐する舗装道がある。これはあそこに通じているのではないか。その舗装道にも街灯があったし、坂の底で左に曲がっているのも同じだ。坂の底の曲がり角には石仏があり、いつも花が添えられていたはずだ。
 やがて、道の脇に石仏が見えてきた。
 やっぱりだ。
 そこは勝手知ったる毎日の通勤路であった。
 そうか、ここに出るのか──。
 胸の底が、ワクワクした。
 駅まで1分半は短縮になる。だが、ワクワクしたのはそんな1分半のためではなかった。純粋ピュアな〈そうか、ここに出るのか〉のエクスタシーが私の体の中を駆け抜けたからだ。
「そうか、ここに出るのか!」
 誰もいないのに、口に出して言ってしまいそうなぐらいだった。
 できることなら私は、一生この〈そうか、ここに出るのか〉を味わっていたい。〈そうか、ここに出るのか〉が十分あれば、私は年老いても楽しく生きていけそうな気がする。

10月29日(木)

 やっとのことで講演の草稿を書き上げる。
 ためしに声に出して読んで、ストップウォッチで計ってみると75分。少々早口だったから、このぐらいでちょうどいいだろう。90分はずいぶん長い。

10月30日(金)

『なぜ対馬は円く描かれたのか』読了。
『海東諸国紀』に対馬が円く描かれている理由を解明する前半はとても面白く、みるみる読んでしまったが、後半はさらに対馬の奥深く分け入って細かいフィールドワークの話になっていき、そこがもともと畑作文化の地であったことを立証していくあたりは実に学術的で、退屈した。
 次は誰か『なぜ琵琶湖と淡路島は同じ形なのか』を書いてほしい。
 

10月31日(土)

 昨夜足が猛烈に熱くて眠れず、一睡もできなかった。
 なので、今日も仕事場に出かけたけれど、おそらく寝てしまって何も書けないだろうと半ばあきらめていた。
 ところが机に向かうと、ぐいぐい筆が運び(パソコンだけど)、気がつくと眠気を覚えるまもなく夕方になっていた。まさか今日中にできると思わなかった原稿もほぼできあがってしまい、どうしてそうなったのか理解に苦しむ。おかげで来週から四国に行く計画をなんとか断念せずに済みそうだ。案外徹夜で書きものしたりするほうが筆が進むのかもしれない。
 それにしても最近は、去年と比べて仕事が増えたわけでもないのに、いつも時間に追われている。去年はもっと仕事をサボって散歩したり、美術館に行ったりする余裕があったのに、今年は全然ない。
 原因はたぶんふたつで、ひとつは引越しでしばらく仕事ができず、その分が順々にずれこんで後の仕事を圧迫しているのと、もうひとつはやはり何度も四国遍路に行くからだろう。今年になってから、3月、5月、8月、10月と4度も出かけ、さらに11月にも出かけようと画策している。四国中は、原稿が書けないから、その期間分の締め切りを前倒しで片付けなければならず、出発前はいつもバタバタになってしまうのだ。しかもその間をぬって、機内誌の連載で月1度、日本各地に取材に行くから、旅行人生としては実に充実していて楽しいけれど、その分ひっきりなしに締め切りがやってくるのはいかんともしがたいのだった。
 ああ、スットコランドの奥にそびえるあの丘を、ピカピカタウンの赤い光に浮かび上がるあの雑木林を、一刻も早く探検したい。妻によると、うちから徒歩2分の小学校の向こうには小さな神社があるという。おそらく徒歩4分ぐらいで行けるだろうその神社でさえ、私はまだ行ったことがないのだ。
 

 ※次回、更新はまたしても遅れる可能性があります。ご了承ください。
« 2009年9月 | 2009年10月 | 2009年11月 »