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12月6日(日)

まいにち植物―ひみつの植物愛好家の一年
『まいにち植物―ひみつの植物愛好家の一年』
藤田 雅矢
WAVE出版
1,470円(税込)
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 日曜だけど、水族館とお通夜に行って仕事しなかった日のかわりに働く。書評原稿のたたき台。

 アマゾンで買った藤田雅矢『まいにち植物』(WAVE出版)が素晴らしい。奇妙な植物ばかり出てくる。たとえばいくら珍しくても青いバラなど見せられても私は別に興奮しないのだが、ここに出てくる平行植物ばりの得体の知れぬものどもは、夜中にこっそり巨大化して冷蔵庫開けて何か食ってそうな気配さえ漂っていて、素敵。
 夕方、子どもたちにせがまれて、クリスマスツリーを買いに行ったのだが、食虫植物のクリスマスツリーが欲しくてしょうがなかった。誰かハエトリソウで作って欲しい。

12月7日(月)

 昨日の原稿を直すが、なんだかうまくない。
 さらに四国の原稿も書く。
 
 このところ体力の低下著しく、頑固な気分だ。
 中年になってわかったのは、自分の感情をコントロールするのにも体力がいるということで、すなわち頑固とは運動不足の結果である。
 体力があって頑固な人間もいるが、あれは体力を感情方面に十分に配分しないことによる偏りであり、他人のために私の体力を無駄に使いたくありませんと言っているのと同じで、それによって頑固者というキャラクターの中に安住できるうえ、なおかつあの人は頑固だからと少しばかり大目に見てもらうことを期待しているという点で、単なる甘えに過ぎない。
 頑固が美徳とされるのは、職人がその熟練の技において、それだけは決して自分の考えを曲げないという場合においてのみであって、熟練の技もないのに、年をとったら頑固オヤジになりたいとか、年をとらなくても若いうちから自分のことを「オレ(私)って頑固だから」と、自己主張する人は、傲慢以外の何ものでもない。
 というような話がしたいわけでは実はなくて、目下、体力の低下による自分の頑固化を心配しているのである。
 最近、私の中の体力温存機構から、頑固化の打診がたびたびあるのだ。頑固シールドを張って、身を守れと。
 年をとれば誰でも体力は低下するから、そうなると感情抑制力が低下して、人ははた迷惑な頑固者になってしまう。これを回避するには、体力の低下を自覚した時点で、その配分を考え直す必要がある。つまり、いつまでも若くあろうとして、少なくなった体力を、体の動きや脳の働き方面にばかり集中させてしまうと、人格方面に使う体力がなくなって、人は頑固になる。とすれば、これまでのような体の動きや、脳の働きを維持しようと注力し過ぎないこと、つまり、むしろ早く老人化してしまおうと考えることが世界の平和に貢献し、ひるがえって実はそれこそが精神的な若さをキープする秘訣なのではあるまいか。
 若づくりで押しの強いおっさん、おばはんほどジジババくさく、皺々で小さくてニコニコ老人化している人ほど若々しく思えるのは、このような理由による。
 そういうわけだから、頑固化を回避し、若々しい原稿を書くためにも、私はそろそろ隠居するべきではなかろうか。

12月8日(火)

マラソン1年生
『マラソン1年生』
たかぎ なおこ
メディアファクトリー
1,155円(税込)
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 私の妻がいったいどんな人間か会ってみたいと、高野さん、ニックさんがこぞって家にやってきた。
 去年の日記に、収入がなくなることについて私の妻は何とも思っていないようだ、と書いたのが、印象に残ったらしい。かなりできた妻なのではないかというわけだ。まるで自分が働くからあなたは自由なことをやりなさい、とでも言いそうなイメージだったのだろう。
 しかし、実態は全然違うのだった。
 妻は仕事が大嫌いなのである。
 だから、それを夫に強要するのも酷だと考えているのである。そういう意味ではフェアというか、尻を叩かれるより楽だが、そこに生活費という視点はまったく欠如しており、金持ちでもないのに思考だけは金持ち風なのであって、夫はなかなか働かないし、妻も働くの嫌いだし、行く末が実に案じられるわが家なのだった。
 ところで、ニックさん、高野さんは、去年からそれぞれジョギングや水泳を続けているという。ふたりとも今やハーフマラソンに参加できるぐらいの体力があるようだ。私の去年の日記を読んで有酸素運動をはじめることにしたというから、それもこれも私のおかげと言っても過言ではないが、それにしても、まだ一年ぐらいしか経っていないのに、もうハーフマラソンとは。
 先日たかぎなおこ『マラソン一年生』(メディアファクトリー)という本をもらったので、読んだところ、その著者も走り始めて半年でホノルルマラソンに参加し、5時間ぐらいで走っていた。
 みなあっという間にマラソンとかハーフとか、どうしてそんなに急に走れるようになるのか驚くばかりである。今年のはじめ頃、私は私なりに3ヶ月ぐらい走り続けたのだったが、ハーフどころか、5キロで謎の奇病にかかったり、電磁波にやられたり、ハトの大群に襲われたりした。どうも私にだけジョギングサイドの対応が違うような気がする。そもそも理解できないのは、みな一様に、走り続けていると走るのが楽しくなってくるということで、ニックさんは今じゃ走らないと気持ち悪いぐらいなことを言う。
 私は走れば走るほど嫌になった。私には長距離を走る筋肉がないのではあるまいか。子どもの頃から長距離走は苦手で、根っからの短距離選手であった。きっとジョギングに適した体質というものがあるのだ。
 すなわち私はDNA的に走っても無駄ということがわかる。

12月9日(水)

 四国遍路と書評原稿。
 今年は去年のように平日に遊びに出かけるひまがあまりない。いつも働いているような気がする。錯覚だろうか。というのも書いている原稿の総量は増えていないのである。
 
 そういえば昨日高野さんが、新たな本を一冊書き下ろしたと言っていた。高野さんは最近いっぱい本を出しており、実に活性化している。そのうち転移したりするのかもしれない。
 書き下ろした本は『間違う力』というそうだ。
 姜尚中『悩む力』、勝間和代『断る力』に次ぐ、力シリーズの最終到達点。人は、悩んだ末に断って間違うのである。悩んだり断ったりするより、はるかに力強く、取り返しがつかないという、素晴らしいタイトルだ。
 まだ読んでもいないのに、私も間違えなければ! と気持ちがあらたまった。 

12月10日(木)

 いまだ夜とか、運動した後に、足が熱くなるのが治らない。
 昨夜は足が熱くて一睡もできなかった。実に腹立たしい。
 昼夜逆転しては困るので、今日は眠くても絶対昼寝しないと誓い、黙々と働こうと思ったのだが、眠くて眠くて、一日中仕事机を睨んでいただけだった。そうだ、こういう朦朧とした時間を利用して年賀状でも作っておこうと、イラストレーターを開いてデザインを始めたのだが、これもまた眠さのあまり、実にあっさりしたデザインで終了した。
 そうやってどうにか夜まで目を見開いて、やっと正しい時間に眠ることができた。

12月11日(金)

 一日がかりで、関西大での11月の講演録の赤入れ終了。
 これで年内の締め切りはこれから取材にいく沖縄の原稿だけになった(毎週やってくるこの日記の締め切りを除く)。なんとなくホッとする。
 去年の日記を読むと、平日に博物館に出かけたり、幼稚園児と遊んだりして、充実した日々を過ごしていたようだが、今年は、そういうことがほとんどできなかった。ずいぶんドタバタした一年だったが、にもかかわらず去年と比べて仕事量が増えていないのは、結局つまり、引越しと、何度も四国に出かけたために、そのしわ寄せで忙しかっただけなのだった。
 しかし四国へ行くのもあと一回であり、そろそろ時間をとって、いろいろインプットしようと思う。映画も観たいし、本も読みたいし、そうやってまずは渇きを癒して、しかるがのちに......ふっふっふ。

12月12日(土)

 何が、ふっふっふ、なのか、もう公言するのも憚られるが、来年はいよいよあれをやるのだ、と自分では思っている。でも、いい加減みんな聞き飽きて、うんざりしてるだろうから、不言実行という方針に転換することにする。
 それはそうと、ネットのMAPソフト上で距離が測れることを知り、駅までの距離や、自宅と仕事場間など測って遊んだ。駅までの道は、案の定あの一旦反対方向へ歩くルートが最短で、バッティングセンター経由よりも117メートル近かった。
 また、今回引っ越したことで、仕事場と自宅の距離は、以前マンションに住んでいたときに比べて、140メートル短くなっていた。それなのに、以前より遠くなった気がするのは、仕事との心理的な距離か。途中に牛がいるからか。
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