深夜に起きたら、新年だった。
息子の所属するサッカークラブでは、初日の出を見に高尾山まで行くのが恒例になっているのらしい。今回私と息子のふたりで参加した。
早朝4時ごろから高尾山を登る。参道は真っ暗で、こんな時間にどこのヒマ人が高尾山なんて登るかと思ったら、ごっそり人がいて、山頂近くになると渋滞していた。みんな毎年こんなことやってたのか。まったく知らずに寝ていたぞ。
肝心の初日の出は、人ごみに紛れて、出る瞬間を見ることあたわず。肩車で息子にだけ見せた。私は初日の出などどうでもいい。昔から日の出や夕日にぐっときたことがないのだ。だって毎日やってるじゃないか。ちっとも珍しくないと思うのである。そういえば、平成元年の1月8日だったかな、まさに今日、昭和が平成に変わるという朝、平成の初日の出を見に行こうと前夜に友人宅に集まったときも、ふと気がつけばすっかり日が昇っていて、平成全開だった。
朝日、夕日の時間帯は、太陽に背を向けて景色を見ているほうが、世界が茜色に染まってぐっとくるものがある。今日も、高尾山の山頂から、富士山を見ていた。清冽な空気の中に、それはくっきりと立ち上がっていて、惚れ惚れした。
帰宅して一旦眠り、昼間にあらためて、新年だと感じ入る。
だが「ゆく年くる年」なしでは、新年感を十全に味わうことはできなかった。日の出なんかじゃなく、なんかこうもっと、ああ、ついに年が明けたかあ、という感慨を味わいたい。それで近所の広場で凧を揚げてみたのだが、風がなくてちっとも揚がらなかった。
息子の所属するサッカークラブでは、初日の出を見に高尾山まで行くのが恒例になっているのらしい。今回私と息子のふたりで参加した。
早朝4時ごろから高尾山を登る。参道は真っ暗で、こんな時間にどこのヒマ人が高尾山なんて登るかと思ったら、ごっそり人がいて、山頂近くになると渋滞していた。みんな毎年こんなことやってたのか。まったく知らずに寝ていたぞ。
肝心の初日の出は、人ごみに紛れて、出る瞬間を見ることあたわず。肩車で息子にだけ見せた。私は初日の出などどうでもいい。昔から日の出や夕日にぐっときたことがないのだ。だって毎日やってるじゃないか。ちっとも珍しくないと思うのである。そういえば、平成元年の1月8日だったかな、まさに今日、昭和が平成に変わるという朝、平成の初日の出を見に行こうと前夜に友人宅に集まったときも、ふと気がつけばすっかり日が昇っていて、平成全開だった。
朝日、夕日の時間帯は、太陽に背を向けて景色を見ているほうが、世界が茜色に染まってぐっとくるものがある。今日も、高尾山の山頂から、富士山を見ていた。清冽な空気の中に、それはくっきりと立ち上がっていて、惚れ惚れした。
帰宅して一旦眠り、昼間にあらためて、新年だと感じ入る。
だが「ゆく年くる年」なしでは、新年感を十全に味わうことはできなかった。日の出なんかじゃなく、なんかこうもっと、ああ、ついに年が明けたかあ、という感慨を味わいたい。それで近所の広場で凧を揚げてみたのだが、風がなくてちっとも揚がらなかった。




