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DJにして、クリエイティブディレクター、さらにはビジネス本の著者でもある沖野修也さんの本との付き合い方とは!?

沖野修也さんの著書はアマゾンのビジネス書ランキングで1位に

膨大な情報からキリトリ、セレクトするのは本も音楽も同じ

 DJでクリエイティブディレクター、音楽プロデューサーにしてクラブのオーナー。これらは、無数にある沖野修也さんの仕事のほんのいくつかだ。さらに沖野さんは『フィルター思考で解を導く』(フォレスト出版)というアマゾンのビジネス書ランキングで1位となったビジネス書の著者でもある。

「そもそもビジネス書を読まない僕が、まさか書き手に回るとは夢にも思いませんでした。出版社の方に、DJがどういうプロセスで曲をセレクトしているかを説明したとき、いたく感動して頂いて『ビジネス書にしましょう』とお声をかけて頂いたんです。実はDJに要求される、基本的なスキルやメソッドは他の業界でも通用するものが多い。自らのなかに抽象的――柔軟なストックを持ち、それぞれのイベントやアルバムに合わせて、具体的な形に加工して切り出していく。それが僕にとってのアウトプットのルールなんです」(沖野さん)

 DJとしてクラブイベントを統べる時、また音楽プロデューサーとしてアルバムを製作するとき、その素材は楽曲であり音である。一方、著者として文字を発信する際にはこれまで書籍や雑誌などで読み込んできた、無限の情報が素材となる。沖野さんはアウトプット時にどんな形にでも切り出せるよう、インプットした素材を自身の内部でたゆたわせておくというのだ。とはいえ当然、幼少時からそうやって情報を「転がして」きたわけではない。

「そりゃ、幼年期は絵本からですよ(笑)。『ぐりとぐら』とかね。あとは『モチモチの木』などを手がけた滝平二郎という切り絵作家の絵も好きでした。小学校に上がってからはマンガですね。手塚治虫の『鉄腕アトム』や『ブラックジャック』を読んで、医者ではなくマンガ家を志すくらいマンガが大好きでした。中学に入っても鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』や江口寿史の『すすめ!! パイレーツ』が好きで好きで。当時は本気でどちらかにアシスタントとして潜り込めないか考えていました」

『ブレードランナー』とマーク・トウェインが変えた読書遍歴

 ところが高校入学直後の夏、沖野さんは読書人生を変える映画と出会った。『ブレードランナー』。フィリップ・K・ディック原作の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を映画化した作品である。

「マンガ・アニメが好きだから『コブラ』(寺沢武一)あたりからSFに興味を持つようになって、『ブレードランナー』に行き着いたんです。高校1年の夏休みあたりだったかな。そして映画を見てから原作の『アンドロイドは~』を読んだら、メチャクチャ面白かった。同じ作品でも発信するチャネルが違うと描ききれなかったり、変わる部分があるじゃないですか。そこを自分の脳内で創作したり補完する作業が楽しかった。一方、逆も真なりで文字を読んだとき頭のなかで映像化するようになりました。文字を映像に変換する楽しみを覚えたことで、読書の面白さに開眼したんです」

 以来、沖野さんは高校生活の間、国内の近現代文学を貪り読むようになる。芥川龍之介、夏目漱石、三島由紀夫、太宰治、谷崎潤一郎、村上龍、村上春樹、金井美恵子、山田詠美、高橋源一郎......。目につく国内文学を片っ端から読破していった。そして大学で専攻した英米文学科で、再び強烈な読書体験に巡り会うことになる。あの『トム・ソーヤの冒険』の作家でもあるマーク・トウェインである。

「僕、大学に入るまでマーク・トウェインって児童書のイメージしかなくて、ちょっとバカにしていたんです。ところが僕の好きなジョン・アーヴィングなど、現代アメリカ文学を代表するような作家も好きな作家にマーク・トウェインを挙げていた。調べてみると後期はかなりダークな作品が多くて、『不思議な少年』という作品などはサタンをモチーフとした少年まで登場する(笑)。これは面白いと、結局卒論のテーマを『マーク・トウェインのペシミズム」にしてしまったんです。しかも『あらゆる習慣に根拠はない』という彼の言葉に感化されて『卒論は原稿用紙100枚以上』というルールにも噛みついてしまった。『100枚の根拠は?』と教授に言い放って25枚で提出。危うく卒業を逃すところでした(笑)」

現実が虚構を凌駕する現代の本との付き合い方

 高校で国内文学、大学で英米文学を通った沖野さんは、最近ではノンフィクションを中心に読んでいるという。ただし「読む」といっても単なる「読書」とはワケが違う。

「全部読むわけじゃなくて、必要な部分だけ拾い読みをしていくんです。最近ではひとつ知りたいテーマを見つけたら、関連する本を10~20冊ババーッと斜め読みしています。ノンフィクションをたくさん読むようになった直接のきっかけは10年前、アメリカの9・11同時多発テロですね。その数年前から地下鉄サリン事件など、現実が虚構を上回りはじめる事件が増えてきて、そのトレンドが決定的になったのが9・11――現実が虚構を凌駕した瞬間でした。光の当て方によって、『真実』はおろか『事実』すら変わる。多角的に情報を入れないと、自分なりの『真実』も手に入れられない。主観を作ることができなければ、発信することができなくなってしまいますから」

 その主観を作るため、キーになる作家が『闇に消えた怪人――グリコ・森永事件の真相』『三億円事件』などの事件を書いた一橋文哉や、オウムに迫った森達也や有田芳生など。新刊を見つけるとつい手に取ってしまうという。

「ただどんな作家でも盲信することはありません。例えば『電子書籍の衝撃』(佐々木俊尚)という本を読んだとき、電子書籍を活用した仕事の進め方などは参考になりました。しかし『出版業界は音楽業界を参考にすべき』というくだりについては、『おや?』と首をかしげてしまいました。確かにダウンロード販売については、先行しているかもしれません。iTunesをプラットフォームにしたアップルも成功している。しかし産業全体では斜陽となっている業界を参考にするのはどうでしょうか。他の著者でしたが、類書には『音楽業界は出版社を見習え』と書かれた本もありました(笑)」

 精度の高い情報をアウトプットするには、まずインプット時のフィルターの精度を上げる必要がある。大量の情報を流入させて、その全容に触れ、企画に合わせた切り口でアウトプットする。その作業は数万、数十万曲という膨大な楽曲から、必要な数秒を切り出すことにも似ている。「インプットとアウトプットのスタイルは、フィールドが違ってもすべて同じ」という沖野さんのフィルターの精度は高く、そして圧倒的な共感を得ている。

文・松浦達也(馬場企画)

<プロフィール>
おきの・しゅうや●1967年京都府生まれ。クリエイティブディレクター/DJ/音楽プロデューサー/作曲家/Tokyo Crossover/Jazz Festival発起人/The Roomプロデューサー。著書に『フィルター思考で解を導く』(フォレスト出版)、『クラブ・ジャズ入門』(リットーミュージック)。4年ぶりとなる最新ソロアルバム『DESTINY』(Village Again)絶賛発売中

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