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アノヒトの読書遍歴 渋谷申博さん(前編)

神社仏閣と鉄道、それは日本人の
旅のルーツを探ることのできるキーワード


 昨年12月に出版された『聖地鉄道』の著者で、宗教史研究家の渋谷申博さんは、これまで全国各地に点在する数多くの寺や神社を巡りながら、日本人の信仰心について研究してきました。そんな渋谷さんは、昔から読書好きだったそうで、小学生の時に手に取り何度も読み返した本は、大好きだった「旅」や「仏像」に関する本だったと言います。

 「子どもの頃によく読んだ一冊と言えば十返舎一九の『東海道中膝栗毛』。子ども向けに書き直されていたものでしたが、江戸時代の人々の旅に興味があったので何度も読み返していました。『西遊記』も旅とお寺の物語でお気に入りの一冊だった記憶があります。他にも図書館や古本屋で仏像が載った写真集や図録をよく読みふけっていました」(渋谷さん)

 東京・九段下生まれの渋谷さん。子ども時代も時間があれば図書館や本屋だけではなく、神保町の古本屋にもよく足を運んだそうです。

 「古本屋に通っていた理由は、とにかく本がたくさんあるところに行きたかったから。その時から、外国の書斎のような壁いっぱいに本が並んでいる部屋で一日中読書をして過ごすのが夢だったので。古本屋巡りはお寺参りよりも先にやっていましたね」

 今でも仏教史や神道史などの研究書探しに、古本屋にはよく足を運ぶという渋谷さん。特に地方の古本屋では、はなかなか手に入らないレアな一冊と出会えることもあるのだそう。

 「宗教史や神社仏閣関連の本は発行部数自体が少なく、なかには一定の地域にしか出まわっていない本もあるため、古本屋でしか手に入らない資料もあります。お寺が開山500年記念などで檀家さんに配る本や、参拝者向けに販売している神社の縁起や由緒書などがその例です。これらは正規のルートでは流通しませんが、本を出したお寺がどのような感覚で歴史を受け取り、書いているのかなど、そこからしかわからないことも多くあります。地方に出かけて古本屋に立ち寄った際には、まずそのような本を探すようにしています」

 普段、神社仏閣や仏像に関する知識は資料や本から得ているそうですが、研究や執筆の過程で、本による情報収集と共に大切にしているのが、現地に赴き実物を見るフィールドワーク。

 「私自身、小さい頃に図鑑で見ていた仏像を、旅行先で見て歩くのが好きでした。実際に現物を見るとそれまで本の中で抱いていたイメージそっくりそのままのものもあれば、全く違うものもある。本物を見たいという一心でよく各地に足を運んでいました。その頃はまだ仏像ばかり見ていたのですが、全国のお寺や神社を巡っていると建築にも興味がわきはじめ、本堂の建て方や屋根の構造にも関心を持つようになりました。個人的に興味深い造りなのが富山県の禅宗・瑞竜寺。禅宗のお寺は基本的に禅宗式七堂伽藍(ぜんしゅうしきしちどうがらん)という左右対称の造りが特徴です。なかでも瑞竜寺はほぼ完璧に伽藍が残されており、京都の大本山級のお寺でもこれほどまでのものはそうないでしょう。私も写真を見て、国宝にもなっているこの瑞竜寺の伽藍は知っていたのですが、実物を見ると非常に感動的でした。普段の研究も本から知識を得て、その後旅に出ながら実物を見、知識を修正する。フィールドワークはいつも行うようにしています」

 「仏像ブーム」や「仏像ガール」という言葉も聞かれる昨今ですが、渋谷さんも、最近は有名な寺だけでなく、小さな寺でもお参りしている若い人の姿をよく見かけるといいます。

 「もともと日本人の潜在意識に寺社・仏像好きという要素が組み込まれているのではないかと思います。それは、日本人の旅の歴史を見るとわかってくるのですが、例えば高野山のお坊さん、いわゆる高野聖(こうやひじり)として知られた西行は、歌人として各地の歌を詠みながら旅し、宗教者として高野山の信仰を広めています。また、かの有名な松尾芭蕉の『奥の細道』は西行の足跡をたどったものであり、源義経の鎮魂という意味で各地を行脚し書かれたものです。しかし、芭蕉の寺社巡りの旅をテーマにした作品でもあります。日本人は昔から宗教的な意味だけではなく、単に旅の目的地として神社仏閣を訪れお参りをするという習慣があったのでしょう」

 幅広い世代の人が寺社仏閣に足を運ぶのはとても喜ばしいことだと話す渋谷さん。けれど、お寺や神社に興味がわいても専門書は難解なものも。そこで、渋谷さんが入門書として薦めるのが、文春新書の『宮大工と歩く奈良の古寺』(小川三夫著)。また、こちらは絶版ですが、岩波ジュニア新書の『奈良の寺々』(太田博太郎著)もわかりやすくまとめられているそうです。古本屋で見かけた際は、ぜひ手に取ってみてください。

 後編では「渋谷申博さんが語る! 日本の鉄道と聖地の切っても切れない関係」をお送りします。お楽しみに!


≪プロフィール≫
渋谷申博(しぶや・のぶひろ)

1960年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。宗教史研究家。著書に『聖地鉄道』(洋泉社)、『六大宗派でこんなに違うお葬式のしきたり』(洋泉社)、『面白いほどよくわかる密教』(日本文芸社)、『総図解よくわかる日本の神社』(新人物往来社)など。各社の雑誌への寄稿も多数。

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