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アノヒトの読書遍歴 渋谷申博さん(後編)

渋谷申博さんが語る!
日本の鉄道と聖地の切っても切れない関係


 宗教史研究家・渋谷申博さんの読書遍歴や古本屋巡りの魅力、神社仏閣研究とご自身の旅などについてお送りした前編。後編では、渋谷さんの著書『聖地鉄道』のテーマでもある、日本の鉄道と神社仏閣の関係に迫ります!

 全国を走る鉄道のなかでも、参詣のために敷かれた鉄道のことを渋谷さんは「聖地鉄道」と呼びます。日本の神社仏閣と鉄道の関係について研究しようと思ったきっかけは、一体何だったのでしょうか?

 「私はもともと、日本人の旅と信仰というテーマに興味がありました。旅の移動手段と言えば鉄道。聖地と鉄道は切っても切り離せない関係にあるのではないかと考えたんです。まず私は、鉄道に限らず街道などの『道』は3つに分類されると考えています。まず一つが、その土地の権力者が統治するために、政治的につくられた道。二つ目が、物流のためにつくられた道。そして三つ目が、信仰のためにつくられた道で、伊勢街道や熊野街道が有名です。なかでも神社仏閣への道を意識して敷かれた鉄道を私は『聖地鉄道』と名付けていますが、一般的には参詣路線とも言われています。日本の鉄道が発展していく過程で、日本の至るところにある寺社の参詣ルートとして鉄道が敷かれたという背景がありますから、鉄道の敷設に神社仏閣が大きく影響していたことは間違いないでしょう」(渋谷さん)

 お寺や神社は江戸時代から行楽地の一つでもありました。たとえば、東京・浅草の浅草寺へ、私たちは気楽に足を運びます。そこに宗教的な意味はほとんどないと言ってもいいでしょう。

 「昔の神社仏閣はどこも一種のテーマパークのようなものだったのでしょう。お寺や神社そのものがエンターテインメント的な性格をもち、人が集まることによって周囲の町も観光地となっていました。そこに鉄道ができれば人の足も確保され、さらに人が集まってくる。そのような鉄道は、神社仏閣に足しげく通う庶民のためにつくられた路線だったと言うことができます」

 現在使われている路線のなかにも、かつては参詣のために敷かれた鉄道であったものも多いとか。

 「例えば、京王線。今では通勤通学のために多くの人が使う路線ですが、昔は高尾の近くにあった大正天皇御陵へ向かうための"京王御陵線"という路線でした。御陵に行くことが一種の観光のようなものになっていた時期もあり、昔の路線図では御陵の駅が非常に大きく描かれ、重要な観光地であった高尾山と同じくらい大きさで取り扱われています」

 渋谷さんも『聖地鉄道』執筆の際、参考にしたという昔の路線図に詳しい一冊が、けやき出版の『全國鐵道繪圖(ぜんこくてつどうえず)』(今尾恵介著)。昔の各鉄道会社の路線図は今ではなかなか手に入らず、古本屋で見かけてもかなり高額だそうですが、それらをカラー版で豊富に掲載しています。

 「聖地鉄道」は何も特定の路線だけを指しているのではありません。渋谷さんによれば、何でもない路線も、瞬間的に「聖地鉄道」化することがあると言います。

 「東京から東海道新幹線に乗り、新富士辺りになると右手に富士山が見えますよね。今では見慣れた人も多いかもしれませんが、やはりあの距離まで富士山に近づくとつい目を奪われてしまいます。宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』で、銀河鉄道の車両に乗っていると車窓から十字架が見え、車内の人が皆立ち上がって拝むというシーンがありますが、その場面をいつも思い出します。やはり日本人の信仰心にとって富士山は特別な存在なのだと思います」

 神社仏閣や宗教観と深い関係がある日本の鉄道。著書『聖地鉄道』の執筆を終えた渋谷さんに、次の関心分野について聞いてみました。

 「昨年出版した『聖地鉄道』では全国42の路線と聖地を取り上げ、それらの歴史を紐解きましたが、執筆のためのフィールドワークに出かけて興味深く思ったのが駅舎の造り。『聖地鉄道』と呼ばれる路線の駅には、駅舎を寺社の形に模して建てられているものがあります。本の取材で私が訪れた場所のなかでは、水間鉄道の終着駅も水間寺の形をしているんです。また、今はもう廃線になってしまった旧JR大社線の大社駅も、出雲大社をかたどった駅舎が残されています。『聖地鉄道』の駅舎は、研究すればきっと新しい発見があるのではないかと期待しています」

 今後は『聖地鉄道』の駅舎や廃線となった路線の歴史により注目したいという渋谷さん。日本の神社仏閣や宗教観と鉄道にはまだまだ隠された謎がありそうです!


≪プロフィール≫
渋谷申博(しぶや・のぶひろ)

1960年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。宗教史研究家。著書に『聖地鉄道』(洋泉社)、『六大宗派でこんなに違うお葬式のしきたり』(洋泉社)、『面白いほどよくわかる密教』(日本文芸社)、『総図解よくわかる日本の神社』(新人物往来社)など。各社の雑誌への寄稿も多数。

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