警察官たちの群像劇『女副署長 緊急配備』が面白い!

文=古山裕樹

  • 探偵は追憶を描かない (ハヤカワ文庫 JA モ 5-10)
  • 『探偵は追憶を描かない (ハヤカワ文庫 JA モ 5-10)』
    森晶麿,前田ミック
    早川書房
    880円(税込)
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  • 蘇った刑事 デッドマンズ・サイド (角川文庫)
  • 『蘇った刑事 デッドマンズ・サイド (角川文庫)』
    柿本 みづほ
    KADOKAWA
    792円(税込)
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 松嶋智左の作品は前号で取り上げたばかりだが、面白いので今回も取り上げざるを得ない。『女副署長 緊急配備』(新潮文庫)は、台風の一夜に警察署で起きた事件を描いた『女副署長』の続編。ただし、前作を未読でも十分に楽しめる。

 前作の事件を経て、田添杏美警視は海辺の小さな町の警察署に副署長として異動した。折しも署長が怪我で入院、彼女は署長代理を務めることになった。

 赴任からまもなく、ひったくり犯を捕らえる緊急配備の中で、女性の遺体が発見された。この町では十八年ぶりの殺人事件だ。さらに、若手警官が何者かに襲われ、海辺で意識不明の状態で発見された......。

 厚みのある群像劇としての魅力が大きい作品だ。殺人事件の捜査を中心に据えつつ、それぞれの悩みを抱えた警察官たちの姿が描かれる。狭い町での人間関係、親の介護に子育てといった身近な問題から、警察官としてのキャリアと矜持、そして殺人事件の意外な真相と、決して長大ではないのに、多彩な要素で読ませる。

 主人公・田添杏美の存在も大きい。小さなコミュニティに外からやってきた者であり、警察組織でもマイノリティの女性であり、それでも臆せず言うべきことを言う。そんな彼女が、赴任から間もない状態で組織を率いて問題に立ち向かう様子も、本書の大きな魅力だ。

 こちらもシリーズ二作目。森晶麿『探偵は追憶を描かない』(ハヤカワ文庫JA)は、『探偵は絵にならない』に続く、売れない画家・濱松蒼の物語だ。

 後輩の澤本の頼みで、絵を教えることになった蒼。澤本の父からも、多額の報酬と引き替えに、蒼がかつて描いた女優の肖像画を探してほしいと依頼される。一方、蒼の親友・蘭都は、不穏な連中も蒼の絵を追っていることに気づく......。

 一枚の絵の捜索から、思いも寄らない企みを掘り起こす。複雑にもつれ合った人々の思惑を解きほぐす過程には、命の危険もつきまとう。

 暴力を伴う脅しに直面しても減らず口をたたいてしまう蒼の姿に、二、三十年前なら珍しくもなかった、しかし今では希少な、ハードボイルドや私立探偵小説を思い出した。亡くなった女優の面影を追ううちに、隠された真実が浮上する......という物語の図式も、まさにそうしたジャンルのものだ。中心となるストーリーに絡めて随所で語られる、蒼の、父母や別れた恋人に対する思いも印象に残る。

 時にはユーモラス、時には陰惨、そして全体から浮かび上がる情感。題名の意味と重なり合う物語の余韻も忘れがたい。

 道尾秀介の『雷神』(新潮社)は、『龍神の雨』『風神の手』に続く、「神」の字を冠した作品。

 妻の死に関する辛い真相を、幸人は娘の夕見に隠し続けてきた。しかし、「娘に真相を明かす」という脅迫電話がかかってきた。密かに苦悩する父に、娘は幸人が三十年前に離れた故郷へ行きたいと訴える。幸人の心には、故郷を離れるきっかけとなった、母の変死と村祭りでの毒殺事件のことが今も突き刺さっている。彼は、姉と夕見とともに、暗い記憶の残る故郷へと赴いた......。

 小さな村で起きた過去の事件の空白を、記憶と記録を頼りに埋めていく。そこから浮かび上がる真相と、その衝撃。作者の技巧の冴えを堪能できる物語である。すべてが収束した後に訪れる、最後の一撃も強烈だ。

 新野剛志『空の王』(中央公論新社)は、昭和十一年の満洲を入り口に、新聞社の飛行士が挑む冒険を描く。

 仕事で奉天に飛んだ飛行士の順之介は、夜の街で銃撃戦に遭遇し、美貌の歌手・麗淋を助ける。一方、関東軍の梶大尉は、同志とともに、ある計画を進めていた。やがて順之介も計画に巻き込まれて、ある「荷物」をめぐる危険な飛行を余儀なくされる......。

 物語が動き出すまでが長く、序盤は冗長に感じる。だが、危険な空の冒険が始まる中盤以降は、そんなことを一切感じさせない勢いで事態が進展する。

 日中戦争前夜の不穏な空気。謎の美女が絡む、一難去ってまた一難の連続。自身の抱えた大義に、あるいはロマンティシズムに駆られて命を賭ける男女。飛行機を駆ることを愛する男の冒険として、危険な時代の物語として、ワクワクさせる魅力でいっぱいの小説だ。

 こちらも冒険もの。関俊介の『精密と凶暴』(光文社)は、歴史の影で戦ってきた異能者「シノビ」が主役。内閣情報調査室の依頼で、特異な力で戦う男女二人の物語だ。

 冒頭の、犯罪組織の親玉を仕留める場面を読むだけで、超常能力を活かしたアクションを中心に据えようとしていることが伝わってくる。アクションとアクションの隙間を謀略で埋め尽くす物語は、とにかく緩むことなく突き進む。

 日本の官僚機構を背景にした謀略の図式は、荒唐無稽に思えるくらいに派手である一方で、うやむやに片付けられる物事が多い現実と重なり合って、妙な生々しさを感じさせる。

 静と動、熟慮と暴走、そんな緩急のバランスが作り出す勢いで読ませる小説だ。

 柿本みづほ『蘇った刑事 デッドマンズ・サイド』(角川文庫)は、捜査中に撃たれて、奇跡的に復帰した刑事の物語。後遺症なのか、別れた妻の幻影と暴力衝動に悩まされる。そんな彼の前に現れた元部下の女性が、奇怪な事実を告げる。

 ある意味で「死んだ」男が、刑事としての矜持を胸に、常軌を逸した存在が引き起こす事件に立ち向かう。死者が刑事をやっているとも言える、奇怪な状況での密かな戦い。元部下との奇妙な絆が紡ぐ、不穏なバディものとしても楽しめる作品だ。

(本の雑誌 2021年8月号掲載)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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