作家の読書道 第146回:藤岡陽子さん

2009年に作家デビュー、最新作『手のひらの音符』でも高い評価を受けている今注目の作家、藤岡陽子さん。実は新聞記者を経てタンザニアに留学、帰国後は看護師の資格を取得して現在も働くなど、意外な経歴の持ち主。それらの人生の選択についても、読書傾向の変化のお話とあわせてうかがいました。

その1「強い女の子になりたかった」 (1/4)

  • 長くつ下のピッピ (岩波少年文庫 (014))
  • 『長くつ下のピッピ (岩波少年文庫 (014))』
    アストリッド・リンドグレーン
    岩波書店
    734円(税込)
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  • やかまし村の子どもたち (リンドグレーン作品集 (4))
  • 『やかまし村の子どもたち (リンドグレーン作品集 (4))』
    リンドグレーン
    岩波書店
    2,052円(税込)
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  • COBRA 1 (MFコミックス)
  • 『COBRA 1 (MFコミックス)』
    寺沢 武一
    メディアファクトリー
    21,621円(税込)
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  • 北斗の拳【究極版】 1 (ゼノンコミックスDX)
  • 『北斗の拳【究極版】 1 (ゼノンコミックスDX)』
    原 哲夫,武論尊
    徳間書店
    799円(税込)
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  • キャプテン翼 (1) (集英社文庫―コミック版)
  • 『キャプテン翼 (1) (集英社文庫―コミック版)』
    高橋 陽一
    集英社
    691円(税込)
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  • エリア88 1 (コミックフラッパー)
  • 『エリア88 1 (コミックフラッパー)』
    新谷 かおる
    KADOKAWA / メディアファクトリー
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――幼い頃、読書は好きでしたか。

藤岡:両親があまり読書をする人ではなかったので家に本がなく、小学校に入ってから図書室で借りて読むようになりました。大人しい子供ではなかったんですが、いつも一人で図書室に通っていましたね。自分から進んで図書委員にもなりました。その頃好きだったのはアストリッド・リンドグレーン。『長くつ下のピッピ』や『やかまし村の子どもたち』のシリーズをずっと読んでいました。同じ本を何度も読むタイプなんです。今もそうなんですが、お芝居でもするのかというくらい場面を暗記しちゃいます。自分で諳んじることができるくらい。

――リンドグレーン作品のどういうところが良かったのでしょうか。

藤岡:たぶん、『長くつ下のピッピ』なんかは小さな女の子が一人で暮らしているという、強さみたいなところに憧れました。強くて勇気のある子供が好きだったんです。リンドグレーンは勇気のようなものをテーマに書かれることも多かったので、自分もこうなりたいという憧れがあったんだと思います。

――ご自身はどういう小学生だったのでしょうか。

藤岡:幼稚園の頃からずっと、人前で泣いたら駄目だと思っているような子供でした。周りからは強く見えたと思うんですが、自分では、なりたい自分になれない自分というのをつねに感じて、自分は駄目だな、くよくよしているなと感じていました。でも、活発な子ではあったんです。男子と殴りあっちゃうような(笑)。最後の思い出は中学1年生で男子と殴り合ったという......中学生なのに。理由は男子が掃除をしないとか、そんなレベルです。男の子って偉そうな時があるじゃないですか。「女やからこうしろよ」なんて言ってくる。私は小さい頃から男尊女卑みたいなものを悔しがる子だったんです。女の子やからこう、男の子やからこう、というのを理不尽に思っていました。

――ご家族はどうだったんですか。

藤岡:両親と三つ上の姉と四つ下の弟がいます。父親は自営業で、両親ともに教育熱心ではなかったですね。父は「女の子は勉強しなくていい」と考える人で、母親もそれに異論を唱えませんでした。そういう風に考える最後の世代だったんじゃないでしょうか。父は母に対しても上から目線で、風呂上りに下着が出ていないと叱ったりするような人だったんです。それを見て「女の人ってこういう風に生きなあかんのかな」と感じていた時に、『長くつ下のピッピ』などの本に出合って「こういう風になりたい!」と思ったんでしょうね。そこから強い女の子の本にハマっていったのかもしれません。

――中学生時代はいかがでしたか。

藤岡:いちばん本を読んでいない時期だと思います。それでも、コバルト文庫の氷室冴子さんや新井素子さんといった女子中学生向きの本を読み、赤川次郎さんや星新一さんといった流行りの本を友達に借りて読んだりはしていて......。鎌田敏夫さんの本も読みました。でも、学校の図書室にはあまり行きませんでした。文学少女と思われたくなかったんです。活発女子になって、部活に打ち込んでいました。あとは漫画をむさぼるように読みました。少年系が多かったです。『コブラ』や『北斗の拳』や『キャプテン翼』や『エリア88』。少女漫画は女友達に借りられるけれども、男子の漫画は男の子に借りるしかない。あの男の子が『コブラ』を持っていると聞くと、喋ったこともないのに家に行ってピンポンと鳴らして「ちょっと『コブラ』貸してもらえへん?」って。爆弾のようですよね(笑)。『キャプテン翼』が読みたいからそれを持っている子に近づいてみたりとか。そういう感じでたくさん読んでいました。

――面白い(笑)。ところで部活は何をやっていたのですか。

藤岡:中学校と大学でソフトボールをやっていました。高校にはソフト部がなかったので、なら何でもいいわと思って剣道部に入っていました。

――文章を書くことは好きでしたか。

藤岡:すごく好きでした。作文の授業の時には原稿用紙2枚で書けと言われたものを10枚書いたりしていました。高校の頃の現国ではみんなで小説を書いて、それを先生が印刷して配って良かったものに投票する授業があったのですが、2期連続1位になったんです。女子高生4人が船に乗って航海する話。強い女の子が出てくる話でしたね。今思えば、小説と呼べるレベルではありませんでしたが、その時は小説を書くって楽しいなあと思いました。それが高校1年生の時です。

――将来作家になりたいと思いましたか。

藤岡:作家とまでは思っていませんでしたが、文章を書く仕事に就こうと思いました。

――高校生になると、また読書生活が変わったのでしょうか。

藤岡:ものすごく読みました。太宰治や高野悦子さんの『二十歳の原点』といった、暗い嗜好に走りました。実は私事なんですが、一人暮らしを始めたんです。弟がちょっとグレて暴力をふるうようになりまして、家にいると私とものすごいケンカになるんですけれど、私ももう力では勝てなくて。それで学校の近くの六畳一間の下宿屋さんに入ることになったんです。家庭に悩みがあったので当然暗い読書傾向になりますよね。他には三島由紀夫、安部公房、夏目漱石といった昔の作家も読みました。森茉莉の耽美的なものを読んだり、栗本薫さんといった今まで読んだことのない人も読んだり。暗かったので三浦綾子さんとテンションが合致しました。『塩狩峠』や『氷点』とか。ちょっと苦しい人たちが出てくるような本が好きでした。よしもとばななさんの『キッチン』を読んだのもその頃だったように思います。読書好きの友達にも巡り合えたのでたくさん本を貸してもらえたし、当時は読書以外の娯楽もなかったんですよね。通学に時間もかからなかったし、帰宅してからは本当にやることがなかったので本を読んでいました。

――気に入った本はまた繰り返し読んでいたのですか。

藤岡:そうです。好きなシーンは偏執的なくらい繰り返し読んでいました。心に響く会話がある部分や、登場人物の佇まいが好きな場面とか...。活字なんだけれども、自分の中に映像となって残っている場面があって、何度もビデオを繰り返し観るような気持ちでその場面を読み返していました。

  • 氷点(上) (角川文庫)
  • 『氷点(上) (角川文庫)』
    三浦 綾子
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    691円(税込)
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プロフィール

1971年京都府生まれ。作家。同志社大学文学部卒業。報知新聞社にスポーツ記者として勤務したが退社。全てをリセットすべく、タンザニア・ダルエスサラーム大学に留学する。帰国後小説を書き始め、2006年「結い言」で第40回北日本文学賞選奨を受賞。その後、小説宝石新人賞の最終候補に2度残り、受賞には至らなかったものの、09年『いつまでも白い羽根』でデビューする。著書に『海路』『トライアウト』『ホイッスル』『手のひらの音符』。