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第23回:村山 由佳さん (むらやま・ゆか)

村山由佳さん

禁断の恋に悩む兄妹、他人の男ばかり好きになる末っ子、居場所を見つけられない団塊世代の長兄、戦争の傷痕を抱き続ける父……。複雑に絡み合う家族の人生を連作で描いた「星々の舟」で、第129回直木賞を受賞した村山由佳さんの登場です。今回は受賞記念として、「星々の舟」にまつわる話を中心に、村山さんが暮らす千葉県鴨川市のログハウスにうかがいました。

(プロフィール)
1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。会社勤務、塾講師などを経て、93年「天使の卵〜エンジェルス・エッグ」で第6回小説すばる新人賞を受賞。2003年7月「星々の舟」で第129回直木賞を受賞。著書に小説『翼〜cry for the moon』『BAD KIDS海を抱く』『すべての雲は銀の…』『永遠。』『星々の舟』『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズ、鴨川での自然や動物たちとの生活をつづったエッセイ『晴れ ときどき猫背』などがある。
公式ホームページ http://www.yuka-murayama.com

【10年目の栄冠】

星々の舟
『星々の舟』
村山由佳(著)
文藝春秋
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――このたびは直木賞受賞、おめでとうございます。

村山 : どうもありがとうございます。

――7月17日に受賞が決まってからしばらく経ちますが、改めて振り返るといかがですか?

村山 : 鴨川に住んでいるからかもしれませんが、東京と比べて時間の流れがゆったりしているせいか、受賞前と受賞後の違いをあまり感じないんです。受賞を実感するのは、本の帯(「直木賞受賞」)を見るときぐらいしかないんですよね(笑)。それくらいなんだか淡々としてしまって。でも、逆にそのことが自信につながるというか。「星々の舟」は、同じ球は投げないようにしようというこれまでのスタンスの延長線上にあると思っていますし、これからも変化し続けていきたいですね。

――メインとなる登場人物は6人。それぞれの視点ごとに章が分かれていますが、最も思い入れのあるキャラクターは?

村山 : みんな私の分身で、それぞれに思い入れはあるのですが、あえて言うと長女の沙恵ですかねぇ。彼女の中にある業のようなものが、私自身と重なる部分もあるので、それをいかに露悪的にならないように書くか悩みました。一行一行積み重ねていくことで何とか納得いくものができたような気がします。

――村山さんの描く男性は、どうしてこんなに男の心理がわかるのだろうかとドキッとします。

村山 : 結局、悩みの芯は男性も女性も一緒なのかもしれないと思うんですね。特にそのために取材しているわけではなく、男性像を意識して書いているわけでもなく、人間の内面を書いているにすぎないので。

――読んでいると登場人物が本当にいるような気分になります。末っ子の不倫相手とか。

村山 : いるよなこういう奴って感じの男ですね(笑)。でもきっと彼は、悪いことをしていても、あまり手ひどい目には遭わずにああいうふうに人生わたっていっちゃうんじゃないかなあ。人に夢を見せるのがうますぎるタイプ。私は嫌いじゃないです(笑)。

――男女の別れのシーンでも、他の登場人物の視点でさらりと描かれるところがかえってせつなさを増します。

村山 : いつも映像が先に浮ぶんです。映画のように構図でとらえ、その映像を言葉という形に翻訳するわけですけど、1人ノベライゼーションと言いますか、頭に浮んだオリジナルの映像をいかに書くかなんですよね。

――本筋とは別のところでのおもしろさも見られますね。

村山 : 例えば、アドレス帳のくしゃくしゃに消されている名前に、実はちゃんと意味があったりするのですが、「いいの、気づかなくても」と思いながら書いてます。二度三度と読んで頂くと、隠れていたものが表れてくる小説にしたくて。

――いつ頃からこの作品の構想が浮んだのでしょうか?

村山 : 3、4年ほど前に父親が倒れたとき、戦時中の話を今のうちにしっかり聞いておきたいと思ったのが最初でした。若い世代の方にも自分のことのように感情移入して読んでいただくために、誰もが押して入れるドアをいかに築くか工夫しました。戦争の話を最後の章にもってきたのもそのためなんです。

――受賞に際して、愛読者の反応はいかがですか?

村山 : 今回、ホームページに「ずっと作品を読んできた一ファンとして、村山さんが世間に幅広く認められたのがすごくうれしい」といったことを書いてくださった方が多くて。心から祝福していただいて、とてもうれしかったです。

【読書の原点】

――村山さんご自身の読書についてお聞きします。子供の頃、印象に残っている本を挙げていただけますか?

ごんぎつね
『ごんぎつね』
新美南吉(著)
偕成社
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みどりのゆび
『みどりのゆび』
M.ドリュオン(著)
岩波書店
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お月さんももいろ
『お月さんももいろ』
松谷みよ子(著)
ポプラ社
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村山 : まずは新美南吉さんの「ごんぎつね」が小学校1、2年生の頃です。大人になってから買い換えたくらい好きで、今でも繰り返し読んでいます。行き違いがせつなくてねぇ。それからモーリス・ドリュオンさんの「みどりのゆび」も児童文学ではありますが、大人にこそ読ませたい本です。松谷みよ子さんの「お月さんももいろ」は2、3年生の頃だったかな。学級文庫にあった作品です。3作ともあまり幸せなエンディングではないんですけど(笑)、やっぱり何度も読んでしまう。私にとって読書の原点ですし、小説を書く上でも大きな影響を受けていますね。

――最近読んだ中でよかった本を教えてください。

村山 : ロバート・ニュートン・ペックさんの「豚の死なない日」ですね。とても悲しい場面があって、電車の中で読んでいるうちにボロボロ涙が出ました。

――本の力をまざまざと感じます。

村山 : 本は一人きりで楽しむことができるんですよね。そこがすごくいい。膝の上で展開される「宇宙」を、好きなときに好きな場所で味わえる。他のエンターテインメントにはない部分です。

――とっておきの読書スタイルは?

村山 : ひんやりしたタイルに寝そべって読むと気持ちいいですね。それと馬を飼っていまして、馬というのは、夜は立って寝るのに昼寝のときはごろんと横になるんです。馬小屋の中で、ちょうどソファのように馬の背中にもたれて本を読んだりすることもあります。

――いいですねえ。

村山 : その代わりあまり夢中になっていると、いきなり寝返りを打つことがあるんです。するとこちらは無理やり屈伸状態になってしまい、「痛ぁ」ってこともありますよ(笑)。

――よく立ち寄る本屋さんはありますか?

村山 : 東京へ行くときにまとめ買いしますね。新宿だったり、東京駅周辺だったり。作家になってなによりうれしいのは、仕事のためということで心置きなく本を選んで買えることですね。「天使の卵〜エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞をいただいた頃などまだ全然お金がなくて、担当の編集者から二万円を渡されて、「次作の執筆に向けて、好きなだけ本を買ってきなさい」と言われたときは本当にうれしかった。さっそく神保町へ行きました。欲しい本がたくさんあるから古本屋さんまでまわっちゃうんだけど、その喜びったらなくて。今ではもちろん自分で買います(笑)。ときにはそれが漫画の全巻を揃えることだったりするんですけど。小説では表せないものを漫画は持っていますしね。

――新刊等の予定を教えてください。

村山 : 9月に「BADKIDS海を抱く」の文庫版が出ます。それから「おいしいコ−ヒ−のいれ方」の続きが、集英社のホームページで8月25日分から始まりますのでご期待ください。

――「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズはライフワークといった感じですね。

村山 : まさかこんなに続くとは(笑)。これからも、読者に支えてもらっていることを忘れずに、精いっぱいやっていきたいですね。

(2003年8月)

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