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第84回:大崎梢さん (おおさき・こずえ)

大崎梢さん

書店で起きるちょっぴりなぞめいた出来事を、仕事のできるしっかり者の杏子と、不器用だけれど推理は冴えているアルバイト女子大生の多絵が、毎回見事に解決! そんな連作ミステリ『配達あかずきん』でデビュー、人気を博している大崎梢さん。小学生が探偵役のヤングアダルトや大学生の成長を描く青春小説など、作品の幅を広げている大崎さん、幼い頃から大作にどっぷりハマってきた様子。その読書体験の数々のお話、これがまた、とっても楽しいものでした。

(プロフィール)
東京都出身の作家。
書店勤務を経て2006年、東京創元社から『配達あかずきん』にてデビュー。
主な作品に、『晩夏に捧ぐ』(東京創元社)『片耳うさぎ』(光文社)など。

【歴史ロマンに目覚める】

アルプスの少女ハイジ
『アルプスの少女ハイジ』
ヨハンナ シュピリ (著)
角川文庫
500円(税込)
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小さなスプーンおばさん
『小さなスプーンおばさん』
アルフ・プリョイセン (著)
学習研究社
945円(税込)
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みつばちマーヤの冒険
『みつばちマーヤの冒険』
ワルデマル ボンゼルス (著)
国土社
1,680円(税込)
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ニルスのふしぎな旅〈1〉
『ニルスのふしぎな旅〈1〉』
ラーゲルレーヴ (著)
偕成社文庫
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――大崎さんは元書店員さんですし、幼い頃から相当本がお好きだったのではないかと思うのですが…。

大崎 : 普通程度だったと思うんです。幼い頃となるとそれこそ幼児向けの絵本なども読んでいたと思いますが、子供の頃に読んだ本で印象に残っているのは『アルプスの少女ハイジ』『スプーンおばさん』『みつばちマーヤの冒険』『ニルスのふしぎな旅』…。『アルプスの少女ハイジ』を読んで、干し草というものが分からないまま、とりあえず押し入れの中で寝たりしました(笑)。

――そうした本は、買ってもらっていたのでしょうか、それとも…。

大崎 : 女の子っぽい話のものは買ってもらっていたと思うんですが、上に兄が二人いたので、冒険モノなどは兄たちが買ってもらったものを読んでいたと思うんです。文学全集に収録されている『宝島』『ロビンソン・クルーソー』、『十五少年漂流記』などを読んだ覚えがあります。

――ご兄弟がいたから、幅広く読んでいたわけですね。

白いトロイカ 1
『白いトロイカ 1』
水野 英子 (著)
講談社漫画文庫
609円(税込)
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大崎 : そうですね。あと、小学校3年生くらいの頃、後にあれはその後を左右していたのかなと思う本があって。兄が怪我をして入院していたことがあって、お見舞いに行くと大部屋に漫画が積み上げられてあったんです。「ご自由にお読み下さい」という感じで。そこに水野英子さんの『白いトロイカ』があったんです。総集編のような分厚いもので。舞台は農奴革命前のロシアで、孤児であるヒロインが実は希代の歌姫の娘で、という設定。その子がペテルブルグに言って『マイ・フェア・レディ』のように磨かれていく、壮大な歴史ロマンなんです。そこでめくるめく物語世界をはじめて体験したんですよね。農奴革命もコサックも分からないまま、子供心にはものすごい大作だと思っていて。大人になってから愛蔵版が出ているのを見て、ああこれかと思って買いました。後から栗本薫さんのエッセイを読んでいたら『グイン・サーガ』の主人公のリンダという名前は、『白いトロイカ』の主人公のロザリンダからとった、というのを読んですごく感激しました。さらには『白いトロイカ』の中に、昔覚えていた子守歌を歌うシーンがあるんですが、栗本さんも節をつけて歌った、とあって、私と同じことをしている!! と(笑)。名作だったんだなあとつくづく思いました。

――それが漫画初体験だったわけではないんですよね。

大崎 : 初ではないですけれど、グラン・ロマンは初だったんです。そうそう、いい男が二人出てくるんですよね。ノーブルな雰囲気の貴族と、幼なじみのワイルドな男の人と…。

――おお! 乙女心をくすぐる設定。それは夢中になりますね。

大崎 : 好きな作品を見つけるとその一冊にのめりこむ方だったんです。他の本は読みたくない、と思うほど。話をつらつらと思い出しながら浸るというタイプでした。

【横溝正史に寝食を忘れる】

大崎梢さん

――その頃は、どちらにお住まいだったのですか。

大崎 : シロガネーゼだったんですよ〜。

――白金ですか。もしかしてものすごいお嬢様だったりとか。

大崎 : ものすごい庶民でした(笑)。近所でトンボやセミを獲るのが好きでした。ああ、だから『シートン動物記』の『狼王ロボ』とか『ファーブル昆虫記』も読んでいましたね。

――学校の図書室を利用したりもしていたんですか。

大崎 : 図書の時間という、図書室で本を読む時間がありましたね。覚えているのが『モルグ街の殺人』を読んで分からなかったこと(笑)。

――好きで読んでいたものは…。

大崎 : 中学時代は夏目漱石や川端康成など普通に日本文学全集に載っているもの、あとは漫画を読んでいました。『ベルサイユのばら』や『エースをねらえ!』、『はいからさんが通る』などですね。私は『少女マーガレット』と『少女フレンド』の人間だったので、萩尾望都さんとか竹宮恵子さんを読んだのはもっとあとになってから。20〜30代になって竹宮さんを読んで、本当に10代の頃に読まなくてよかった、と思いました。あの頃に読んでいたら人格が変わっていたと思う(笑)。影響を受けやすかったので。

悪魔の手毬唄
『悪魔の手毬唄』
横溝 正史 (著)
角川文庫
740円(税込)
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屋根裏の散歩者 江戸川乱歩ベストセレクション3
『屋根裏の散歩者 江戸川乱歩ベストセレクション3』
江戸川 乱歩 (著)
角川グループパブリッシング
540円(税込)
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こころ
『こころ』
夏目 漱石 (著)
集英社文庫
320円(税込)
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――夢中になった作品というのはありましたか。

大崎 : 家にあったのかもしれませんが、なぜか江戸川乱歩を読んでいたんです。そこから横溝正史にいきました。それが中学時代の転換期です。異常に面白くて、寝食を忘れ、トイレも我慢するくらい読んだというのははじめて。『悪魔の手毬唄』なんてもう、1番と2番の歌は歌えるのに3番は思い出せない、というところで「ああああ!! 思い出せ!!!!!」という感じで(笑)。見立て殺人というものにも酔いしれましたね、『獄門島』とか。友達に聞いて本屋に行って『病院阪の首縊りの家』を見つけてああ、これかー、なんて買ったりしていましたね。

――ちなみに江戸川乱歩作品から横溝正史にいったということは、乱歩も少年探偵団シリーズではなく、もっと大人向けの怖いものを読まれていたのでしょうね。

大崎 : 『屋根裏の散歩者』とか。『マーガレット』のような健全な漫画を読んでいたわりには、どうすれば人が殺せるか悩んでいて。

――ええっ。

大崎 : 乱歩の作品の中に、奥さんを殺したくて、変質者を装って家の周りをうろついて、その人が殺したと見せかけようとする話があって、ああ、こうすればいいんだ! と思ったんですよね。

――大崎さん、誰を殺すつもりだったんですかっ。

大崎 : なんて頭がいいんだろう、って思ったんですよね。あとは、横溝さんのあの特異な雰囲気も大好きでした。昔の写真を見て「ああっ、これがあの人っ!?」みたいな(笑)。それで、中学時代は健全な漫画と乱歩と横溝正史をずーっと読んでいました。

――ご自分で書こうと思ったことは。学校の課題の感想文などは得意ではありませんでしたか。

大崎 : 感想文は得意だったかもしれません。夏目漱石の『こころ』か何かの感想文で、何かの賞をもらったか、どこかに載ったかしたと思います。ただ、日記をつけるのが好きだったわけでもないし、物書きになりたいと思ったことはまったくなかったです。私にとって小説家って、玉川上水で死ぬというイメージがすごくあって。

――太宰ですか。

大崎 : 生きることにナーバスになったら情死してしまう、だから考え過ぎちゃいけない、小説家というのはもっと特別な人がやる特別な仕事なんだ、と思っていました。

――その頃将来なりたかったものは…。

大崎 : ……いや、もう、本当にバカみたいなんですけれど、幸せな花嫁になるという(笑)。その後が長いということに、後々気づくんですけれど。そのへんは、『マーガレット少女』だったんで、まあ、可愛らしかったですね(笑)。

【ヒーローにめぐり会う】

車輪の下で
『車輪の下で』
ヘッセ (著)
光文社古典新訳文庫
600円(税込)
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徳川家康〈1 出生乱離の巻〉
『徳川家康〈1 出生乱離の巻〉』
山岡 荘八 (著)
講談社山岡荘八歴史文庫
777円(税込)
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宮本武蔵〈1〉
『宮本武蔵〈1〉』
吉川英治 (著)
講談社吉川英治歴史時代文庫
734円(税込)
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銀河英雄伝説 1 黎明編
『銀河英雄伝説 1 黎明編』
田中 芳樹 (著)
東京創元社
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イタズラなKiss 1
『イタズラなKiss 1』
多田かおる (著)
フェアベルコミックス
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グリーン・レクイエム/緑幻想
『グリーン・レクイエム/緑幻想』
新井 素子 (著)
東京創元社
987円(税込)
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――高校生になると、読書傾向に変化はありましたか。

大崎 : 友達の影響でヘッセの『車輪の下』を読みましたね。でも神学校というものがよく分からない。神の概念というものが、最後まで分からなかったんです。『罪と罰』などロシア文学も読みました。でも『カラマーゾフの兄弟』などは、最後の記憶がないので、途中までしか読んでいないかも。と同時に、クリスティーも読んでいました。名探偵はすごいなと思いました。だって私はいつも、犯人を見抜けなかったんですから。後々にミステリを書き始めてみて、自分が犯人を知っているということがものすごくカルチャーショックだったんです。「あっ、私、犯人を知っている!」と、本当に驚きましたねえ(笑)。それをいかに隠していくか逆算しなくてはいけないわけで、それで先人達は偉大だと気づきました。私程度が考えつく犯人は、誰でも思いつくんじゃないかと思うので…。

――そんなことはありません。

大崎 : そうそう、あとは歴史にいきました。山岡宗八の『徳川家康』を読んでいたんです。しばらくは全26巻を読んだというのが自慢でした(笑)。友達に言わせると、家康が生まれるまでに何巻もあるので挫折するらしいんですけれど、私には面白かった。最後はちょっと惰性で読んでいたかもしれませんが。その流れで歴史モノへいき、『樅の木は残った』とか『燃えよ剣』を読み、そしてここで『宮本武蔵』を読むわけですね、吉川英治の。私、長い間、理想の人が宮本武蔵様だったんです。もう、様をつけずにはいられない(笑)。

――胸をときめかせて読んでいたわけですね。

大崎 : 浸りながら読むので、もう、お通が邪魔で邪魔で(笑)。

――ヒロインに嫉妬!!

大崎 : といって、自分が妻になりたいわけじゃないんです。私は武蔵の養子の伊織になりたかった。自分に子供が産まれたら絶対に伊織という名前を付けようと思っていました。実際には使いませんでしたけど。

――小説の中に自分のヒーローを見つけるって、ありますよね。

大崎 : 『銀河英雄伝説』を読んだ時はラインハルト様が好きで。そうなると普通は親友のキルヒアイスも好き、となりそうなものですが、ところが私にとっては邪魔モノでしかない。私がそのポジションに行きたいのに、と思っていました。それで、キルヒアイスがお亡くなりになる、あの巻は、私にとっては「ごめんね、でも、やった〜!」という(爆笑)。まあ、たいていみんなヤンが好きなんですよね。書店で働いていた時、今は小学生くらいでも「銀英伝」を買いにくるんですが、そういう子に「ヤンが好きなんでしょ、同盟側でしょ」と聞くと「もちろんです」と言う。だから「私は帝国側だから敵だねえ」って言ってましたよ(笑)。

――ええー。なんてことを〜(笑)!! ちなみにそうやって物語世界にハマると、自分でもいろいろ空想を広げたりしませんか。

大崎 : あ、しますね。自分だけでなく、みんな空想するものだと思っていました。感銘うけた小説に関しては、いろいろ物語を考える。だから読むのに時間がかかるんです。

――その考え出した物語には、ご自身も登場されるんですか。

大崎 : そうそう(苦笑)。自分が登場するためにはどうしたらいいかを考える。ああ、ヒマだったんですね〜。

――それを書くことはしなかったのですか。

大崎 : 脳内だけで繰り広げていました。

――ところで、好きなヒーローに共通点はあるんでしょうか。

大崎 : 武蔵はなんで好きだったんだろう。能力があるのに出しすぎない、というところはありますね。ストイックな人が好きなんですよ。この前『コバルト』で「私のヒーロー・ヒロイン」というコーナーのエッセイを書いたんですが、私は『いたずらなKISS』の入江くんを挙げました。入江くんは冷たいところがいいと思って(笑)。

――優しい王子様タイプではなく、追いかけたくなるようなタイプの男性が好きなんでしょうね。

大崎 : そうですね! 恋に関してはハンターなので(笑)! …って、ほとんど経験ないんですけれど。

――ちなみにコバルト系は読まなかったのですか。

大崎 : 氷室冴子さんは読んでいましたね、『クララ白書』とか。新井素子さんも『グリーン・レクイエム』などを読んでいました。

【第二期読書時代】

N★Yバード (1)
『N★Yバード (1)』
槇村 さとる (著)
集英社文庫
600円(税込)
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SWAN(白鳥)  愛蔵版 (1)
『SWAN(白鳥) 愛蔵版 (1)』
有吉 京子 (著)
平凡社
1,260円(税込)
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――短大の頃は、どんなものを。

大崎 : 漫画ばっかり読んでいたんじゃないかな。槇村さとるさん、くらもちふさこさん、一条ゆかりさん…。槇村さんは全部揃えていたと思う。『N★Yバード』とかが好きでした。

――卒業されて勤めにでるものの、ご結婚がはやかったとか。

大崎 : そうなんです。22歳で結婚しました。その結婚相手が本読みだったんです。それがまた乱読の人で、つきあっている頃に本が好きで少女漫画も読むという話になった時、「バレーの話とか」と言っていたのを、私はバレーボールの話だと思っていたんです。結婚して向こうの段ボールを開けた時、『SWAN(スワン)』が出てきて、ああ、バレエだったのか! と。まだ読んでいなかったので、すごく嬉しかった。お礼に『ガラスの仮面』を渡しまして、そこで文化の交流が。

翔んでる警視ベストセレクション
『翔んでる警視ベストセレクション』
胡桃沢耕史 (著)
廣済堂文庫
600円(税込)
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ケインとアベル 上
『ケインとアベル 上』
ジェフリー・アーチャー (著)
新潮文庫
820円(税込)
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汚れた英雄 第1巻・野望篇
『汚れた英雄 第1巻・野望篇』
大薮 春彦 (著)
角川書店
567円(税込)
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――そこからまた読書のフィールドが広がって。

大崎 : 結婚した時に相手が札幌勤務だったので、仕事を辞めて行ったんです。知り合いもいないので退屈で、相手の段ボールの中から本を選んで読み始めたのが、第二の読書期でした。その中で一番衝撃を受けたのは、胡桃沢耕史さんの『翔んでる警視』なんです。“こんな本って、あるのか!”という驚きがありました。それまで本って、どこか生真面目なイメージがあって、難読でも頑張って読むものだという気がしていたんです。だから『翔んでる警視』のあの悪ふざけ感がすごくショックで。そこから、相手の本の中からこれは、と進められたものを読んでいきました。
都筑道夫さん、筒井康隆さん、小林信彦さん、阿刀田高さん、半村良さん…。私が今までまったく読まなかったような小説をいろいろ読んでいました。向こうは気に入った作家の作品は全部買うタイプだったので揃っていましたね。

――海外作品は。

大崎 : ジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』とか、ジョン・グリシャムとか。クライブ・カッスラーも好きでしたね、『タイタニックを引き揚げろ』、『死のサハラを脱出せよ』。

――冒険小説とか、男っぽいものが。

大崎 : その時に大藪春彦さんを読んだんですよね。西村寿行も読みましたけど。大藪さんの『野獣死すベし』を読み、そして『汚れた英雄』にハマっちゃいまして。

――登場しました、ハマった小説が!

大崎 : これがもう、自分が女であることが悔しくって。あまりに男が格好よくて、悔しくなったんです! 金のために女を食い物にしてのし上がるんですけれど、金の先にはレースをやりたいという崇高な目的がある。女は金以下。そう思うと女であることがどうしようもなく悔しくて。これはもう、脳内でなんとかしなくちゃいけないと思ったわけです(笑)。それで、はじめてのことなんですが、ちゃんと話を組み立てたわけです。

――『汚れた英雄』のスピンオフを。

大崎 : 女性バージョンを。主人公の女性をピアニストにして、自分の音楽のために男を下の下に見て、崇高な目的のためにのし上がっていく。最後のシーンに辿り着くまでに数か月かかったんじゃないかな。登場人物とか、台詞とか、シーンとか、はじめて全部ちゃんと考えました。『ナントカのソナタ』っていうタイトルもつけましたから(笑)。それで最後まで考えて、ようやく折り合いをつけることができた。

――どんな話か知りたい!でも書かずに、すべて脳内で。

大崎 : はい、脳内で。

【書店で働きはじめる】

異邦の騎士 改訂完全版
『異邦の騎士 改訂完全版』
島田 荘司 (著)
講談社
730円(税込)
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斜め屋敷の犯罪 改訂完全版
『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』
島田 荘司 (著)
講談社ノベルス
945円(税込)
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優しい密室
『優しい密室』
栗本薫 (著)
講談社文庫
520円(税込)
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――札幌にいらしたのは、どれくらいですか。

大崎 : 6年くらいかな。段ボールの中から選んでばかりいたのが、次第に自分でも書店に買いに行くようになりました。最終的には相手とは趣味が違ったので、袂を分かつことになって。二人が共通して好きなのは、宮部みゆきさん、北村薫さん、浅田次郎さんかな。

――旦那さんは読まない、大崎さんだけの好みのジャンルはどんなものでしたか。

大崎 : それもミステリが多いですね。島田荘司さんとか、綾辻行人さんとか。向こうはあまりミステリは読まないんです。横溝正史も読んでいないし。私は島田さんなら『異邦の騎士』『斜め屋敷の犯罪』。御手洗潔シリーズの短編集などを読んでいました。あと栗本薫さんの、『優しい密室』などの伊集院大介シリーズも好き。

――札幌からこちらに戻ってきてからは、書店員さんになられて。

大崎 : 2、3年前まで働いていました。こんな私でも、本が好きだったんでしょうね(笑)。本屋って、小説に限らずいろんなジャンルがある、そこが面白いなと思いました。

――担当されていた棚は。

大崎 : コミック担当でした。でもそんなに漫画に詳しいわけではなく、結構バイトの子に「最近面白いのは何?」と聞いたり、お客さんから借りたり…。

――ええ? お客さんから借りる?

大崎 : お客さんと仲良くなって、買っているのを見て「いいなー」って言うと「じゃあ貸してあげるよ」と。友達になってお茶を飲んだりもしましたね。女性客ですよ、もちろん。お客さんも本好きだから「あれどうだった?」なんて話で盛り上がって。主婦同士だと「平日のお休みいつ?」と都合を合わせて、本を返しがてら、ランチしたり。

――書店員さんとそんな風に仲良くなるなんて羨ましい。そうして書店でお仕事されて、本に対しての考え方って変わりましたか。

大崎 : 東京近郊の駅ビルの書店だったんですが、本が売れるのは大変だなって思いました。例えば『花より男子』は新刊が300冊から400冊入る。でも、2冊くらいしか入らない漫画もあるんです。その2冊がなかなか売れない。よく考えると、デビューできただけですごいし、単行本にできただけでもすごい。でもそうして書店に並んだ中で売れるのは、もっとすごいし難しいことなんだと思いました。自分がデビューした後も、そうしたことは分かっていたんで、その点、淡い夢を見ないですみました。

【実は目指したのは児童書作家】

月の影 影の海〈上〉 十二国記
『月の影 影の海〈上〉 十二国記』
小野 不由美 (著)
講談社X文庫
557円(税込)
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豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)
『豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)』
栗本 薫 (著)
早川書房
567円(税込)
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カラフル
『カラフル』
森 絵都 (著)
文春文庫
530円(税込)
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リズム
『リズム』
森 絵都 (著)
講談社青い鳥文庫
704円(税込)
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――ご自身で小説を書き始めたきっかけは。

大崎 : 当時、ニフティサーブに本の情報が分かるフォーラムがあって。のぞくと、こういう本が面白かったというのが書かれているんです。小野不由美さんの『十二国記』や恩田陸さんを教えてもらいました。『グイン・サーガ』で誰をひいきにするか、なんてみんなで挙げていましたね。そこに創作フォーラムもあったんです。それを見て、脳内の妄想を外に出してみたらどうなのかなと思って。それで書き始めたわけですが、ただ、公募があるといったことは知らなかったんです。そこからデビューするまでに10年くらい。

――どんなものを書かれていたんでしょう。

大崎 : 書いていくうちに読後感のいい、ハッピーエンドが書きたいなと思うようになって。それなら一般書よりも児童書が向いているんじゃないかと考えて、児童書からデビューしたいと思っていたんです。児童書で好きな作家さんもいたんです。富安陽子さんとか、安房直子さんとか。「守り人」シリーズの上橋菜穂子さんも好きですね。森絵都さんの『カラフル』『リズム』、佐藤多佳子さんの『サマータイム』『黄色い目の魚』も。湯本香樹実さんの『夏の庭』『ポプラの秋』もすごーく好きで。長い話ではないのに、どうしてこんなに深いのだろうと思う。

サマータイム
『サマータイム』
佐藤 多佳子 (著)
新潮文庫
420円(税込)
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黄色い目の魚
『黄色い目の魚』
佐藤 多佳子 (著)
新潮文庫
660円(税込)
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夏の庭―The Friends
『夏の庭―The Friends』
湯本 香樹実 (著)
新潮文庫
420円(税込)
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ポプラの秋
『ポプラの秋』
湯本 香樹実 (著)
新潮文庫
420円(税込)
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――ハッピーエンドが書きたいというのは。

大崎 : 暗いドロドロした話も書きたいと思うんですよ。でも書くと意外と爽やかに終わってしまうので、それがコンプレックスではありますね。その頃は素人だったので、暗い話が書けるほうが偉いんだという意識があったのかも。あなたは幸せに育ったからそういうふうに書けるのね、と言われてカチンときたりしたこともありました。親しい友達は「無理して書かなくていいよー」と言ってくれていましたけれど。

――ニフティサーブのプロを目指す人たちの間で、そうしたやりとりをしていたのですか。

大崎 : 作品をアップすると、感想をくれる。それが楽しみでした。月間賞を決めたりみんなで評価しあったり。そこで「素人にしてはうまい」と言われていたんです。でも「素人にしては」の次の段階にいくことが難しかった。階段を少しずつ上ってきて、次はプロに、という最後の一段が、メチャメチャに高かった。次の曲がり角を曲がったらプロになれると思って曲がると、さらに曲がり角がある。児童書の賞に応募したら佳作がとれたので、来年はデビューできるだろうと思ったら、次の年は佳作にもならない。

配達あかずきん
『配達あかずきん』
大崎 梢 (著)
東京創元社
1,575円(税込)
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天才探偵sen―公園七不思議
『天才探偵sen―公園七不思議』
大崎 梢 (著)
ポプラポケット文庫
599円(税込)
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サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ
『サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ』
大崎 梢 (著)
東京創元社
1,575円(税込)
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――デビュー作『配達あかずきん』は児童書ではなく、書店を舞台にした「日常の謎」系のミステリ短編集です。こちらが本になったきっかけは。

大崎 : あの話は、書店を舞台にしたものを書くとみんなが喜んでくれたので、自分でも楽しみとして書いていたんです。でも、いろんな出版社が出てくるので、どこの会社も出してくれないだろういう、素人の考えがあったんですよね。それで新人賞に応募することなく寝かせていました。児童書でデビューして、いつか有名になったら、あの話も読んでもらえるかな、と。それで児童書を書いて応募していたわけですが、青い鳥文庫のはやみねかおるさんや松原秀行さんのシリーズに憧れ、小学生の男の子が名探偵役になる話を書いて、それをポプラ社の方に送って読んでいただいていたんです。その結果が出る前に、東京創元社の戸川安亘さんが退社された後にカルチャーセンターの講座を持たれると知って、それで『配達あかずきん』に収録されている「パンダは囁く」を送ったんです。そうしたら「面白いですね」と言ってくださったので、ストックしていた短編も送って。半年や1年は待たされると思っていたら、1、2週間後には「本にしましょう」と言ってくださって。

――トントン拍子だったんですね。

大崎 : 自分としては予定外でした。『配達あかずきん』が出た頃に戸川さんから連絡があって「ポプラ社に原稿を預けていませんか」と聞かれてビックリしちゃって。なにかお咎めがあるのかと心配になりましたが、ポプラ社の方がミステリ関係の原稿のことで戸川さんとパイプがあって、それで「大崎さんというのは同一人物だろうか」という話が出たらしくて、連絡があっただけでした。

――その時にポプラ社に渡していたのが『天才探偵SEN 公園七不思議』だったんですか。

大崎 : そうなんです。自分としてはあれがデビュー作になるはずが、順番が前後しちゃって。ただ、書店モノは5編書いたところで、まだ書ききれていないなというのがあったので、それで書いて戸川さんに見せて『サイン会はいかが?』になったんです。

――書店で働いたことのある方だからこその書店ミステリで、舞台裏が分かって面白いですよね。

大崎 : エピソードは結構実話なんですよ。注文を聞き間違えるようなちょっとボケた子も、実際いたんです(笑)。

――謎ときも面白いのですが、主人公の杏子さんの、書店員としてどこまでも真摯な姿勢が気持ちよかったです。こんな書店員さんのいる書店に通いたい。

大崎 : 棚出しや客注も全部自分の流儀しか知らないので大丈夫かなと思っていたんです。小説を書いていることは同僚には言っていませんでしたし。でも『配達あかずきん』で巻末に書店員さんたちの座談会を載せることになって、お話を聞いたら、意外とみなさん「自分の店のことかと思った」などと言ってくださって、それは嬉しかったです。

――書店を辞めて、最近の生活は…。

大崎 : 引きこもりそうな勢いです。読んでいるか買い物に行っているか。読む本はジャンルに問わず、評判になっているものが多いかな。ただ、あまり影響を受けすぎてもよくないので、仕事中の期間は読みません。合間の時期に読みますね。

RDG レッドデータガール はじめてのお使い
『RDG レッドデータガール はじめてのお使い』
荻原 規子 (著)
角川グループパブリッシング
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肺魚楼の夜
『肺魚楼の夜』
谺健二 (著)
光文社
1,995円(税込)
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――最近面白かったものは。

大崎 : 角川書店の「銀のさじ」シリーズが好きですね。荻原規子さんの『RDGレッドデータガール』など。荻原さんの作品は全部読んでいるし、騙されるものか、みたいな感じで読んでも、やっぱり最後は格好よくてハマってしまう。はやく次が読みたいですね。あとは谺健二さんの『肺魚楼の夜』。壁から肺魚が出てきて人を殺すんです。読みながら、私ってこういうのが好きだなってしみじみ思って(笑)。しかも夢オチではなく、ちゃんとオチがあるところがよかったです。

【近著&今後に関して】

片耳うさぎ
『片耳うさぎ』
大崎 梢 (著)
光文社
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夏のくじら
『夏のくじら』
大崎 梢 (著)
文藝春秋
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――その後、小学生6年生の女の子が探偵役の『片耳うさぎ』も発表されて。これは古くてちょっと怖いお屋敷の謎を探るお話。

大崎 : 『配達あかずきん』でデビューした後、光文社の方が声をかけてくださった時に「児童書をやりたいので」と伝えたら、「子供が主人公でいいじゃないですか」と言ってもらえて。お屋敷はやはり、横溝正史好きだったから(笑)。いつか『犬神家の一族』みたいなものをやりたかったんですよね。それも女の子の目線でやったら面白いんじゃないかなと思ったんです。子供だと情報量も限られてきますし、今の子供たちはあんな不気味な屋敷を相続しろと言われても、それよりもこぎれいな4LDKに住みたがるだろうし(笑)。

――最新刊の『夏のくじら』は、高知のよさこい祭りに参加する大学生・篤史のひと夏の物語。高知には旦那さんのご実家があるとか。実際に祭りを目にして、小説に書こうと思ったのですか。

大崎 : あちらでよさこい祭りを見てすごく面白いと思ったのに、こっちに帰ってきてみんなに話しでも、よさを誰も分かってくれないんですよ。NHKの7時のニュースでも、阿波踊りや、北大生が札幌に持ち帰ったYOSAKOIソーラン祭りは映すのに、よさこい祭りはやらない。忸怩たる思いがあったんです(笑)。ただ、いろんな角度からとらえらることのできる祭りですけど、欲張らず、あくまでも一人の大学生の経験話にしました。

――さて、今後のご予定は。

大崎 : 今は角川書店から書き下ろしを書いているところ。函館が舞台です。担当編集者と「そういえば五稜郭上ってないよね、お寿司食べていないよね」と気づいて、取材に行く予定です。それと、『配達あかずきん』も文庫になる予定があります。

――いつか『ナントカのソナタ』も読みたいです(笑)!

(2008年10月29日更新)

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