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第12回:奥田 英朗さん (おくだ・ひでお)

奥田英朗さん

ファン待望の新作『イン・ザ・プール』が出たばかりの奥田英朗さんが第12回「作家の読書道」に登場です。
『イン・ザ・プール』では様々な中毒を抱え込む人々とちょっと変人的な精神科医がおりなす「日常」を、『最悪』『邪魔』では市井の人たちの日常が犯罪とリンクする様を描いてきた奥田さん。その日常を見抜く眼が培った読書についてお聞きしてみました。

(プロフィール)
1959年岐阜市生まれ。雑誌編集者、プランナー、コピーライターを経て作家になる。著書は『ウランバーナの森』、『最悪』、『東京物語』など。2002年『邪魔』で題4回大藪春彦賞を受賞した。

【本のお話はじまりはじまり】

―― これまでどのような本を読まれてきましたか?

奥田 : まず子供の頃は活字とは無縁でしたね。小学校3年か4年の時に、祖母が少年少女文学全集みたいなものを買ってくれたんです。いとこがたくさんいた中で「他の孫には内緒だよ」と言って僕だけに買ってくれたみたいだったんだけど、全然ありがたくなかった(笑)。一度も開かなかったんじゃないかな。姉は読んでたのかもしれないけど。好きなのはマンガでしたね。『マガジン』や『サンデー』は熱心に読んでました。僕にとってフィクションの原点はマンガなんだと思います。

―― とりわけ好きだったマンガは?

奥田 : 僕たちの世代は梶原一騎原作のマンガで育っているから、あの人の弟子みたいなものなんですよ。『巨人の星』も『あしたのジョー』もリアルタイムだったし、中学の頃は『愛と誠』や『空手バカ一代』の時代でした。それと、10代というと誰でも知的欲求を満たすものを必要とするものですが、僕にとってはそれは本よりも映画と音楽でしたね。

どうでも良くないどうでもいいこと
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―― それでも、あえて本の話を聞きたいのですが……。

奥田 : 童話も児童文学も読んでなかった僕が、自分で活字を求めたのは小学校の5年か6年の頃だったと思います。NHKのテレビで『日本史探訪』というのがあって、それを夢中になって見ていたんですが、そのうち、その番組が本になったんです。著者は司馬遼太郎とか海音寺潮五郎といった人たちで、子供が読むようなものじゃなかったですね。でも、それを母親にねだりました。親は親でマンガばっかり読んでたのが歴史の本なんて言い出したものだから、まあいいかという感じで買ってくれましたね。興味があったのは戦国武将とかではなくて、幕末や世の動乱期といった時代背景がおもしろくて読んでいました。

―― 歴史そのものを楽しんでいたということですね。

奥田 : そうなりますね。その後は、太宰も夏目漱石も『罪と罰』も読みましたよ。これ読んでないと人から笑われるという本は一応おさえました(笑)。

―― それ以降はどうですか?

奥田 : 一番思い出に残っているのはフラン・レボウィッツという人の『どうでも良くないどうでもいいこと』『嫌いなものは嫌い』ですね。散文でもあり、エッセイでもあり、とてもしゃれていて……。本を読んでてうれしいのは、著者が自分に似ていることに気付くこと、つまり自分に似た人に出会うことですが、それを体験させてくれます。中野翠さんもこの本が好きだと言ってました。中野翠さんの本は、ほとんど読んでます。

【作家に向かわせた本は?】

―― 作家になりたいと思わせた、そんな本はありますか?

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奥田 : 直接的にはないと思います。実は20代前半の頃、矢作俊彦だけは読んでたんですよ。『ブロードウェイの戦車』『暗闇にノーサイド』『海から来たサムライ』……。それから、清水義範の『永遠のジャック&ベティ』や『蕎麦ときしめん』などを読んだ時には、しゃれてるなあと思いましたね。「こういうのを書いてみたい」とは思いました。

―― 初めて小説を書いたのは……?

奥田 : 8年前、34歳の時です。小説を書きたいなんて思ったことはなかったんです。そこからデビューまでが3年。新人賞に応募したりはせずに出版社への「持ち込み」というやつですね。でも、小説家志望の良い子たちは絶対まねしないように(笑)。「持ち込み」なんてうまくいくもんじゃないから。

―― 小説を書く前には、広告や雑誌の仕事をされていますね。

奥田 : 本は読んでなかったけど、文章は得意でした。実は高校生の頃から音楽評論家になりたかったんですよ。でも、実際は広告のプラニングやメディアの仕事をしていて、そこから音楽について書くということを見てみると、大変そうなんですね。儲かりそうにもないし(笑)。それで、何かないかなという感じだったんですね。

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―― 広告から小説への移行というのは……?

奥田 : 小説も広告も根っこは同じで、プレゼンテーションだと思うんです。人の心をどう動かすか、という点です。小説は書く人間が自分の思いをぶつけるものだと考えられてもいるようですが、そうではなくて、どう楽しませるかが大切なはずです。そのために必要なのはサービス精神でしょうね。それがなくて、ただただ思いをぶつけたものや、説教めいたものなんて、読みたくもない(笑)。だから、小説家は自分の中にいろんな目を持っていなければならない。書こうとするものにも、登場人物にも、距離が取れなければいけないと思っています。説明的な小説、説教してる小説、自分のことを書いている小説が嫌いですね。

―― そうした考え方は、ストーリーや文体にも影響するのでしょうね。

奥田 : 僕の場合、書きたいのは人の気持ちであって、ストーリーはどうでもいいんです(笑)。一読者としても本を読む時に知りたいのは人の気持ちだし。最初にプロットを立ててそれに合わせて登場人物を動かしたりするのはちょっと……。

―― 『最悪』や『邪魔』もそのようにしてできあがったのでしょうか?

奥田 : ある人が「テーマを書くな、ディテールを書け」というような意味のことを言っていました。ディテールを書くことができればテーマは浮き彫りになるんだと。僕もそれをやりたいと思ってます。日常会話やエピソードを積み重ねていきたい。そういう意味では山田太一さんのドラマや小説の影響は受けてますね。とにかく日常会話がうまい。唯一、影響を受けているのが山田太一さんだと言っていいかもしれない。そう言えば、いちばん最近、読んだ小説も山田太一の新作『彌太郎さんの話』でした。

【立ち寄る本屋といろいろな話】

―― よく行かれる本屋さんはありますか。

奥田 : 家の近くにある青山ブックセンターですね。場所柄のせいかビジネス書と女性誌とダイエットなんかの本は揃っているんですが、文芸はそうでもないかな。『イン・ザ・プール』は1冊ありました(笑)。決まって買うのは音楽雑誌と映画雑誌で、『レコード・コレクターズ』と『プレミア』です。

―― 最近の『レコードコレクターズ』はザ・バンドの『ラスト・ワルツ』の特集でしたね。

奥田 : もちろん買いました。仕事の時はラジオをつけているのですが、新しいロックはあまり聞かなくなりました。最近はティル・ブレナーという若いジャズ・トランペッターをよく聞いてます。

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―― ロックといえば、『イン・ザ・プール』のカバーはニルヴァーナの『ネヴァーマインド』のジャケットを思い出しました。

奥田 : そうなんです。ニルヴァーナのイメージで考えました。装丁も含めて、小説も売り方を考えなければいけないと思うんです。

―― 奥田さんの作品を読んだ広告業界の知人が「ひらがなが多くて良い」と言っていました。売り方と関連していますか?

奥田 : たしかに僕はあまり漢字を使わないかもしれないですね。いかにも文芸といった言葉は使いたくないというのもあります。常々、セレクトショップで売ったらどうかと言ってるんですよ。

―― 服と奥田さんの本が並ぶわけですね。

奥田 : そうです。セレクトショップと、あとはホテルチェーンと無印良品。スターバックスにも置きたいですね。普段、本屋に行かない人にも手にとってほしい。自分に似た人が手にとってくれたら、気に入ってもらえる自信はあります。

―― 『イン・ザ・プール』が5月に出たばかりですが、今後の予定を教えてください。

奥田 : 『小説現代』に連載していたサラリーマンものの短編が年内には本になる予定です。

(2002年7月更新)

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