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第24回:横山 秀夫さん (よこやま・ひでお)

横山秀夫さん

御巣鷹山の日航ジャンボ機事故を題材に、男たちの苦闘を描いた本格長編『クライマーズ・ハイ』がヒット中の横山秀夫さん。昨年『半落ち』で話題を席巻しベストセラー作家となった横山さんは、少年時代からどんな本を読んできたのでしょうか。斬新な警察小説などで注目を集める「短編小説の職人」が、群馬県高崎市の仕事場でちゃめっ気たっぷりに語ります。

(プロフィール)
1957年東京生まれ。国際商科大学(現・東京国際大学)卒業後、上毛新聞社に入社。12年間の記者生活の後、フリーライターとなる。91年「ルパンの消息」が第9回サントリーミステリー大賞佳作に。マンガの原作などを手掛けながら、98年「陰の季節」で第5回松本清張賞受賞。2000年「動機」で第53回日本推理作家協会賞・短編部門を受賞。02年の『半落ち』が各種ベストテンの1位となり、ベストセラーに。他の著書に『顔 FACE』『深追い』『第三の時効』『真相』『クライマーズ・ハイ』などがある。

【本のお話、はじまりはじまり】

宝島
『宝島』
スティーブンソン (著)
福音館書店
893円(税込)
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フランダースの犬
『フランダースの犬』
ウィーダ (著)
新潮社
380円(税込)
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横山 : 小学校の頃は「図書館王」なんて言われましてね。児童文学全集から、シャーロック・ホームズとかSFとか片っ端から読み漁っている少年でした。読むだけでなく、小学校3年生ぐらいから書いてましたね。『宝島』(スティーブンソン著)を読み終わると、「続・宝島」を書くわけです。冒険が終るのがさみしかったんでしょう。新たに7つの海を駆け回り、フック船長より怖い怪人が出てくる物語だったと思うんですけどね。『フランダースの犬』(ウィーダ著)は最後にネロとパトラッシュが死んじゃうのがどうしても許せなかったので、これも続編を書きました。ネロとパトラッシュが高原を走り回ってるようなね。生き返った理由をいろいろ作って、ノートにきっちり2冊くらい書いて友達に見せるんです。イヤな子ですよねえ。みんなそんなの読みたくないわけですから(笑い)。

――すでに小学校低学年で書いていたとは驚きです。

横山 : 本に思い入れが強い子だったので、この物語はこうなってほしいというものができあがっちゃうんでしょうね。別に文才があったとかそういうのではなくて、みんなを喜ばせたかっただけ。苦しめていましたけど(笑い)。そういうある種のサービス精神みたいなものは、子供の頃からありました。

――学生時代はスポーツに明け暮れていたとか。

横山 : 中学のはじめ頃まではいろいろ読んでいましたが、なぜか急に肉体派になりましてね。陸上部で中長距離をやって、朝も放課後もただただ走っているような生活でした。高校ではサッカー、大学時代は躰道という沖縄空手をやり、どんどんエスカレートして硬派道みたいな生活を送っていました。読書欲が高まる時期はありましたけど、何か系統だって読む習慣がなくなってしまったんですね。

――その間、書く方は?

横山 : 中学時代も読書感想文とかは熱心に書いてました。みんな笑いますけど、詩みたいなものも書いてましたね。

――どういう内容ですか?

横山 : 苦行の心を表す一文みたいなものだったですかね。立原正秋さんあたりの世界に影響されたんだと思います。ちょっとかっこつけてね。中学のあたまぐらいまでは早熟でしたので、父親の蔵書を次から次に引っ張り出して読んだりしましたね。

【原点の1冊】

――その中で記憶に残っている本をあげてください。

『君たちはどう生きるか』
吉野源三郎(著)

横山 : 刑法入門とかミステリー入門とか、カッパ・ブックス系のもの。ちょっと艶っぽいやつとかね。あとはへミングウェイの『武器よさらば』『老人と海』とか。旧漢字だったりするのでなおのことわからないんですけど、漢字を飛ばしながら読んでいましたね。それからやっぱり『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)です。小学校4年の頃から何回も読んでいました。雪合戦で主人公のコペル君が投げているうちに相手の上級生の子がけがをします。雪球に石かなにかが入っていて、自分に責任があるかもしれないのに、雪球を持った後ろの手をポッと落とすっていう。つまり僕じゃないというのをこっそりやってしまうシーンがあるんです。それがすごく印象的で、いまだによく覚えていますね。

――なるほど。

横山 : 結局、友達の責任にされて、上級生からひどい目に遭うんです。コペル君は後ろめたくて熱を出しちゃう。大人になっても同じようなことが多々あるじゃないですか。そこで雪球を後ろで落とすのか、「僕です」と名乗り出るのかというところが、ある意味、人が生きていくうえでの分岐点かなと思うんですね。そのへんに自分のラインを引いているんだろうなといつも小説を書いている時に思うんです。組織と個人じゃないですけども、試される人間が書きたいという思いが常にあります。まさしくこの少年は試されてるんですね。

――『君たちはどう生きるか』への思い入れは相当強いですね。

横山 : そうですね。私はミステリー作家ですから、ミステリーという意味ではもちろん別にあるんですけど、こだわらずに読んでいた時期に一番印象に残っているのはやっぱりこれですね。SFも好きでジュール・ヴェルヌとかあのへんは、物語に想像力の翼をつけるという意味ではいまだに尊敬もし、憧れも抱いています。

――ミステリーで影響を受けた1冊は?

横山 : まずは『黄色い部屋の秘密』(ガストン・ルルー著)です。本格推理の原点といわれる作品ですけど、トリックがどうのではなくて、すごく怖かったんですよ。その後にホームズとかいろんなものを読みましたけど、実はどれもみんな怖いんですよね。『まだらの紐』とか『銀星号事件』とか(ともにコナン・ドイル著)。夜中に布団の中で読むような子だったですから、トイレに行けなくなって、がまんできなくて窓からしちゃったこともあります。後でばれましたけど(笑い)。いまだにミステリーは怖いものだっていう印象が強くて、小説を書く時に活きてます。

――その他には。

横山 : 『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター著)はミステリーとして読みました。手紙文学というのがおもしろかった。読んでいる時の楽しさを思い出しますね。ただ最後が許せなくて、破いたり黒く塗ったりしました。主人公の女の子に好きな人ができかけるんだけど、あしながおじさんの秘書が邪魔するんです。その後あしながおじさんとは知らずに知り合って、恋心が芽生えて最後は結婚しますが、あの構図が子供ながらに許せなかった。お金で?と思ったんですね。もちろんそういうふうに読まない方もいらっしゃるでしょうし、読んでいる最中は素晴らしい作品でした。でも、いまだに書く時の反面教師ですね。構成とか組み立てのコントロールの仕方を間違うと読者を谷から落とすぞという思いがあります。

――記者時代に読まれた中で印象に残っている本は?

『支店長はなぜ死んだか』
上前淳一郎(著)
『二十四の瞳』
壷井栄(著)

『天文年鑑1970』
はさまっていた月の写真
『鍵』
谷崎潤一郎(著)

横山 : 研究家みたいにノンフィクションをがりがり読みました。『支店長はなぜ死んだか』(上前淳一郎著)がその頃のベストかな。(実際に単行本をテーブルに置いて)今の記者の方が読んでも全然古くないです。新聞社に入ろうという人におすすめですが、ほんとは警察回りをやってから読むといいかもしれない。私は警察回りをした後に読みました。胸に突き刺さるような作品で思い出深いです。

ここで横山さん、他にも何冊かテーブルに並べる。

横山 : 『二十四の瞳』(壷井栄著)が精神安定剤というか、中学の時に何回も読んで、会社に入ってからも2回ぐらい、辞めてからも読みました。(「天文年鑑」の1970年版と71年版を示しながら)天文少年だったんです。久しぶりにめくってびっくりしたんですけど、自分で撮った月の写真がはさまっていました。裏の日付が70年ですから当時13歳ですね。親父のカメラを借りて、望遠鏡で撮って「天文ガイド」に応募したんだけど1回も載らなかった。しょんぼりした記憶があります。それと『鍵』(谷崎潤一郎著)の挿絵がほら、棟方志功ですからね。

――これは豪華ですね。

横山 : 本というのを昔はこうやって作ってたんだなあってね。いいでしょう。

――(『鍵』の初版本を手に取り、巻末の発行日を見て)昭和32年……。

横山 : 僕が生れた年です。中学の頃、親父の本をこっそり盗んできたんでしょう。性の目覚めの頃だったですね。

――本を読む時はソファでゆっくりと?

横山 : すごい執着心があるんですよ。部屋を片付けてきれいにして、飲み物とか持ってきて大騒ぎして、読むぞ〜みたいな。子供時代からそうで、最近は数はあまり読んでいないんだけど、好きなんですね。読書は特別なことっていう意識があるんですよ。

【最近買った本】

――本を買いに行く場所は決まってますか?

横山 : 決まってたんですけど、最近行くと「あっ」てなことを言われてちょっとばつが悪いので、高崎駅の本屋さんとか雑踏にまぎれてすっすっということが多いですね。地元の新聞に紹介記事とか出るじゃないですか。図書館にも顔写真があったりするんですよ。非常に動きがとりづらいですね。

――以前通われた本屋さんとは?

横山 : 群馬では老舗の煥乎堂が前橋に本店があってよく通っていました。戸田書店も県内にいくつかあるし、品ぞろえもすごくいいのでよく行きました。

――最近買った本は何でしょう。

『鎮火報』
日明恩(著)
講談社
1,800円
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横山 : えーと、日明恩さんの『鎮火報』という消防士の話ですね。消防の話を書こうと思って取材をある程度して、その流れで読んだんです。すごく詳しいし、エンターテイメントとしてもすごく上質でおもしろかったので、ちょっと自分の方はペンディングしてしまいました(苦笑)。もし今書くのであれば全然違う切り口で書かざるを得ないなと思ったものですから。久々にすっかり楽しんでしまった。1月に心筋梗塞で2週間ほど入院しまして、買ったのは退院してすぐの2月頃です。あれ、最近じゃないな(笑い)。

――その後、お体の調子はいかがですか?

横山 : 7月にまた倒れて、3週間くらい入院しました。こんどは貧血だったんです。

――それは大変でしたね。退院後は?

横山 : 今は7分目みたいな感じの状態です。さすがに歳なのかもしれないですけど、1年前までは2完徹くらい当たり前のようにやっていたんですよ。

――えっ、ニカンテツも?

横山 : まあほんとに全然、全然。48時間、72時間ぐらいは起きてるみたいな。寝ないということがいっぱい書けるたったひとつの秘訣でしたが、さすがに今は1晩徹夜すると2日くらい使いものにならなくなっちゃってね。

――それでも徹夜すること自体、すごいですね。

横山 : まだ46歳ですから1晩ぐらいはね。昨年は18日間家に帰った以外は全部ここ(仕事場)にいて、6月から12月までは平均3時間睡眠でしたから。それでも原稿が間に合わなかったんです。それで正月明けたら心筋梗塞になってしまって。病院が天国みたいでね。だれも原稿書けって言わないし、看護婦さんはやさしいじゃないですかあ。「だめですよ、寝てなくちゃ」「あ、そうか」みたいなね(笑い)。

――入院前の生活ぶりはどんなでした?

横山 : 運動不足というか運動ゼロですよね。この空間から出ないわけですから。食べることしか楽しみがなくなっちゃったんですね。かみさんも健康に気をつけたものを食べさせてくれていたんですけど、やっぱり油っこいものや甘いものも食べたいし、たばこも1日100本ですから。最悪の状態だったですね。倒れますよね、考えてみれば。正月に倒れた時は体重が82キロぐらいあったんです。病院でおかゆばかり食べていたので今は70キロぐらい。血の巡りもよくなって散歩も多少するように心掛けているので、体調は徐々に良くなってます。

――今の睡眠時間は?

横山 : 5、6時間は寝ています。5時間以下が心筋梗塞になりやすいという統計があるらしくて。ただ、習慣づいているから3時間ぐらい寝ると、ふっと目が覚めるんです。足がプルプルしてね。寝ていたら大変なことになる、書かねばみたいな。それでも仕事量は3分の1に減らしています。

――次の刊行予定を教えてください。

横山 : 11月に祥伝社から泥棒を主人公にした連作ミステリーが出ます。地面すれすれから社会を見てみたいという狙いです。切ない物語が書いてみたかったんですね。

――警察小説は今後も?

横山 : 自分を世に出してくれた作品群ですし、愛着もあります。コンスタントにできるかぎり書いていこうと思います。無理やり何かを始めるということはしないで、今までやってきたことで、読者にも支持を得られるものであれば長く書いていきたいですね。基本的には短編を中心に、ある意味、自分の職人根性みたいなものを発揮できる小説を書いていきたいです。あとはタイミングで長編にも挑戦しますが、「短編作家」という称号に誇りを持っていますし。

――目標とする作家はいらっしゃいますか?

横山 : どういう作家でありたいかは、自分のことをどれだけ把握しているかにもつながる難しい問題ですね。私はまだ駆け出しで、発展途上です。具体的な目標が今後でてくるのかなと思いますけど、千本の短編を書き抜いた佐野洋さんや、松本清張さんの精力的な仕事ぶりに憧れています。作家も同時代を駆け抜けているわけですから、たった今、何を考えて何を書くかというところで勝負していきたいと思います。

影踏み
『影踏み』
横山秀夫(著)
祥伝社
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クライマーズ・ハイ
『クライマーズ・ハイ』
横山秀夫(著)
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半落ち
『半落ち』
横山秀夫(著)
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(2003年9月更新)

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