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第35回:モブ・ノリオさん (もぶ・のりお)

モブ・ノリオさん

デビュー作『介護入門』でいきなり芥川賞受賞という快挙を成し遂げたモブ・ノリオさん。本作は自分の実体験に基づいて、自分の記憶を固着させたい、と思い立って書かれたもの。が、はるか以前、中学生時代にも、モブさんは小説家を志望し、その後も文学に興味を持ちつづけていた時期があったとか。そんな彼の読書歴を、たっぷり聞かせてもらいました。

モブ・ノリオ (もぶ・のりお)
1970年奈良県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒、同専攻科除籍。家庭教師、スカム・ロック・バンドなどを経て、現在無職。
「介護入門」で第98回文学界新人賞受賞。第131回芥川賞受賞。

【本のお話、はじまりはじまり】

車輪の下
『車輪の下』
ヘッセ (著)
集英社
350円(税込)
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坊ちゃん
『坊ちゃん』
夏目漱石 (著)
日本文学館
840円(税込)
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――読書の原体験って、覚えていますか?

モブ・ノリオ(以下 モブ) : もともと家にそんなに本があったわけではないのですが、お袋が『少年少女世界の名作』を買ってくれて、それが居間の隅っこにあったんです。それで、うちは祖父母に両親に自分の5人家族なんですが、みんなでこたつに足つっこんで、ほかの家族がテレビを見ている時、僕だけは野球中継なんておもろないわ、と思ってヒマつぶしにその本をめくっていましたね。それで衝撃を受けたのは、小学生4年生くらいの頃やたかな、子供向けの縮尺版なんですが、ヘッセの『車輪の下』。読み終わった時にすごくバッドな気分になりまして。家族でこたつ囲んでいるのに、自分だけ違う場所にいるような気分になりました。そういう経験したのはもう一個あって、ギリシア神話の『ユリディウスとオルフェウス』。短い話ですけれど、ショックを受けたというか。絶対的な絶望、いや、絶望もできないくらいの突き放された気分になりましたね。。

――その時の感覚をずい分鮮明に覚えているんですね。

モブ : 交通事故におうたような衝撃でしたからね、そりゃ忘れんでしょう。まあ、小さい頃のことはわりとよく覚えているほうです。あと、その全集から言うたら、高村光太郎の「ぼろぼろなだちょう」とか覚えていますね。それと、前後してしまいましたが、小学3年生の時に漱石の『坊ちゃん』を読みました。すごく面白かったですね。それまで本はそんなに好きじゃなかったのに、こんな風に楽しく読めるのかって気づかされました。

――じゃあ、そのあたりから、わりと本を読むように?

モブ :  あとは読書感想文のために図書室で借りて読むという程度でしたが、5年生くらいで塾に通いだしたら、そこがええ塾で。生徒がかわりばんこに朗読する授業があって、そこで『ドリトル先生アフリカゆき』とかを読んだり、星新一の『ボッコちゃん』を教えてもらって。それで遠藤周作の『狐狸庵閑話』も教えてもらって、他の作品も読みたくなって、一時期遠藤周作のエッセイはよく読んでましたね。で、狐狸庵先生といえば、マンボウさんと対立するというのは基本ですけど、北杜夫のエッセイも大好きでちょくちょく読んでました。

ドリトル先生アフリカゆき
『ドリトル先生アフリカゆき』
ヒュー・ロフティング (著)
岩波書店
714(税込)
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ボッコちゃん
『ボッコちゃん』
星新一 (著)
新潮社
500円(税込)
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狐狸庵閑話
『狐狸庵閑話』
遠藤周作 (著)
新潮社
700円(税込)
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介護入門
『介護入門』
モブノリオ (著)
文藝春秋
1,050(税込)
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【夢中になった作家たち】

農協 月へ行く
『バブリング創世記』
筒井康隆 (著)
徳間書店
469円(税込)
※品切・重版未定
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農協 月へ行く
『農協 月へ行く』
筒井康隆 (著)
角川書店
504円(税込)
※品切・重版未定
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幻想の未来
『幻想の未来』
筒井康隆 (著)
角川書店
441円(税込)
※品切・重版未定
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エロチック街道
『エロチック街道』
筒井康隆(著)
新潮社
500円(税込)
※絶版
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頭の中がカユいんだ
『頭の中がカユいんだ』
中島らも (著)
双葉社
500(税込)
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未確認尾行物体
『未確認尾行物体』
島田雅彦 (著)
文藝春秋
387円(税込)
※品切・重版未定
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――中学に入ってからもエッセイ中心で?

モブ : 中学の時は筒井康隆一辺倒でした。そもそもは、ビートルズの写真集の限定版を予約して、なかなか連絡ないので本屋に聞きにいったら、本屋の奴がオーダーし忘れていたんです。それで、もう版元にも売り切れといわれ、予約した時に払ったお金を返してもらって、この金をどうしようかと思っていたら、一緒にいたヤンマンっていう友達が、「筒井康隆面白いよ」って言うから、買ってみたんです。それでハマりましたね。『バブリング創世記』『農協月へ行く』『幻想の未来』…。小さな町なんですけれど市内の本屋をハシゴして、文庫の"つ"の棚で筒井康隆の本を探しました。学校の後ろの黒板に「筒井さんの『エロチック街道』が刊行される!」なんてセロテープで貼って先生に「はがせ」って叱られたり(笑)。ただ、読んでいたのは文庫の短編メインでした。

――モブさんにとって、筒井さんの面白さってどこにあったんでしょう。

モブ : その当時漫画も好きだったんですが、筒井さんの作品は漫画やテレビよりも面白いって思ってました。漫画よりも過激な感じがした。中学生にとっては、ちょっといやらしいことも入っているし、いろんなものが作品の中に入っている。もう、時間が経つのも忘れて読みましたね。

――ほかにはそこまでハマる作家はいなかった…?

モブ : 筒井さんの短編は中学時代にほど読んでしまって、それ以降はそこまでハマる人はいなかったですね。その後決定的だったのは、中学の終わりくらいに出た中島らもさんの『頭の中がカユいんだ』。今でいうストリート感覚というか。筒井さんにも不良性はあるけれど、それはアナーキーな感じで、らもさんのはもっと野良犬っぽく感じましたね。時代の舞台も自分たちの時代と近いですし。それから「村八分」というバンド名も知って。高校時代は文学関係なしにらもさんに傾倒して、出る本は全部買っていました。あ、それと景山民夫さんのエッセイは大好きでした。

――文学作品では誰か気になる作家はいましたか?

モブ : 島田雅彦さんの『未確認尾行物体』を友達に借りて読んで、面白さのあまり自分で買いなおしましたね。筒井さんよりも自分たちの世代に近いし、現代の文学を読んでいる、という気がして。そこでまた、手に入るものを全部買って読んだりしていました。

――その頃、自分では何か書いてはいなかったのですか?

モブ : 詩みたいなものを書いたりもしていましたけれどね。とっくにほかしました。下品な言い方…いや、僕の普通の言い方で言うと、オナニーする代わりに書いていたようなもんですからね。今でいうと友達の少ない奴がネットしているのと同じちゃいますか。…小説は書いていなかったですね。一度中学生の時に、怖い小説を書こうとして、主人公が神社に行く場面を自分で怖いな、怖いな思いながら書いていたら、いきなり地震が起きたんですよ。当時関西はめったに地震なんてなかったですから、めっちゃ怖くなって。しかもうち、古い家なんですごく揺れたんですよ。それで、書くのをやめました(笑)。

――じゃあ、小説家志望ではなかったんですか。

モブ : いえ、中学生の頃は小説家になりたかったですね。文集の将来の夢にも筒井康隆さんのような小説家になりたいって書いてましたから。でも、小説家になりたいという気持ちは大学生になった頃にはなくなりましたね。

――代わりに何かなりたいものができたとか?

モブ : いえ、何もしたくなくなって。職につきたいという思いがなくなって、無職でしゃあないから生きていく、みたいな思いを抱いて…そして今に至るわけです(笑)。

【大学生以降の読書歴】

芽むしり仔撃ち
『芽むしり仔撃ち』
大江健三郎 (著)
新潮社
420円(税込)
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われらの時代
『われらの時代』
大江健三郎 (著)
新潮社
460円(税込)
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ピンチランナー調書
『ピンチランナー調書』
大江健三郎 (著)
新潮社
620円(税込)
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――大学時代の読書傾向は?

モブ : 20歳の頃、中上健次は相当読みました。それと、大江健三郎を読みましたね。『芽むしり仔撃ち』や『われらの時代』とか。『ピンチランナー調書』では何度も笑いましたね。筒井さんよりも笑えるって思っていました。言葉でむちゃくちゃなことをやっている感覚で。笑かそう思ってやってるんじゃないんだろうけれど、いったらあかんところまでいってる感覚ですね。大江の文章の笑いという要素に関しては、後に古井由吉さんとも意気投合して、嬉しかったですね。

――え?なぜ古井氏に?

モブ : 僕、一年間だけ東京にいたんです。ニセ学生としていろんな講義を回っていたのですが、東大駒場の自主ゼミで古井さんの授業を受けてもいました。ちなみに声をかけたのは僕なんですが、古井由吉大先生が、3、4人の聴講生相手に授業をやってくれたんですよ。正宗白鳥をテキストにして。

――すごい!

モブ : ほかにも、金井美恵子さんのお姉さんの金井久美子さんや、柄谷行人さんの授業を聞きにいったりしていました。でも文学を真面目にやるというより、当時はバスフィッシングにハマっていたので、都内のめぼしい釣具屋を攻めるのに夢中でした(笑)。

――どんな授業だったんですか?

モブ : 金井さんは授業の最初に「本なんて読んだって何の役にも立たないんだけれど」って言われるような方で。本を丁寧に読むことを教わりましたね。ひとつの本について、そのイメージとテキストは違うものであり、イメージはテキストのリアリティを損なってしまうものであるということについて教わったりとか。金井さんもその一年間だけしか授業をしなかったので、すごく貴重な体験だったと思います。

【東京から実家へ】

――その後は、東京を離れたわけですね。

モブ : 当時は文学で現実の問題を解決できると勘違いしていたんでしょうね。でもこれはちょっと違うだろうと思うようになって。まあ、小説も書かなと思いつつ書いていませんでしたし。それで、実家に帰って、親の会社を手伝って、営業職を3年間やりました。

――その頃は、もう本からも遠ざかっていたんですか。

モブ : 仕事で読まなければいけない本がありました。食品関係だったので、『豆腐の話』なんて本を読んでいました(笑)。文学は読もうと思ってもしんどくて読めなかったり、読んだら読んだで仕事に戻るのが辛かったりとかしたんです。まあ、営業時代のことについては、今度発表した『ダウナー大学』で、その頃のことを書いています。あ、こっちに帰ってくる時に友達が「これ好きなんじゃないか」って言ってくれたのが、クライストの『ミヒャエル・コールハースの運命』で。2年くらい読んでいなかったんですけれど、読んでみたら、めちゃくちゃかっこいい本で。それは読んで久しぶりに熱くなってしまいまたね。

くっすん大黒
『くっすん大黒』
町田康 (著)
文藝春秋
410円(税込)
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――その後は。

モブ : 文学なんてどうでもええわ、とリアルタイムの文学事情から遅れていて、それとはまったく別に町田町蔵さんのことは知っていたのですが、ある時、町蔵さんが本を出したと聞いて、本屋へ行って手にとったのが『くっすん大黒』で。ちょっとめくったら、これはもう、面白いんじゃないかと思って、中学生の時に筒井康隆にのめりこんだのと同じような感覚で、買って帰る電車の中で時間が経つのを忘れて読みましたね。90年代、文学がどんどん面白くなくなってきているなと思うなかで、町田さんだけが面白いと思わせてくれた。小説で面白いことできるんやって、気づかせてくださった。作家としてでなく、一読者として、今でも恩義に感じています。

(2004年9月更新)

取材・文:瀧井朝世

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