« 第50回 | 一覧 | 第52回 »

第51回:池上 永一さん (いけがみ・えいいち)

池上永一さん 写真

沖縄を舞台に、その文化を織り交ぜた鮮やかな作品を発表し続けている池上永一さん。昨年は、温暖化の進んだ近未来の東京を舞台にした長編『シャングリ・ラ』を発表。その世界観、魅力的なキャラクター、意外な方向へ進んでいくストーリー展開に、夢中になった人が続出。そんな彼のルーツはどこにあるのか。読書歴、そして沖縄への思いをたっぷりと語っていただきました。

(プロフィール)1970年、沖縄県石垣市出身。平成6年、早稲田大学在学中に『バガージマヌパ ヌス』で第6回日本ファンタジーノベル大賞を受賞する。平成10年には、『風車 祭(カジマヤー)』が直木賞候補になる。沖縄の伝承と現代が融合した豊かな物語 世界が注目を集める。そのほかの著作に『レキオス』『夏化粧』『ぼくのキャノ ン』『あたしのマブイ見ませんでしたか』などがある。

【 本のお話、はじまりはじまり 】

813の謎 怪盗ルパン 文庫版第6巻
『813の謎 怪盗ルパン 文庫版第6巻』
モーリス ルブラン (著)
ポプラ社
630円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
ルパン対ホームズ 怪盗ルパン 文庫版第3巻
『ルパン対ホームズ 怪盗ルパン 文庫版第3巻』
モーリス ルブラン (著), 南 洋一郎 (著), Maurice Leblanc (原著)
ポプラ社
630円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――池上さんは那覇生まれだそうですが、出身は石垣島ですよね。

池上永一(以下 池上) : 那覇生まれの石垣島育ちなんです。3歳まで那覇の国際通りにいました。当時は九龍城みたいなところでしたよ。アメリカは基地の維持だけ考えていて、沖縄の生活向上を考えず野放し状態だったから、増築につぐ増築の不法建築であふれていて。その一室で育った覚えがあります。建物と建物の間から見える空が縦長だった。復帰後、そうした建築物は全部壊されたので、最後の時期だったんじゃないかな。業務用のクーラーがガンガンに効いて、窓が結露するくらいの部屋だったので、北国育ちみたいに寒さに強いですよ(笑)。

――それから石垣島へ引っ越されて。

池上 : 赤瓦の家が並ぶ古い住宅地で、子供たちはみんな裸足で歩いているのにビックリ。テレビもNHKしか映らなくて、アニメも見られないし。都会から田舎へいったわけで、都会のセレブとしては不本意なんですよ(笑)。漫画も船便で送られてくるので『少年ジャンプ』が1か月遅れて届く。しかも入ったり入らなかったり。書店はなく、よろず屋のような店で本は買っていましたが、選択の幅がない。あるもので我慢するしかないから、田辺聖子とか佐藤愛子とか宇野千代とか…。

――小学生くらいで『生きて行く私』ですか。

池上 : そうそう。選べないんだもん。世の中に図書館というものがあることにも気づくんだけれど、復帰したばかりの頃の沖縄は、めちゃめちゃ貧乏だから冊数も揃っていない。人権団体が「島の子たちへ」と本を送ってきてくれて、でも面白いのがなかなかない。そんななかで、1冊だけ覚えているのが、ポプラ社のルパン・シリーズの『813の謎』。読んだらめちゃくちゃ面白くって、巻末を見たらルパン・シリーズがいっぱいある。でもここにはない、もっと読みたいぞ!…と、どうしようか子供なりに考えるわけです。で、もっと“可哀相な私たち”をアピールすればいいんじゃないか、と思い、横浜だったかの姉妹校の人たちに向けて「鉛筆もありません。ルパン・シリーズが読みたいです」という物乞いのメッセージを出したら…きたんですよ、ルパン・シリーズとシャーロック・ホームズ・シリーズが! 歯抜けでしたけれど。で、僕はルパンに操を捧げるためにホームズは読まないって決めて。

――操、ですか。

池上 : だって探偵と泥棒って敵対関係でしょう。世の中には不誠実で両方読んでいる人たちもいっぱいいたけれど、僕はホームズを読んだら地獄に堕ちると本気で思ってた。でもシリーズに『ホームズ対ルパン』があるんだよね。

――あるある! それはどうしたんですか。

池上 : それはルパン・シリーズの一冊だったから読んでいいことにして。そうしたら、ルパンが勝つんです。やったぜ!みたいな。やっぱりホームズを読んではいけない、オレの中ではルパンはホームズをやっつけたヒーローだ、と思っていたわけです。

【 八重山文化との出会い 】

池上永一さん 写真

――図書館は利用しなかったんですか。

池上 : 県立図書館八重山分館というようなところがあって、本をリクエストすると那覇から届く、というシステムがあることに、中学生くらいで気づいて。でも届くのに2か月くらいかかるわけです。それが待ち遠しいわけ。どう善行を積めばいいのか考えたり、図書館の人と仲良くすれば「この子のためにはやく取り寄せよう」という気になってくれるかと思ったり、もう計算高いけれど、とにかく本が読みたい。それで、館長さんと親しくなろうとして。田舎の図書館の館長さんって、地元の文化人を兼ねている。いわゆる知識人なんですよね。で、今ある本のなかから何か紹介してくれる、ということで大人向けの蔵書から貸してくれる。それで『伊波普猷(いはふ・ゆう)全集』を渡された。で、必ず「どうだった?」と感想を聞かれるので、僕としてははやくルパン全集が読みたいから読むわけです。そうしたら、予想外にこの人の志が、すごくかっこいい!と思って。誰なのこの人は、なんで偉人伝に載ってないの? と。明治の琉球処分があって、沖縄が日本の中に組み込まれて滅びていく時に、沖縄の古謡や言語を残そうとしているんだよね。僕は日本の文化の中に育っていて、方言は喋れるけれど、古代歌謡の「おもろさうし」なんて分からない。自分のルーツってこうなんだ、と衝撃的でした。

――その頃って、沖縄文化は軽視されていた?

池上 : 当時の沖縄って惨めだった。本当に。アメリカに支配されて。支配されると、人って惨めなのよ。卑屈になる。自分たちに誇りがもてなくなるんだよ。日本に組み込まれ捨てられ、アメリカに組み込まれ、また日本に戻って…。がんがん価値観が変わっていく。「どうせ沖縄なんて」と、大人たちが疲れ果てていて、それが子供ながらに嫌だったな。でも反論できなかった。それが、『伊波普猷全集』を読んで、「オレたちのルーツってこうじゃん!」と思えた。誇り高く生きられるバイブルがあるわけですよ。滅び行く民族を残すということをしている、偉人伝だと思った。

――そこから沖縄文化にハマっていったわけですか。

池上 : もっとこういうのが読みたい、と言ったら、今度は“八重山学の父”と呼ばれる喜舎場永c(きしゃば・えいじゅん)の『八重山民俗誌』を教えてもらって。沖縄と八重山ってまた文化や言葉や民俗が違う。それを収集した、伊波晋猷の第一弟子です。自分たちの歴史の中にこんな人がいる、こんなかっこいい大人がいるんだって思って。それで今生きている人では誰がいるのか聞いて、紹介してもらったのが牧野清先生。当時まだ若くて50代でしたね。目の前で見るヒーローですよ。明和の大津波について研究している人で、「これ何?」って聞くと全部教えてくれる。「津波でプカプカ浮いていた石を海から持ってきたら、ある場所で石が重くなった。神様がここに鎮座したいと思っているんだ、ということからこの御嶽(うたき)になった」なんて言われると、物語がぶわっと浮かぶ。それまで通り過ぎてきた自然景観が、突然舞台みたいに見えてくる。それで、もっと聞きたい、と思って、生活の面を、『八重山生活史』を書いた宮城文先生に教えてもらいました。なんで八重山の藁のお守りは、馬の頭みたいに編むのかということなんかを教えてもらうと、それまでみすぼらしいと思っていたものが、すごく大事なものに見えてくるわけです。

池上永一さん 写真

――ずい分突き詰めていったんですね。

池上 : フィクションも好きだけれど、民俗学とか生活史も、僕にとっては物語だったんです。先生たちもほとんど亡くなっているけれど、名声を獲得したわけじゃないけれど、「それでもいい」って言っていた。…もう、ヒーローだよ。

――それが、池上さんの作品のルーツでもある。

池上 : 牧野先生や宮城先生から教わっていたものが染み込んでいて、作家になった時に資料も見なくても書けましたね。両親もまさか自分がこういう風になるとは思っていなかったようで。因習へのこだわりが年寄りみたいだって言われてる(笑)。2年くらい前に本家のおじさんが亡くなって、クラシックなスタイルでお葬式をしようとしていたんだけれど、親戚も葬儀屋もよく分かっていなくて。それで自分が前に出て、ここにこれを置いて、これはああして…って仕切ちゃった。

【 好きだった小説 】

――小説は読まなかったんですか?

池上 : 普通に流行っているものを読んでいたよ。『ノルウェイの森』とか。あれは持っていることが“オサレ”だから(笑)。それと、親戚が外人と結婚して、そこに家に行くと英字の雑誌や本があって。GSが好きだったな、ガートルード・スタイン。内容は前衛的なんだけれど、中学生くらいの単語で書かれているから、単語を拾って読んでいた。漫画もいっぱい読んだよ。『少年ジャンプ』とか。でも1か月遅れで届くから、転校生がくると先の話を知っている。もう、未来から来た人だよね。『リングにかけろ』はそうなるのか! って。最新号を持ってきたりすると、もう未来からの贈り物。奪い合いだよね。毎日転校生がくればいいのにって思ってた。本当に“まれびと”。外からまれびとがやってきてギフトを与えてくえるという。僕にとって“まれびと”論はすごくすんなりいく。

――あと読んでいたものは…。

池上 : 山田詠美の『ジェシーの背骨』とか『晩年の子供』とか。井上ひさしの『吉里吉里人』は小学生のときに読んだ。本を読んでいれば勉強しているふうに見られたから、だから分厚いものを選んで。でも井上さんはほとんど読んだかな。『野球盲導犬チビの告白』とか。あとは順当。筒井康隆の『家族八景』とかの七瀬シリーズとか。あ、氷室冴子の『雑居時代』も読んだ。

――高校からは沖縄本島へ行ったんですよね。

双頭の蛇
『双頭の蛇』
西村 寿行(著)
角川書店
399円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

池上 : 本島はしんどい。基地が。自分の目の前に巨大な暴力装置があるようなもの。でも、軍隊のアメリカは嫌いだけれど、アメリカ文化は好きなんだよね。まさに痛し痒し。僕はできるだけ高校時代は、基地のあるアメリカと仲良くしようとしていた。融和していく方法もあるんじゃないかって。ちょうどアメリカが双子の赤字を抱えていて、円が急上昇した時期が高校生の頃だった。外国人たちが貧乏になっていってデートするお金もなくて基地もおとなしくなっていった。だからいいじゃん、こうやって仲良くやっていこうよ、という気持ちにもなれた。でも湾岸戦争がはじまるととんでもない。たけり狂うアメリカを見て、本当のアメリカってこれだけ怖いんだ、僕は寝ぼけたアメリカと仲良くしようとしていたんだ、と気づきましたけど。あ、思い出した!高校生のときにぐれていて、西村寿行を読みました。『双頭の蛇』とか。バイオレンスありHありの小説。

――ぐれていた?

池上 : 下宿しているところの非常階段の踊り場が定位置だったんだけれど、米軍キャンプが見えるんです。沖縄が水不足で苦しんでいて、水飲みたい、お風呂入りたい、でも断水で水が手に入らない、というときに、キャンプの中では青々と芝生が広がっていて、子供たちがビニールプールに入っていたりする。もう、はあ?と思ってしまうわけ。気分もぐれてくる。そんなときに西村寿行を読んで、バーイオレーンス! って(笑)。

――そして大学に進学するときに、沖縄を出て行く…。

池上 : しんどいから出て行くわ、って。沖縄にいると、自分の中の価値観がガラガラ変わる。でも大学では、ベースに就職したいと思ってた。英語が使えるし国家公務員クラスだし、二つの国を自由に出入りできるようなものだし。でも基地に就職すると、またややこしい人間になるような気がして、ゆれ幅が激しい人生になりそうなので、やめました。

【 学生時代に作家デビュー 】

――でも池上さん、学生時代に受賞してますよね。

池上 : 作家になりたくて、というよりも書いたら受賞した、という感じなんです。それまで何かを表現してみたいとは思っていて、ずっと絵を描いていて。でもテクニックから先に覚えてしまって、大人が喜ぶ絵は描けるけれど、パトスがない。もっと横溢したいと、あふれ出たい、とは思っていた。漫画を書いてもダメで、自分はふたを閉じたままの人間なんだろうな、って。小説は書く気がなかったんだけれど、ちょこちょこって書いてみたら、うわーっと広がっていって。自分が見たかった沖縄が、青い空が見えたんです。沖縄の青い空をずっと見たかったけれど、反戦のイデオロギーで見ていたし、沖縄をコンプレックスで見るように教育されていたから、青いと分かっていたけれど青に感動がない。でも書いてみたら、記憶が鮮明になったんです。あのときこう感じたかった、ということを取り戻した。そうしたら、これもあれもそれも…と蘇ってきて、体と記憶が元に戻った。当時、沖縄文学というと反戦文学で、そのバイアスにみんな引っ張られていたんだけれど、離れてやっと沖縄の海と空を見て、自分の生まれたところはこんなにきれいだったんだと思えた。

――そして、作家としてやっていこうと?

池上 : デビューして作家という選択肢に気づいてから、どうやって作家になろうかと考えはじめました。作家であり続けるための意識が作家たらしめる、というか。そこからすごく作家になりたくなった。それはきっと、強くなりたい、という意味だったんだと思う。人間としてちゃんとしたい、と。今考えてみると、ですが。

――作家になってから読書スタイルは変わりました?

池上 : フィクションを読むとすごく才能を感じて羨ましいー、と思うから、普通に楽しんでいるのとは違うかも。

――どんな作家さんが好きですか?

池上 : 最近では古川日出男さんを読んですごすぎる!って思いましたね。『ベルカ、吠えないのか?』『アラビアの夜の種族』とか。あの人、作品ごとに文体を変えるでしょう?それってどうするの、教えて!と思う。自分は文体に幅がないからキャラで勝負しようとしているときに戸梶圭太さんを読むともう、奇人変人ワールド(笑)。これも自分にはできないっ! って思う。『なぎらツイスター』とか。『未確認家族』には電波系の女がでてくるでしょう。あれもすごくおかしい。読んで、俺が目指しているものをみんなが持っていて、みんなに花束渡したくなる。あとは、ファンタジーノベル系は読むかな。

ベルカ、吠えないのか?
『ベルカ、吠えないのか?』
古川 日出男(著)
文藝春秋
1800円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
アラビアの夜の種族
『アラビアの夜の種族』
古川 日出男(著)
角川書店
2835円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
なぎら☆ツイスター
『なぎら☆ツイスター』
戸梶 圭太(著)
角川書店
1680円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
未確認家族
『未確認家族』
戸梶 圭太(著)
新潮社
620円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

【 文化遺跡を発見! 】

――沖縄文化に関しては、ご自身でも調査などしたりとか?

池上 : 牧野先生から聞いたんですが、まだ日本人が来るのにパスポートが必要で2週間しか滞在が許されない頃、折口信夫がきて。彼は直感主導で物事を見るんですよね。直感に対して現物を組み合わせて、神業みたいな論文を書く。で、絶対に石垣島にこの島のルーツになるお墓がある、それを“天人(てんびと)の墓”と言う、と。それが見つかれば「まれびと」論は完成するんですが、2週間の滞在では見つけることができなかったんです。それを聞いて、僕も折口信夫の本を読み始めて。

風車祭(カジマヤー)
『風車祭(カジマヤー) 』
池上 永一 (著)
文藝春秋
1120円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――天人の墓を探したりとか?

池上 : 別に探そうとはしていなかったんですが、作家になって『風車祭(カジマヤー)』書くときに、見つけちゃった。

――天人の墓を!?

池上 : 書くとき、巫女のツカサの話を聞いたほうがいいと思って、「オバア、話を聞かせて」って訪ねていったら、まあよく喋るオバアで。朝から夜まで喋ってくれて。そのときに夜中まで2人で酒を飲みながら話していたら「前勢岳(まえせだけ)は本当は前後岳(まいしいだけ)だ。何の後ろか知ってるか?」って。

――まえ・うしろと書くんですか?

池上 : “前”は尊重語。で、何の後ろかというと「天人の墓の後ろだ」って。もう、ドッキーン!!!!!として。「見たことあるの?」って聞いたら「ない」って言う。じゃあ調べてみよう、と登記簿を全部あらってみたら、その周囲はぜんぶさとうきび畑になっている。で、誰の畑か確認していったら、誰の土地でもない不明なところがあって。怪しい、と思って、畦もないさとうきび畑の中を、ハブが怖いからゴム長靴をはいて入っていったら、ストーンヘンジみたいな、破線のように石がおかれている。それでツカサのオバアを連れていったら「神様に聞いてみるわ」って言って、そうしたら「うん、天人の墓だ」と。

池上永一さん 写真

――折口信夫の言った通りだったんですね。

池上 : そう。折口も前勢岳一帯をあたっていたから。それで、教育委員会に連絡して、調査したほうがいいと伝えたら、予算が、とか、発掘の優先度が…と役人の論理になっちゃって。じゃあ、自分が書かなきゃ、と思った。僕は学者じゃないから、論文じゃなくて、作家だから物語にして書かなくちゃ、と思ってそれで書いたわけです。

――それが『風車祭』なんですね。

池上 : そう。でも、ここからが辛いんだけれど、漫画版『風車祭』をやろうということになったときに、みんなを案内しようと思っていったら……なくなっていたんです。

――ええっ。

池上 : コンテナがおかれていた。近所の畑の持ち主に聞いたら、「ああ、ブルドーザーでつぶしたよ」って。誰の土地でもないからいいじゃん、みたいな。そのときにも、上の世代の人たちは沖縄の文化に誇りをもっていないことを痛感しました。それで、子供の頃お世話になった図書館の館長に「許せない」って言ったら「それは文化財破壊の一現象を見たにすぎない」って。こういうことは毎年毎年行われている、米軍に爆弾落とされて地形だって変わったし、首里城だった燃えた。僕が見てきたものはかすかに残っているものに過ぎなかった。沖縄って、喪失してるんです。

――多くのものを喪失してきた、と。

池上 : 大人たちのことをプライドがないって嫌ってたけれど、プライドももてなくなっちゃたのかな。自分の土地がレイプされていくのを目の当たりにしても何もできない。沖縄を否定したんじゃなくて、否定されつくしてくれた結果なんだ、と思うと、コンテナを置いたおじさんも同じだよな、と……もう、何も言うことがなくて。
ただ、書いてよかった。まだ間に合ったかな、というのはある。

――そうですよねえ。

池上永一さん 写真

池上 : 今沖縄回帰で自分たちの文化を見直そうと盛り上がっている。表層的なことは、沖縄文化の特異性でアイデンティティを持ちやすい。エイサーはかっこいいし紅型はきれいだし。でもいづれエトスの根源に潜ろうとするときに、何もありません……みたいなことになってやしないか心配です。自分はまだかすかに残っているものを見ている。それを入り口にしてイメージを拡大して書いているけれど、その入り口がなくなったら、どうやって全体を見るんだろう。次の世代の作家は何を書くんだろう? と考えてしまう。でも伊波普猷さんや喜舎場さん、牧野さん、宮城さんたちが、何度でも沖縄を蘇らせようとしている。書物って不滅の魂があるって何度も感じたよ。これを残せばその中から、何度でも立ち上がってくるものがある。自分が書いたものも、そういうもののひとつになればいいなーと思ってるけど、まだまだ。

【 話題作『シャングリ・ラ』 】

シャングリ・ラ
『シャングリ・ラ』
池上 永一 (著)
角川書店
1995円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
レキオス
『レキオス』
池上 永一(著)
角川書店<
860円(税込)
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――話題の『シャングリ・ラ』は、沖縄から離れて、近未来の東京を舞台にしていますね。これは皇居の森を見て思いついたとか。

池上 : そう、森だ森、って思って。軽いノリです。

――近未来の世界が緻密に組み立っていて、相当構想をねられたのではないかと…。

池上 : 構想は毎回の打ち合わせ。

――え?

池上 : 構想しないで連載が始まったんです。でも、書いてみると打ち合わせ通りにはならないので、なんのために打ち合わせしているか分からなかった。で、緻密に見えるだけで、毎回いっぱいいっぱいだったんです!毎回自分が何を書いたのかおさらいしていて、1か月で100枚書いての繰り返し。

――炭素経済などの仕組みはすごいと思いましたよ。

池上 : あれはどうやって考えたんだっけ…?まず炭素経済という言葉を思いついて、そこからデリバティブの本を読んだり。そのままじゃ面白くないから擬人化してメドゥーサを登場させて…。

担当編集者 : その仕組みに関しては、池上さん、矛盾しないように、ものすごく緻密なモデルを作ってらっしゃたんです。

池上 : でも、小難しくならないようには気をつけました。読者を喜ばせたいというのはあるし、ビジュアル誌だったから面白くしないと100枚も読んでもらえない。だからウェブで「モモコ姉さんの人生相談」をやったりして。結果的にたくさんの人が読んでくれてよかった。

――ニューハーフのモモコさんはじめ、魅力的でインパクトのあるキャラクターがたくさん出てくる。

池上 : 全員愛してるよ。モモコ姉さんなんてやりすぎちゃって、最近メールの文章がモモコの口調になってしまう(笑)。

――これからも魅力的な小説をいっぱい読ませてください。

池上 : いつも反省しているんですよね。もうちょっと、知的に“オサレ”に…って。
テーマソングはネスカフェゴールドブレンド。大島紬を着て、♪ダバダ〜……上質を知る作家…って(笑)。

(2006年1月27日更新)

取材・文:瀧井朝世

« 第50回 | 一覧 | 第52回 »