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第57回:中村 航さん (ナカムラ・コウ)

中村 航さん 写真

現代の若者たちを時にキュートに爽やかに、時に切なく描く中村航さん。小学校の時が読書道のピークと語る彼、その読み方もなかなか独自のものがあります。取材当日は「この後、夏祭りなので」と、浴衣姿で登場! 涼しげな笑顔で語る、その読書歴とは?

(プロフィール)
69年、岐阜県生まれ。02年『リレキショ』(河出書房新社刊)で文藝賞受賞。 『夏休み』(河出書房新社刊)が芥川賞候補に。  『ぐるぐるまわるすべり台』(文藝春秋刊)で野間文芸新人賞受賞。

【 本のお話、はじまりはじまり 】

いやいやえん
『いやいやえん』
中川李枝子(著)
福音館書店
1260円(税込)
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おおきなかぶ
『おおきなかぶ (大型本) 』
Niamh Sharkey(著)
ブロンズ新社
1575 円(税込)
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――いつから本を読み始めたか、覚えていますか?

中村 航(以下 中村) : 絵本はなんとなく覚えています。タイトルはあまり覚えていないなあ…。水疱瘡になった時に保育園の先生にもらったりとか、そんなことは覚えているけど。弟が『いやいやえん』『おおきなかぶ』が大好きで、何度も何度も読むわけですよ。そういう風に、自分の好きなものばかりを読む子供もいるけれど、僕にはそういう記憶はないです。

――弟さんのことは覚えているのに。

中村 : そう。なんでコイツはこれだけがこんなに好きなんだ、ってずっと思っていました。

――岐阜のご出身ですよね。どんな幼少時代を?

中村 : うーん。人の話は全然聞かないし、飛んだり跳ねたり、落ち着きはなかった。ただ内気で人見知りで、人前ではおとなしかった。園児なりに、自意識を持てあましていた気がする。好みの女性のタイプは、今より当時のほうがはっきりしていた。長い髪の保母さんか、丸顔の園児。どっちか(笑)。

――自発的に読書をしたりとかは…。

中村 : 本はね、小学校1年か2年の時に『日本昔ばなし』に凝った時期があった。有名なのをだいたい読んでしまって、今度は『世界昔ばなし』を読み始めたけれどなんか面白くない。やっぱり日本だな、と。昔ばなしって、伝承だから無限に種類があるんですが、あるとき岐阜県の昔ばなしにたどり着いた。それを発見したときは、かなり興奮した覚えがあります。読んでみると、ちょっとパクリっぽい吉四六さんとか、名前の違うでいだらぼっちとか、そういうものがある。それに気づくのが面白かった。パンクロックが秋田までいくとちょっとずつナマハゲっぽくなるようなものですかね(笑)。

――そこまでつきつめるとは、凝り性なんですね。

中村 : 今でいうムシキングなんかと一緒だと思いますよ。まずは数の多さに圧倒されるんです。で、コンプリートしたい、という欲が出てくる。玩具やお菓子の類は、手に入らない環境だったから、そういうものをコンプリートするしかなかった。

――なぜ日本の昔ばなしは面白くて、世界の昔ばなしは面白くなかったんでしょうね。

中村 : それはムシキングが好きかポケモンが好きかというようなことでは。

――なるほど。それで、その後、読書にハマっていったんですか。

中村 : それで図書館に行く癖ができて、小学校を卒業するまでは、毎週行って限度冊数借りる、ということを繰り返していた。だいたい次の日に読んでしまうんだけど、気に入るとその週に何度も読む。だから、小学校の時が僕の読書のメインかもしれない。この取材ではこの時期のことをよく聞いといたほうがいいしれませんよ。読書道としてはピークですから。

――おお、そうですか。では、どんなものを読んでいたんでしょう。

中村 : 乱読で、文字ならなんでもよかったんだと思う。意味さえ分かれば新聞でも広告でもよかった。覚えているのは、多分二年生くらいだったと思うんだけど、日曜の午後に広告を熟読していたんです。怪しげな健康食品の広告が面白かった。こんなに全国から感謝の声が届いているんだったら、自分も食べたほうがいいんじゃないか、とか思いながら(笑)。本はだいたい図書館の児童コーナーで借りていて、日本の名作シリーズとか、ポプラ社の本とか、戦争もの、教育的なもの…。あとはルパンとかホームズとか。六年生くらいになると大人のコーナーにも行くようになりました。あんまり面白くなかったけど。

――国内外問わずということですよね。ノンフィクションは? 伝記とか、『シートン動物記』みたいなものとか…。

宇宙戦争
『宇宙戦争』
H.G.ウェルズ(著)
偕成社
735円(税込)
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次郎物語
『次郎物語』
下村湖人(著)
講談社
798円(税込)
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中村 : ああ、読みましたね。伝記はいっぱい読んだし、面白かったんだけれど、この人のようになりたい、とは思わなかった。ああ、このエピソードは絶対後付けだな、とか小学生なりに疑っていた。思いませんか? でも周りの小学生は、偉人のエピソードを信じてたりするから、ああ、小学生を騙すのなんて簡単なんだなー、とか思っている小学生でした。最悪ですね。ああ、そうだ。確か『宇宙戦争』とかいう、火星人が地球に攻めてくる話を、二年生のときに読んで、震えあがったのを覚えてます。多分その、いわゆる翻訳の文体が、それまで読んでいた児童向けの文章と全然違っていて、恐怖が増幅されたんだと思う。当時は、新聞に書いてあることは本当で、本に書いてあることはおはなし、みたいな納得のしかたがあった。だけど、こういう書き方がされているから、これは本当の話かもしれない、と思ってしまった。もう、夜中に何かの音が聞こえると、ちびりそうになる。火星人が攻めてくる、と(笑)。

――他に記憶に残っているものは…。

中村 : いろいろありますけど、不思議なことに「これが好き」という代表的なものはなかった。小学生のときも、そういうことを訊かれるんだけど、答えようがなかった。同級生の女の子と文通みたいなことをしていて、その子は『ベルサイユのばら』がとにかく好きだと言うんです。彼女は何故だか修学旅行にも、その本を持ってきていて、バスの中で読んで泣いているんです。そういう自分のフェイバリットを持つ、ということにちょっとあこがれました。で、「何が好きですか」と聞かれたときの答えとして、小学生の僕が用意したのが『次郎物語』。どうして好きなのかは説明できなかったけど、何回も読んでいたから多分好きだったんだと思う。はじめは1部から5部まであることが画期的だと思ったんです。これは何かが違うと。

――面白いから、というよりも、とにかく活字を読むのが好きだったのかもしれませんね。

中村 : いや、みんな面白いんです。単にお気に入りをあげるのが苦手で、それは音楽とか、映画とかでも同じなんですよ。あ、あと、さっきの『シートン動物記』で思い出したけれど、椋鳩十もコンプリートの対象になった。

――ああ、動物の話ですね。

中村 : 日本昔ばなしと一緒で、図書館にいっぱい揃っているんです。それを制覇しないと気がすまなくて。全部読んだんですよ。すると、パターンが3つか4つあることに気付く。動物の種類が違うだけで、子供が山で動物に出会って、最終的には逃がしてあげるとか、そういうパターンが決まっている。それに気づくのが楽しかった。

――冷めた読み方ですねえ。

中村 : そんなことないですよ! 自分では大発見だって、興奮してたんです。それでそのことを含めて読書感想文を書いたら、コンクールみたいなもので図書券をもらえました。
そのときの学校の先生は、非常に恐ろしい先生だったんだけど、僕の人生で唯一、僕の文章とか絵を褒めてくれた人なんです。まあ最近はたまに他人に文章を褒められることもありますけど(笑)、絵を褒めてくれたのはその先生だけ。へたくそな絵だけど、意気込みがあるって言うんですよ。その先生から本をもらったりしました。今考えると、なんでくれたんだろう…。普通、学校の先生は生徒に本をくれないと思うんだけど、僕とあと二人に本をくれた。もらった三人のうち一人は作家になったし、一人は学校の教師になった。もう一人は歯医者さん。

【 漫画で辿る記憶 】

――中学生になってからは…。

中村 : 小説は新たに歴史小説を読むようになった。あとは漫画ですね。連載を追っていた漫画は、生活で覚えているんですよね。

――生活で覚えている?

中村 : 例えば中学に入る時に坊主にしないといけなかったんですが、はじめて坊主にしに床屋に行った時、そこで『リングにかけろ』の最終回を読んだんですよね。「五年の歳月 見守ってくれて ありがとう…… いつか… いつかまた……」っていう終わりを読みながら、ウィーン(バリカンの音)って…(笑)。あとは、ちょうど『キャプテン翼』が始まっていて、中学に入ってサッカー部に入ったり、とか。少し後になると、年末に『北斗の拳』のレイがラオウを倒しにいって、正月あけてはじめて学校に行ったら、レイがラオウに指一本でやられていた、とかそういうことを覚えています。その年はラオウであけたわけですよ(笑)。

リングにかけろ1 (Round1)
『リングにかけろ1 (Round1) 』
車田正美(著)
集英社
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キャプテン翼 (1)
『キャプテン翼(1) 文庫判』
高橋陽一(著)
集英社
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北斗の拳 (1)
『北斗の拳(1) 文庫判』
原 哲夫(著)
集英社
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ライ麦畑でつかまえて
『ライ麦畑でつかまえて』
J.D.サリンジャー(著)
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――学校で流行ってまわし読みをした作家とか本とかはなかったんですか。

中村 : 女の子たちが耽美系の小説をまわして読んでいたのは知っています。あと、愛読本は『ライ麦畑でつかまえて』って書いている子がいて、ちょっとドキドキしたりとか。だけど僕らの周りでは、ラオウとか翼くんでした。砂場でオーバーヘッドキックの練習をしたり、自分のシュートに名前付けてたりしてた。「○○・ショット」とかって。○○の部分は、恥ずかしすぎて言えませんが(笑)。

――サッカー少年だったんですね。

中村 : 中学の時はそんな感じでした。図書館にもその頃は、あまり行かなくなっていた。

――その頃、将来は何になりたいと思っていたんでしょうか。

中村 : 特にイメージしていなかったけど、何かの記者をするのは、面白そうかなって思ってた。

――書くことは好きだったんですか。

中村 : そうかもしれない。夏休みの自由研究で、小説を書いたりしていた。自由研究って全然自由ではなくて、まあ観察したり、調べたりするんですけど、結果が分かってないことをやりたいと思って。

――内容は。

中村 : 何故だか歴史小説だった。戦国武将かが出てきて、戦うような話。何枚くらい書いたのかなあ…。

――高校に入ってからは?

中村 : 読書道からは外れていました。バンドを組んだり、映画を作ったり、演劇もやった。だけど基本的には何もやってなかった感じです。早くこの街を出たい、とそればかりを考えていた。

――大学に入って東京へ?

中村 : ええ。大学にもバイト先にも友だちがいないんだけど、バンド仲間だけはできた。曲を創っては、何かを成し遂げた気になっていた。読書はあまりしていなくて、雑誌を読むくらい。

――雑誌は何を?

中村 : 漫画雑誌とか、格闘技の雑誌とか、宝島とか。あとは音楽系でPLAYERとか、ドラムマガジンとか、SOUND&RECORDINGマガジン。バンドのメンバー募集をしたり、楽器の売り買いをするのに、ネットがなかったので雑誌がそういう役割をしていたんです。住所、氏名、年齢、電話番号とか、個人情報を平気で書いていました(笑)。そういう雑誌を通じて、いろんな人と会ったなあ。名前とか全然覚えてなくても、プレイスタイルとか楽器とかは覚えている。池袋のリッチーは上手かったなあ、とか。本はときどき思いついて買うくらいだった。

ノーライフキング
『ノーライフキング』
いとうせいこう(著)
新潮社
ISBN : 4101250111

――どんな作品を?

中村 : 言葉の響きに興味をもって、萩原朔太郎とか、中原中也とか、宮沢賢治とかを買って読んでみたり。あと『ライ麦畑でつかまえて』を見つけて、そういえばあいつ…と思って買ってみたり(笑)。リアルタイムで出た新刊では、いとうせいこうさんの『ノーライフキング』だけかもしれない。椎名誠さんも読んだかなあ。あとは生協に揃っている現代新書のようなもので、興味を引かれたものを買いました。古代文明についての本とか、キリスト教についてとか、ビザンティン帝国とか、日本神話について書かれたものとか。

――中村さんは、理系なんですよね。

中村 : ええ。ただ大学は工業大学だから、あまり抽象的で難しいことを考える感じではなくて、実験や演習が多かった。ロボット動かしたり、車を輪切りにしたり、図面引いたり、プログラミングしたりしてなんぼ、だったのかな。

――卒業後は?

中村 : 就職してメーカーで働いていました。エンジニアをやっていたんです。

――忙しかった?

中村 : それなりに忙しい時期はあったけど、バンド活動もそれまでと同じようにしていたわけだから、大した忙しさではなかったと思います。仕事は、いつ辞めてもいいと思っていたけど、反面、とにかく誠実に真剣にやろう、と思っていた。通勤は原付バイクだったので、電車で本を読むということもなかったですね。

【 小説家を志して読書復活 】

――小説を書き始めたのは?

中村 : バンドをやめて、明日から何をやろうと思った時に、友人に小説を書けばって勧められたんです。気軽な言葉だったんですけれど、だんだん自分のなかで、明確な意志になってきた。そんなに簡単に書けるとは思っていなかったけど、核の部分で自信めいたものもあった。モノを創る、表現するってことには、いっぱしのこだわりがあって、それはそれまでやってきた作詞作曲も、小説も変わらないと思っていたし。創作をする態度というか、頭の使い方とか、精神のあり方みたいなところ、そこに降りていく方法、取捨選択や、大切にすべきこと。それらは実際、小説でも音楽でも変わらなかった。小説はやっぱり一人で書くものだし、作業スパンも長いから、そういうところは違うけど。
あと、そう、子供の頃のことは思い出しました。すげー読んでいたな、とか、何かそういえば書いたことがあったな、褒められたこともあったな、なんてことは、案外、自分の力になりました。
初めて書いたときは、自分に対するテストだったんですよ。これくらいの枚数をこれぐらいの日程で書けるか、ということを試すつもりで書いた。そうしたら自分にとっては面白いものが書けたので、これなら本格的に書いてみたいな、と思いました。そこから意識して本を読み始めたんです。

――現代作家を読み始めたんですね。

中村 : そうですね。まずはどういうジャンルのどういう小説があるか、ということから入った。村上春樹、村上龍、吉本ばなな、江國香織…。まあ、要するに、書店で目立つ順でしたね。こういうのが流行っているんだな、ってバーッと読んでいった。ちょっと古い書籍を読んでも、すごく新鮮に感じました。こういう小説が、こういう形で発表されていたんだなあって。その頃は、長野県の岡谷に出張していたんです。月曜に出て、金曜か土曜に戻るという生活をしていたんですが、休日に東京で本を何冊か入手して、岡谷に持っていくようにしていた。向こうでは仕事以外の時間は、ずっと本を読んでいました。他にすることもなかったから。寒かったなー、岡谷は。あと図書館にもまた行くようになった。

――図書館では、どう選んでいたんですか。

中村 : 書店では売れ筋の商品が並んでいて、なんとなく系列もわかるんだけど、図書館では全てがフラットに並んでいる。何がどうなのか分からなくて、純文学という言葉も分からなかった。だから「あ」から順番に読んでいきました。面白いものもあり、そうでないものもあり、読んでよかったと思うものもあり、自分とはまったく関係のないものもある…ということがだんだん分かってきて。でもとにかく楽しんで読んでいました。僕は今まで全然読んでいなかったんだな、とも思ったし、ああ、こういうことはもう書かれちゃってるんだ、というのもあった。

――その後、お仕事を辞めたんですよね。

中村 : ええ。29歳で書こうと思って辞めた。いろいろ一回りして、書きどきだと思った。読書体験は薄いが、体験ならある。お金も貯めた。20台最後の29歳というのも、辞めるにちょうどいい年齢だと思ったし、その年は1999年だった。頃合いだろうと(笑)。

――再就職ですか?

中村 : その後は、とにかく書くことを中心に生活しようと思ってました。執筆をしながらできる仕事を考えて、塾で勉強を教えたりしていました。

――仕事を辞めて小説を書こう、と思う決意がすごい。

中村 : それは案外、自然だったんですよ。バンドを続けていたって、会社にいることが妨げになるんだったら辞めていたと思うし。ただ、僕らはそこまではいかなかっただけ。でも、小説は自分一人の問題だから。シンプルに机に向かえばいいんだから、そのためにできることは全部しようと思った。仕事を辞めること以外にも、禁煙したり、車を売ったり、引っ越ししたり…。数少ない友だちとも会わなくなって、とにかく机に向かった。それら全部含めて、新たな生活を構築することは楽しかったですよ。つらかったのは禁煙だけです(笑)。

――受賞されたのは。

中村 : 02年だから、…31歳の時かな。椋鳩十の読書感想文以来の受賞です(笑)。

【 作家になってからの読書生活 】

リレキショ
『リレキショ』
中村 航(著)
河出書房新社
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ぐるぐるまわるすべり台
『ぐるぐるまわるすべり台』
中村 航(著)
文藝春秋
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夏休み
『夏休み』
中村 航(著)
河出書房新社
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――読書の仕方は変わりましたか?

中村 : 変わりました。読みたい時期と、読みたくない時期があって、自分のテキストに集中したいときは読みたくないし、自分のテキストを一旦忘れたいときは、読みたい。書き進めている時は読まないけど、書いたものを直している時は読む、という感じです。直しているときは、自分のテキストを何度も読んでいるから殆ど暗記しちゃう。そういうときは自分のテキストを忘れたいんですよね。だから読む。1週間くらい、他に何にもせず読むこともある。極端なんですよ。

――本屋には行きますか。

中村 : どこかに出かけるときには、たいてい寄ります。書店って、新しいものしか置いていないんだってことを、自分が本を出すようになってから実感しました。文芸の新刊は、月刊誌のペースで店頭からなくなりますよね。自分も読み手であり受け取り手であるけれど、ちゃんと瞬間をとらえないと、後で読めばいいなーというわけにはいかない。面白いものを探し出すって、案外難しいなって思うんです。
読書ってやっぱり個人的なものだから、レビューみたいなものも、あんまり役にはたたなかったりする。だから自分の好きなもの、自分に合うものを探すのは大変で、だからこそ、僕は自分の読者のことがすごく好きです。よくぞ見つけだしてくれたと思う。実際、現時点で僕に気づいている人はすごいですよ。だから彼らのことは、すごく愛しています。
この前ね、友人のミュージシャンが初めて武道館ライブをやって、最後にとっても印象的な笑顔で「I LOVE YOU」って言ったんですけどね、もう撃ち抜かれましたよ。それでね、僕も読者に言いたいなと思って、でも武道館には立てないから、今言います。I LOVE YOUです、と(笑)。
僕は多分、ただ一人の読者に向けて書いていると思うんです。読まれるということは、読者と僕が出会うことだと思っている。会っても、黙殺されるかもしれないし、すれ違いに終わるかもしれない。でも僕らはハイタッチを交わせるかもしれないし、同じ歌を歌えるかもしれないし、友だちになれるかもしれない。まあ、武道館には立てないから、こういうところで強調しておきます。大好きですよー。

――「はじまりの三部作」は、全部文庫になりましたね。

中村 : ええ。文庫解説は注目ですよ。『リレキショ』がGOING UNDER GROUNDの河野丈洋さん、『ぐるぐるまわるすべり台』が真心ブラザーズの桜井秀俊さん、『夏休み』がゴスペラーズの酒井雄二さんなんですが、それぞれ芸もあるし、内容も素晴らしい。ちょっとこれには感心しました。

――『I LOVE YOU』に続くアンソロジー『LOVE or LIKE』も刊行されました。

中村 : 「ハミングライフ」という短編を書いてます。他に石田衣良さん、中田永一さん、本多孝好さん、真伏修三さん、山本幸久さんの作品が載っています。『I LOVE YOU』は、愛してるってことが共通テーマだし、『LOVE or LIKE』はLOVEなのか、それともはLIKEなのか? みたいなことがテーマになってますが、僕の小説だけ両方とも独自路線で駆け抜けてます。すいません(笑)。

――新刊の予定は。

中村 : 一番新しい本は『100回泣くこと』。今後の予定は10月末に単行本を出します。詳しくはまだ言えませんが「恋」という言葉がタイトルに入ります。それから早ければ12月くらいに絵本を出します。絵を描くのは盟友、宮尾和孝です。

――最近、恋愛小説づいていますね。

中村 : ああ…。何か最近、「中村さん、どうすればモテるようになりますか?」とかそういう取材が来るようになった。正直、どんな顔してその問いに答えようかと、もてあまし気味です(笑)。まあ、今度の小説はタイトルに「恋」と入りますが、驚きの内容になると思いますよ。まずは執筆、頑張ります。

I LOVE YOU
『I LOVE YOU』
伊坂幸太郎ほか(著)
祥伝社
1680円(税込)
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LOVE or LIKE
『LOVE or LIKE』
石田衣良ほか(著)
祥伝社
1680円(税込)
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100回泣くこと
『100回泣くこと』
中村 航(著)
小学館
1365円(税込)
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(2006年7月28日更新)

取材・文:瀧井朝世

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