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  黒と茶の幻想  黒と茶の幻想
  【講談社】
  恩田陸
  本体 2,000円
  2001/12
  ISBN-4062110970
 

 
  石井 英和
  評価:D
  全619ペ−ジ。要約します。4人の男女が際限のないお喋りをします。以上。いや、それだけでしょう、起こる出来事は?そこから浮かび上がってくる物語はいくつかあるけれど、どれもどこかで聞いた話の断片のようで、退屈。いや、それ以前に、せせこましい話題ばかりでうんざりしてしまう。なんか縄文杉らしきものを見に行く話のようだけれども、その状況設定にも特に意味があるとは思えず。「その環境だからこそ生まれた会話」だって?観光パンフレット程度の浅い情景描写なのに?それに、山奥で遭難でもすればまだしも、夜毎ホテルに帰ってはディナ−とか食いながらの、のんきな談話会ではなあ。そもそも異常なお喋りの4人組、どこへ行こうと同じでしょ?まあ、著者の様々なウンチクを心行くまで味わいたいとお考えの、忠実なファンの方には楽しめる内容でしょう。

 
  今井 義男
  評価:A
  四人の男女が訪れた太古の森。同窓会気分と裏腹に空気はピンと張りつめている。ゲーム感覚を装った言葉のやりとりが、ただならぬ破局を予感させ、互いの包み隠した感情が、この上なくスリリングな心理劇を醸成する。圧倒的な自然を前に、それぞれの胸に去来するおぼろげな残像。四者四様の回想が導き出した、ある失踪事件の裏側には、ガラスのように危うげな愛があった。最終章を蒔生ではなく節子の視点で語らせた構成が巧妙である。ついついろくでもない修羅場を想像してしまったが、この作家がそんなありきたりなこと書くわけがなかった。もっとも、予想どおりにいかないから、読む甲斐もある。これだけの質量で寸分のたるみもないのはさすが。新作の度に新しいカードを切る恩田陸の進化は留まるところをしらない。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  学生時代の友人男女4名が一緒に旅に出る。4人とも美男美女で頭が良くて、現在それなりに納得の行く暮らしをしていると思われる39歳。利枝子、彰彦、蒔生、節子の順でそれぞれが語り手となって自分はあの時こうだった、彼は、彼女は、あんなことを言った・・・と共に過ごした時代を振り返りつつ、4部構成で話が進む。だんだんと互いの微妙な好意関係がもつれていたことがわかってくるという仕掛けだ。利枝子、彰彦、あたりまではその心情と4人の関係の真実に引かれて読み進んだが、今ひとつ謎が足りない。第3部の蒔生が、私が好かぬタイプの自己中心男(結婚相手にしたい質問が、『私のことを理解しようとしないでくれますか』だと。しないよ、誰も)だ、ということもあるのだが。もしかして4人の話の順番が逆だったら良かったんじゃないのか。最初に真打が出てきてしまった、という印象だ。

 
  阪本 直子
  評価:AAA
  最初、実はちょっと違和感があった。地の文は何か純文学風。Y島、J杉、という書き方も気になるし。素直に屋久島と縄文杉でいいじゃない。だけどカギカッコ内の会話を読むと印象が変わる。とびきりイキのいいミステリだ。暫くまごまごした後で気がついた。別に文体が齟齬をきたしてる訳でも何でもない。最初の語り手、利枝子のキャラクターだ。それに、一緒に屋久島へやって来たこの旧友4人組は、それぞれ心に色々なものを抱えている。内心の独白は、声に出される会話とはトーンが違っていて当たり前なのだ。
 それにしても本書の贅沢なこと。森の中を歩きながら語られた謎の数ときたら! “日常の謎”から“封印された過去”まで、解決されても公表はされない“真相”も……。ゆうにアンソロジー1冊分はあります。
 ただ、一つだけあらさがしを。学生時代の回想シーンに、冒頭に出てきた潔が1回くらい登場してほしかったなあ。

 
  谷家 幸子
  評価:B
  これはねえ、どうなんでしょう。世代によって感じ方がものすごく違ってくるのでは。
ちなみに、私は作者と(確か)同世代のせいか、利枝子、彰彦、蒔生、節子という登場人物たちが語るさまざまが、いちいちリアルに胸に響いてきて、ある種ノスタルジックな気分に浸ってしまった。
だけど、軸となる「謎」は、確かに「謎」の持つ美しさをたたえていると思うのに、ここまでぎっしり書き込んで引っ張って平手打ちで終わりかい、と拍子抜けしたのも事実。そういえば、この世代が子供のころはやったマンガってよく平手打ちが出てきたよね(って言っても若人のみなさんにはわからんでしょうが)。がきんちょの私もなぜだかあこがれたものです。
「物語」を読んでるという充実感に、楽しくたっぷり浸れる作品。ただし、普段めったに本を読まない人たちには、この内容でこの厚さは絶対もたないなあ、きっと。

 
  仲田 卓央
  評価:A
  帯には「恩田陸の全てがつまった最高長編」とある。帯の惹句というものはたいていの場合、嘘とは言わないまでも相当の誇大広告であることが常識である。しかし『黒と茶の幻想』に関しては、嘘ではないし誇大広告でもない。
 きわめて個人的には「恩田陸の最高傑作は『六番目の小夜子』だろう」と頑迷に思っていて、その感想は『ドミノ』までの恩田作品を読んでも変わることはなかった。というのも恩田陸は、物の分かってしまった大人よりも、自分の一歩前しか見えていないようなガキを描くのが上手な人、と思い込んでいたからなのだ。しかし、三十半ばの男女を主人公に据えた本作では、「昔のガキがどうやって今の大人になるのか」、つまり「人は何を失って、何を失わないのか」が見事に描かれている。それを大人になりきれない大人、子供だった頃、学生だった頃に戻りたい大人の物語としてではなく描く腕前は、凄い。六百頁強の長編で、しかも重たい本だが、買って損ナシ。旅行にでも行くときに、ゆっくり時間をかけて読むことをお勧めしたい。

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