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  過ぐる川、烟る橋  過ぐる川、烟る橋
  【新潮文庫】
  鷺沢萠
  本体 400円
  2002/2
  ISBN-4101325170
 

 
  石崎 由里子
  評価:A
   この本を読んで、まだ語るべき言葉はあるとしたら、生き続けるしかない、ということだろうか。
 人生は、行く先々で枝分かれする道を選び進む、その繰り返しだ。方角を間違えて失敗に気がついても、それが自分一人で決断したものなら、自分の判断で進退を決めればいい。
 しかし、人は人と関係しながら生きている。問題はより複雑になるし、その要因を探ろうにも、一つに絞ることが難しい。時間をかけて丹念に縒られてしまった原因の糸は、たいていの場合、解くことが困難で、ときには、よりいっそう捩れてしまうものだ。
 この作品に強く惹かれたのは、複雑な糸を手に絡めながらも、不器用に、懸命に生き続けている人たちが描かれていると、感じられるからだ。

 
  内山 沙貴
  評価:E
   人の半生という巨大な物語の過去と現在が淡々と浮き彫りになってゆく。「なしてこげんことになったっちゃろうか」本当に選びたかった道は何重にも重ねられたヴェールの向こう、それを探し当てる間もないまま、彼らはひたすら世間を生きた。ただ、思い通りには生きられないものだといつかは知るのかもしれないけれど、ノスタルジックだかなんだか知らないが大きな成功を収めて今は幸せな家族のうちにある主人公が思い出という幻想に浸る姿を見て、人生そんなに舐めるなよと感じてしまう。記憶が特急列車のように現在の主人公に追いつき、強烈な今の姿を焼きつけながら、未来は靄に烟る橋の向こうに消える。レトリックは素敵だったが、話に対しては反感ばかり感じてしまった。

 
  大場 義行
  評価:B
   読まず嫌いで鷺沢萠は読んでいなかったのだが、こんなに湿度の高いものを書くとは思わなかった。演歌の世界を小説にしたような、それでいてプロレスという違和感が面白かった。この感じの世界を書くのは夢枕獏だけだと思っていた自分が恥ずかしい。ふと蘇る過去は今までの自分になるまでの道のりや親友、女との顛末。しかしこの回想している現実の時間は一瞬というこの対比が美しく、忘れがたいものになっている。なんとなく時間の進みが遅いのか、感傷的すぎるのか、じめっとした感はいなめないが、ちょっとこれは電車の中でさらりと読むのには惜しいものかもしれない。鷺沢萠、読まず嫌い止めますです。

 
  北山 玲子
  評価:A
   鷺沢萠は、初期の数冊ほどを読んだくらいで、自分の中では興味のない作家だった。本作もその程度の気持ちで読み始めたのだが、正直、やられた。ラストの展開に感動してしまったのだ。プロレスラーとして大成した男・篤志が過去を振り返り、青春時代を共に過ごした勇とユキに再会するまでの話。たいしてやる気もないまま入ったプロレスで成功する篤志と、頑張ればうまくいくと信じて失敗する勇。この対照的な二人の生き方が人生のせつなさと皮肉を見せ付ける。月並みな言い方だけれど、ほんとに人生って残酷。過去に想いを馳せる、そのベクトルが大きい分、ラストの篤志の喪失感がものすごい反動となって読み手にぐっと突き刺さる。それにしても、男二人に女一人の関係って必ず、女は、弱くてダメなほうの男になびく。これって女の本能なのか?

 
  操上 恭子
  評価:B-
   私はスポーツが好きではないし、特に格闘技は大嫌いなので、この元プロレスラーという設定の主人公に始めから、退いてしまっていた。これはコンプレックスを伴った偏見であることをはっきりと自覚しているので、関係者の方には申し訳ないけれど、肉体を使ったショーを生業にしている人々に、心や頭を求めてもしょうがないと思ってしまうのだ。これはその元プロレスラーの心の機微が語られる小説だ。これがなかなか読ませるのである。特に何が起こるわけでもない。ただ、青春時代からの思い出をたどるだけ。でも、その中で語られるいくつかの岐路の向こうに、あったかもしれない未来が透けて見える。そして、最後にはどうしようもない現実を確認して夜はふけていく。切ない。だが、言ってしまえは何のことはない、酒の上での一夜の感傷だ。それを180ページの小作品に見事に仕上げたのは、見ればまだ若い女性作家なのだ。是非他の作品も読んでみなくては。

 
  佐久間 素子
  評価:C
   読後に残る白々したやるせなさは、絶望と呼ぶには淡すぎる。あきらめという言葉なら少しは近いかな。驚いたことに、作者は30才そこそこで、この小説を書いてしまっている。30才という年齢は、退屈な人生に絶望していたとしても、全てをあきらめられる程、年をとっているわけじゃない。少なくとも私はそう思う。だから、といってはなんだけど、作者の描き出すやるせなさが、リアルなのかうそっぱちなのか、判断がつきかねるのだ。ただ、そうした思いに鈍感なだけかもしれないのだけれど。全体に、地味で手堅く、生真面目なところが、ちょっと前の純文学な感じ。騒々しい日々までもが、この世界では、ひっそりと音が無い。

 
  山田 岳
  評価:B
   鷺沢萠はオヤジ.キラーである。高度成長時代もオイル.ショックも'68年生まれの作家本人には、さして記憶に残っているはずがないのに、みごとに時代の空気を伝えている。そして「憶えていないほど遠い昔の、何か取り返しのつかないような忘れものを無理矢理思い出させられているような気にどうしてだかなるのだった」というフレーズ。同年代の男性作家では、なかなかさまになるものではない。

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