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  もう起きちゃいかがと、わたしは歌う  もう起きちゃいかがと、わたしは歌う
  【青山出版社】
  西田俊也
  本体 各1,500円
  2002/1
  ISBN-4899980299
 

 
  石井 英和
  評価:B
   読み始めには、登場人物たちのどうでもいいような会話が妙に新鮮で、これで主人公が恋愛になんか悩んでいなければもっと快いのにと思ったのだが、小説のテ−マはそちらの方にあったのだった。採点員を始める前には読む機会も少なかった恋愛に関する小説だが、いくつかに接してみて知ったのは、それらの多くが実はナルシズム小説だということ。恋愛や人生に関するあれこれについて書き込んだ文字群を前に「俺ってうまいこと言うよなあ」と溜め息をつく著者の顔が見えてくるような作品がほとんどと言っていい。この作品は、その「うまいこと言う」対象の選び方のベクトルが他の作家とややずれていて、そこが何か新鮮に感じられたのだった。もっともその部分も作品を読み慣れて行くと、パタ−ンが分かってしまって新鮮さは失われてしまうのだが。

 
  今井 義男
  評価:AA
   思い通りにならない、煩わしい、疲れた、そこから逃げたくなる理由はいくらでもある。逃げが負けと解釈される社会では逃げ出すにも相当なエネルギーがいる。東子は妻子ある男との恋から逃避した。漂着した先には、やはり現実に背を向けた父と二人の息子がいる。あくせくしていず、時間の流れから取り残されたような親子である。なんだかマイナス思考の人間どうしが傷を舐めあう話と誤解されそうだが、少しちがう。彼らの選択を逃げととるか、休息ととるかで読者の目に映る風景は百八十度変わったものになる。タイトルの絶妙なニュアンスがこの作品のすべてだといっていい。は? 肩の力を抜けない、途中下車も寄り道も許せない、人を勝ち負けでしか評価できない、そうですか、それならこの小説本気で苛つきますよきっと。

 
  唐木 幸子
  評価:C
   何を今更、であるが、携帯電話というものは恋愛の形態を変えたとつくづく思う。その昔、私の勤めている会社では、男子独身寮の住人が何故か寮のロビーの電話を使わずに夜道を歩いて公衆電話をかけに行く姿が見られるようになったら、結婚が近いぞ、というイワレがあった。良い時代だったなあ、そのくらい電話をかけるという行為が特別なことであり、苦労して彼がかけてくれているという感謝があった。こんなに携帯電話が普及してしまうと、軽く連絡を取り合って当たり前、ちょっと電話をかけないと愛がなくなった、メール返さないと一体どうしたの、と言うことになる。便利すぎて恋愛から自由度がなくなって今の若い人、大変だろう。その緊縛から逃れるには、本書の主人公のように【圏外】へ逃げるしかない。しかし本当に不倫の彼を忘れたかったら携帯を投げ捨てると思うけど。
文の流れが心理の移ろいそのままを描いている感じで決して悪くはないのだが、肝心の不倫相手があまりにもつまらん男で腹立たしく、もうちょっとでDになりそうなC。

 
  阪本 直子
  評価:C
   廃墟のホテルで自殺未遂をした東子。それを助けた日葉。弟の月遥。友人達も近所の住人も、皆何かが決定的におかしい。全員確かに現代日本の三十過ぎの成人ばかりなのだけれど、揃いも揃ってヘンなのだ。京都と滋賀と奈良の県境、50戸ほどしかない集落は、携帯電話の「圏外」だ。“生産的”なことは何もなされない、夏休みのような日々……。
 という世界、本来私は嫌いじゃないのです。ヘンな連中に対する作者の目が、決して嗤ったり見下したりしていないのにも好感が持てる。しかしだ。センチメンタルは、自分が思うほど美しくない。と帯にある。作中に出てくるこの言葉、そっくりそのまま、この小説と作者に向かって言いたくなってしまうのだよ。
 文体が、ねえ。「携帯電話という丸太に乗り、海を漂っていた」「わたしは冷蔵庫のなかにはいったばかりの、ママプリンみたいだった」……1個や2個ならまだしも、全編この調子なのはちょっときついぞ。

 
  谷家 幸子
  評価:D
   私はひねくれ者である。
そして、このひねくれ魂をいたく刺激するタイプの作品。
読んでる間中ずっと、「要するにさー、どう感じて欲しいわけ?」という悪態が、頭の中をぐるぐる渦巻いていた。
純粋無垢なるがゆえに世間の枠から少しはみ出し、少し疲れ、少し壊れてしまった人たちの姿を暖かいまなざしで描く、という辺りが作者の意図なのだろうと思われる。というかそうとしか取りようがない。
しかし、いくら昨今精神年齢が下がっているからといって、30過ぎた(40過ぎたのもいる)大人にしちゃ、あまりにもみんなおさな過ぎるのではないだろうか?
個々の抱える屈託なんてそれこそ千差万別、悩みに若いも大人もないかもしれないけど、それにしてもだ。はっきり言って、登場人物の誰の心情にも共感はわかず、しらけた気分ばかりが募ってしまった。
純粋すぎて生きにくそうな人というのは、確かにいる。しかし、それは他人の目から見て感じることで、自分で主張されては、自己陶酔の鼻持ちならなさしか感じない。
やっぱり、私って性格悪いなあ。

 
  仲田 卓央
  評価:B
   ちょっと良い格好し過ぎである。まあ、フィクションなのだからそれでも良いのかもしれないが、こんなに格好つけられると、ちょっと困るし、鼻にもつく。しかも出てくる人々が基本的に善人であるから、いかにも嘘っぽく、作り話っぽく映るのだ。しかしまあ、それを除けば、なかなか良い小説である。なにしろ、適当に優しくて、適当に冷たい。生きてることに疲れ果ている人に向かって、「がんばれ」と声をかけたり、入院している人に向かって「調子はどうだ」と聞くような無神経さが幅を利かせているこの世界で、こんなに優しくて冷たい小説はそれだけでも価値がある。でも、そこで立ち止まっているのが惜しいとも言える。疲れているときは眠ることが一番だけど、起きなきゃいけない時はきっとやってくる。眠っている人を起こす力があればとても素晴らしい作品になるのに。

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