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  はぐれ牡丹  はぐれ牡丹
  【角川春樹事務所】
  山本一力
  本体 各1,600円
  2002/3
  ISBN-4894569361
 

 
  石井 英和
  評価:A
   物語の語り出しを読み、ああ、いつもの・・・といっても、この著者の作品に接するのはこれが2度目でしかない訳で、著者のパブリック・イメ−ジという意味になるのだが・・・いつもの江戸下町の人情噺が始まるのかなと予想したのだが、どうして、幕府のご政道にまで絡む、なかなかにスケ−ルの大きな陰謀噺が展開されたのは意外だった。思わず、手に汗を握り、読み込まされてしまった。が・・・読み終え、作品を冷静に振り返ってみると、「謎」の提示の要領が悪かったりくどかったり、また、なぜ「牡丹」が咲くと、このような段取りが予定通り可能になるのか?をはじめとして、論理的には納得行く事ばかりで出来上がっている訳でもない。要するにこの作品もまた、「得意の人情噺」の変奏曲であるのだろう。「理」ではなく「情」が支配する世界の物語なのだ。

 
  今井 義男
  評価:B
   頬を撫でる春先の風。江戸は深川の裏店。勝気で働き者の女がいて、元気な子供がいて、道理をわきまえた男がいる。もうそれだけで山本一力の世界である。読み手にとってこの安定感は貴重だ。贋金作りという、素人の手に余る事件をテンポよく処理する手際も鮮やかで、底辺に隠し持った酷薄さをちらりと覗かせる松前屋と寅吉の悪人ぶりも堂に入っている。どの役者も過不足なく、十分に楽しめる作品だとは思うが、後半やや急ぎすぎたきらいもある。丹誠を凝らした名作『あかね空』に比べると一段見劣りがしてしまうのもまた事実。高く評価された作品のあとでは、さぞやりにくかろうが、この作家には今後も更なる高みを目指してもらいたい。そう願うのは私だけではないはずだ。

 
  唐木 幸子
  評価:C
   何も開幕7連勝もしなくても良いから、監督は岡田彰布の方が良かった、と思う阪神ファンは私だけだろうか。私は中学・高校時代に甲子園で何度も星野仙一を見て、あの威圧感、存在感と共に、星野イコール恐るべき中日ドラゴンズの人として娘心にインプットされているのだ。これで阪神が優勝したら嬉しいか、と問われたら、うーん、嬉しいけれど醒めてるかも、と今から思う次第である。何の話かというと、上記の気持ちは、直木賞受賞作の『あかね空』を読んだ後に受賞後第1作の本書を読んで感じた違和感と共通しているものがあるのだ。突出した主人公不在で増え広がる登場人物と、余り興味を引かない、面白くない贋金作りの背景。何かと華々しいけどどこかつまらない感じ。著者のこれまでの苦労が直木賞受賞で成就したかのように、過去の貧乏話が喧伝されてはいるが、氏の本領が発揮されるには、もう一山越えるべき峰があると見た。

 
  阪本 直子
  評価:C
   大店の跡取り娘でありながら、手習い師匠と一緒になると言い張って勘当された一乃。一家の住む長屋には、他にも色々な過去や事情を抱えた健気で優しい人々が……という話だとばっかり思って読み始めたら、途中で様相が変わってきました。怪しい贋金作りの企み、若い娘をかどわかす企み、そして長屋の住人達が知らずにそれに関わって……うーん、これってミステリか?
 「探偵」役は一乃。とはいうものの閃きで突っ走ってるだけなので、夫の困り顔ばかりが印象に残ってしまう。子供もいて所帯の苦労をしてる割には、何か騒々しいというか、軽々しいというか、大人っぽさに欠けるヒロインなのです。会話の文体がもっと時代劇らしければ、また印象も違ったのでしょうけども。大店の娘だって、父親のことは「おとっつぁん」だよ。「おとうさん」は、そりゃないでしょう。『あかね空』との落差で評価はC。

 
  中川 大一
  評価:A
   しょうゆ味のスリルとサスペンス。江戸情緒が出汁となって、全編あまねくいい味だしてる。けど、いつもほんわかムードにひたってるわけじゃなく、そこここに顔を出す底意地の悪さが物語をぐっと引き締める。大仕掛けな飛び道具や爆弾に頼らずとも、ここまで読者をはらはらドキドキさせられるんだ。現代小説の作家たちも、ぜひ学びましょう。前回、『あかね空』(2001年12月の課題図書、祝! 直木賞)へのコメントでも書いたけど、この作者は、江戸の精神のみをとりだして美化するんじゃなく、当時の社会や経済と心のありようを絡めて描く。そこが出色なんだね。山本一力は、私が新刊採点員を拝命して初めて出会った作家。「あ〜、採点員やってよかったなー」と心底思わせてくれる一人だ。

 
  仲田 卓央
  評価:B
   う〜ん、先入観というものは怖い。前作の『あかね空』がベタベタの人情話で、しかも直木賞まで取ったものだから、「山本一力はそういう人なのだ」と思い込んでいました。本作は人情話なんかではなく、おっちょこちょいのお姉さんが、温厚で博識の旦那やしっかりした子供、といった周囲の人の力を借りて難事件に立ち向かうという、実に分かりやすい娯楽物なのです。じゃあ、帯に「過去を背負いながらも助け合い、明るくたくましく生きる市井の人々を情感をこめて描く云々」なんて、書くなよ!おかげで『芝浜』を聴きに行ったのに『饅頭怖い』を聴いて帰って来た、みたいな実に釈然としない気分になってしまった。小説自体はなかなか面白いし、山本一力の地力が随所にしっかりと示されている作品なのに、なんだかとても損をした気分である。

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