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  夕海子 夕海子
  【アートン】
  薄井ゆうじ
  本体 1,700円
  2002/3
  ISBN-4901006274
 

 
  石井 英和
  評価:C
   親しくはなかったが一応は中学時代の同級生、という間柄の女性が、なにやら尋常ではない事情を背負った状態で転がり込んでくる。かきたてられた、なんだなんだこの女は?との興味に引っ張られ、快調にペ−ジを繰っていったのだが、明かされたその「事情」の正体はちょっと期待外れというか、それでは面白くないな、という性質のもの。そこで拍子抜けしてしまったのだが、さらにその後に出てくる「瓜二つ」の件も、なんだか無理やりな偶然で飲み込みにくいところへ持ってきて、それが「事情」とリンクしてしまう。このあたりになると、ちょっと展開が強引過ぎて付いてゆくのが一苦労。「まさかそんな事、ある筈ないだろう」の連発だった。作品のテ−マは分かるのだが、このスト−リ−は無茶ではないかなあ?

 
  今井 義男
  評価:A
   夕海子は寄生、つきまとい、詐病、妄想などを駆使して生きている。さながら精神病質のデパートだ。最近この種の素材と出会うたびにうんざりさせられるが、作者はストーリーテラー薄井ゆうじである。安直なサイコサスペンスなど書くわけがない。期待通り、ことはそんなに単純ではない。通常こういう人物に対して抱きがちな危惧が片っ端から覆されるのである。冒頭のアイテムは他人の保護を得るための手段なので、本人に苦悩は皆無。他人に経済的負担をかけるわけでもなく、犯罪性もどんどん稀薄になっていく。結果として、周囲の誰ひとりとして被害者がいない。従って彼女に治療を望む者も存在せず、相互依存の状況すら呈する。収束する必要がなくなってしまったこの物語の、行き着く先はもはや予測不可能。そうして読者は稀代のヒロイン・夕海子の降臨した地平に驚愕する。

 
  唐木 幸子
  評価:B
   突然、『寒いんです』と言ってパジャマ姿で洋介のアパートを訪ねてきた夕海子は青白い神経質そうな女だ。ところが彼女は病院に入院すると輝くばかりに美しくなって、見舞いにきた洋介や作曲家の小野寺など、そう単純ではない男たちを翻弄する。ところが、ひとたび病院を出るとまた貧相な病人に・・・。このストーリーは奇天烈ではあるが、私は、そんなことがあるかよ!とは思わない。学生時代の友人でいたのだ、こういう女性が。彼女はどんなにボロボロ&ベトベトの二日酔い明けでも、1時間待って、と言って本当に1時間以内にふわふわ髪で良い匂いのする美人に大変身する。さあ、出かけましょう、と笑う彼女は颯爽として本当に見事だった。そういう経験があるので、夕海子の容貌や態度の激変を変だと思うことなく読めた。しかしそんな彼女を洋介たちが救おうとするあたりから、ありがちな話になって残念。それはさておき、全くこの著者の書くジャンルの多様性には驚く。私としては、『湖底』に唸ったので、そっち方面を極めて欲しいのだが。

 
  阪本 直子
  評価:D
   病気。それは判る。良い悪いの問題ではないのだ。それぐらいは判っている。弱い人間は確かにいて、弱いから悪いのだなどということはない。それは重々判ってはいるが、それでもどうしても、このヒロインには感情移入できない。彼女は、ただ病気なだけじゃないからだ。美人で、体も豊満で、逃げた父親が残した億単位の金を持っていて、詮索する身内はいない。だから自分が望む壊れたままの日々を、何年でも望むだけ続けていける。身の危険も生活の不安も全くなしにだ。ちょっとムシがよすぎやしませんか? こんな人に「私の、どこがいけないの! 何も悪いことしてないのに」だの「みんな卑怯だ。私の場所を奪う権利が、どこにあるの」だのと言われてもなあ。人間以外の動物は、ひ弱じゃ生きてけないんだよ。そう突っ放したくなってくるぞ、正直な話。
 三人称多視点で書かれてる部分があるけれど、これはやっぱり読んでて引っかかるよ。

 
  仲田 卓央
  評価:D
   なぜ、夕海子は小野寺に執着するのか。そしてなぜ小野寺は「この女は壊れてる」と思ったくせに、夕海子に入れ込むのか。道端で出会った、ちょっとボケ気味の年寄りに「くそじじい」と毒づくような、「人間関係は希薄なほうが快適だ」と考えるような人間だった洋介は、なぜ女に「生きろ」「旅はこれからだ」と月並みでべったりしたセリフを吐く人間になってしまったのか。なぜ夕海子は自分の体について「豊満な」という、27歳なら絶対に使わないような形容をするのか。この小説は何かちぐはぐだ。心の闇、精神の傷を描こうとして、「女は若くてきれいな方が得をする」とか「大きなおっぱいは武器になる」とかいう、おっさんの中途半端でリアリティーのない女性観みたいな結論に達してしまうのはなぜだ。「理解できないこと」「なぜだという疑問」に人はどう処するべきか、それを体感させる小説である。

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