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  非道、行ずべからず 非道、行ずべからず
  【マガジンハウス】
  松井今朝子
  本体 1,900円
  2002/4
  ISBN-4838713673
 

 
  石井 英和
  評価:A
   とにかく読みはじめたら最後、ひたすらラストめざしてペ−ジを繰り続けるしかない。こいつは面白い!以上、終わり・・・ではいけませんか(笑)いつもながらに、江戸の世に生きる人々の清冽な息吹を伝えてくれる著者だが、今回は、芝居の世界に焦点を合わせた。江戸の町の、その真っ只中にぽっかりと口を開けた魔界に至る扉。その芝居小屋が火事の延焼を受けて半分焼け落ちている壮絶な描写から始まり、発見される身元不明の死体と、もうそこでこちらの心をつかんでしまう、心憎い導入ぶり。事件の謎を追ううち明らかにされてゆく、巡る因果の糸車・・・実に奥行きがあり、妖気漂う時代物ミステリ−となっている。詳細に描き出される、虚実皮膜の間を漂う歌舞伎役者たちの生き様からは、人間の背負った深い業が焔となって立ちのぼるかのようだ。

 
  今井 義男
  評価:AA
   江戸は堺町、芝居小屋・中村座を舞台にしたミステリ。小屋の差配、役者や裏方の所作がていねいに書き込まれ、読み応えは十分。殊に立女形・沢之丞の他を圧する存在感と弟子・沢蔵の小者ぶりが、狂言の世界に漂ういかがわしさ、気高さを活写して見事の一言。彼らを前にしては役人も商人も影が薄い。ミスディレクションも周到で、最後の最後にまんまと引っかかった。負け惜しみでいうのではないが、謎解きにはそれほど積極的に参加しなかった。私はこの純日本風しっとり感と、現代ドラマでは味わえないテンポを、満喫することに全精力を傾けようと決めたのだ。だから、犯人が分からなくても平気だし、暗号が解けなくても全然悔しくない、っていえばいうほど負け惜しみではないかこれは。

 
  唐木 幸子
  評価:A
   この著者の本の場合、まずはとっくりと装丁を見る。ふむ、いつものように絢爛ながらも今回はおどろおどろしい雰囲気だし、帯句によるとどうもミステリーらしい。読む前から期待が高まったが、これが実に一気読みの面白さであった。江戸の芝居小屋・中村屋の火事跡で、素性のわからぬ小間物屋の死体が発見されるところから話は始まる。女形・荻野沢之丞の襲名は人柄の長男か華のある次男か、という肉親の愛憎劇がストーリーの中心かというとそれは最初だけで、疑惑の根幹は沢之丞の亡き妻の密通に発展していく。思いがけない人が途中で死ぬし、真犯人の意外さもなかなかのものだ。適度な読み応えと謎の深さ、読者の想像と期待に応える展開で、長編ミステリーとして成功していると感じる。純と毒、華やかさと暗黒を重く掘り下げないで無理なく書き分けられて非常に読みやすい。松井今朝子って不思議な人だ。男色のシーンの表現などは女性の筆致とは思えぬ生々しさがあって、どきっとしたぞ。

 
  阪本 直子
  評価:AA
   元旦早々、火事に見舞われた芝居町。中村座の焼けた楽屋で見つかった死体は、明らかに殺人の被害者だった。犯人は小屋の人間なのか? そして、その動機は?
 おお、これは時代物というよりも、堂々たる演劇ミステリだ。物語の舞台は劇場周辺に限られ、登場人物は町方同心2人の他は芝居の世界の人間のみ。新作狂言が書かれ、稽古され、舞台にかかって観客を熱狂させるまでの、役者の魅力や我儘が、作者の苦心が、裏方の汗が、余すところなく描かれる。そしてその全てが殺人事件と結びついている。戸板康二の中村雅楽シリーズ、それから日本のものではないけれど『オフィーリアは死んだ』などの演劇ミステリ。それらがお好きな方、強力にお薦めいたします。
 但し、気になるところが2つほど。ラスト、作者は沢蔵の年齢を勘違いしていないか? それから、いくら地の文でも、江戸時代の話に「牛耳る」はやっぱりまずいでしょう。

 
  谷家 幸子
  評価:A
   やっぱり、どうも時代ものには積極的に手が出ない。これも、手に取ったものの、後にしようと元に戻しかけたところを、「ミステリー」の文字に気が付いて読む気になった。芝居小屋の焼け跡から見つかった屍体の謎、という設定にもわりとそそられるし。(ただし、タイトルはやや難あり。)
 いや、これが久々の「読みごたえ」でした。
 心地よく中身のギッシリ詰まったこの量感は、かなり満足度大。江戸の風俗、芝居町の人間模様、小屋の裏方の仕事ぶり、役者の業と葛藤。そして、愛情と情愛、憎しみと罪。これらが、無駄のない確かな文体で実に鮮やかに描き出される。ミステリーといいつつ単なる謎解きではなく、ここが肝心なのだが、愛憎を描く筆致に無用な湿り気がないのが、全く私の好みだ。これほど輪郭のくっきりしたキャラクター造形は見事と言うほかはない。今月のイチオシ。

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