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  坊っちゃん列車かまたき青春記 坊っちゃん列車かまたき青春記
  【毎日新聞社】
  敷村良子
  本体 1,600円
  2002/4
  ISBN-4620106577
 

 
  石井 英和
  評価:A
   南国の緑豊かな自然の中を、玩具のような客車を牽きながら悠然と走り抜けて行く古めかしい蒸気機関車の姿が目に浮かんでくるような、懐かしい日差しの温もりが感じられる物語だ。登場する人々は皆、もう見かけることもなくなった「昔々の日本人」の姿と気性をしている。蒸気機関車操車の現場の詳細な描写には興味が尽きない。そんな、「いずれは時代後れになってしまう鉄の固まり」とともに奔放に生きた一鉄道員と、彼をめぐる人々の物語の中に、流れ過ぎる歴史の片隅で精一杯生きた「片々たる」庶民の心意気が見事に息付いている。またこれは、失われ行く地方文化や風俗に関する貴重なドキュメントでもあるだろう。舞台になっている時代を直接は知らない著者の筆ゆえに生まれた「距離感」により、ありきたりの懐旧談に終わることも免れている。

 
  今井 義男
  評価:C
   この小説の名誉のためにいっておくが決してつまらない作品ではない。実在の人物をモデルにしただけのことはあって時代が透けて見えるところは興味深いし、蒸気機関車のかまたき仕事も薀蓄たっぷりで面白い。なのに読み進んでもいっこうに心騒がない。いちばんの難点は意外性のない主人公の行動パターンだ。どこにでもいる荒くたの半生に思えていまひとつ魅力に欠ける。それも分からないではない。大方の人間が、そうそうはみ出た生き方などしないものだ。最終目標の機関士が単に順番待ちでは、もとよりはじけようもない。作者の人の良さが伯父への遠慮になったのなら残念なことである。

 
  阪本 直子
  評価:B
   伊予鉄道の組合新聞に連載された機関助士の思い出を、姪である作者が小説化した作品。ということは、作中のエピソードの大半は実話に基づいていると思われる。闇焼酎の度を強くするためネコイラズを入れていたとか、仲の悪い駅員には乗務中に悪戯をしかけたりとか、現在なら考えられない話ばかりだが、ほんとなんですね。たかだか五十数年で、いやあ、世の中変わるものである。
 はきはきした文体と方言の会話が小気味良い。機関車の整備やかまたきの様子も、目の前で見ているように浮かんでくる。ただ、物語の殆どが機関庫の周辺に終始しているのがちょっと寂しいな。主人公ケンボの家族の姿とか、戦後の社会風俗とか、そういうものをもっと書き込んでもよかった気がする。機関庫の面々のどたばたな日常が楽しくおかしくいとおしく活写されているだけに、ないものねだりをしたくなってしまうのですよ。もっと長くてもよかったなあ、この小説は。

 
  中川 大一
  評価:B
   実は今日、静岡県の大井川鉄道でSLに乗ってきたんだ。茶畑を縫って走るC56は、風情があってよかったなあ。車掌さんが歌ってくれた唱歌についての感想は、差し控えるけど(笑)。さて、本書を読むと、蒸気機関車がかなり扱いづらい乗り物であったことがわかる。馬力がないから坂道にさしかかるともう大変。主人公のような機関助士が心臓もはり裂けよとばかりに石炭をたいてるのに、まだ客が降りて押さなくてはならなかったとか。……そのわりに、私の乗ってる列車は快調だなあ……ありありっ? よく見ると、電気機関車が後押ししてるじゃないかっ。くっそー騙されたっ。いやいや、そんなに嘆くもんじゃありません。本書を通じて、「本物の」SLと当時の空気を楽しむことができたんだから。

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