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  斬られ権佐 斬られ権佐
  【集英社】
  宇江佐真理
  本体 1,600円
  2002/5
  ISBN-4087745813
 

 
  石井 英和
  評価:D
   そもそもこの時代の江戸の住人は毎日、こんなにも人情ベタベタでメソメソした日常を送っていたのか?などと、ペ-ジを繰りながら首をかしげてしまった。これでもかと連発される「江戸人情物の定番風景」が、鼻についてきてしまったのだ。これ、くど過ぎるよ。物語の運び一つ一つに、まるで古い少女マンガに見られた星を宿した巨大な瞳とか、少年マンガの主人公が持つ非現実的なほど強大な筋肉であるとか、あの種の「過剰さ」に匹敵する濃さで「人情要素」が込められており、辟易させられるのだ。なにしろ各登場人物、物語に初めて顔を出す時点で、すでに半泣きではないか。くど過ぎるし、垂れ流しだ。好きな人には逆にそのくどさがたまらなかったりするのかも知れないが。それにしても「流れ灌頂」の幽霊の正体は、場面を想像してみると、なんだか滑稽だぞ。

 
  今井 義男
  評価:AA
   長い間視野の狭い本読み生活を送ってきた私がいうのもおこがましいが、時代物を読まない人はつくづく不幸である、ってまあこんなこといくらいい続けても読まない人は一生読まないだろうからもどかしい。颯爽としたスーパーヒーローの登場する活劇もいいが、ごく普通の生活者を描いた人情物語もいい。剣豪捕り物SF戦国怪談歴史忍者芸能……その他なんでもござれの時代物は、日本が世界に誇るスーパー・エンタテインメント・ジャンルなのである。別に私は時代小説のスポークスマンではないのでこの辺にしておくが、この『斬られ権佐』も滅法面白かった。しかし体が弱いのに格好がよいというキャラクターも相当に珍しい。心配りの行き届いた脇役も粒が揃っており、彼らの醸す空気はまことに芳醇である。権佐が命より大事だったもの。同じものに出会えた私は果報者である。

 
  唐木 幸子
  評価:A
   体中に斬られ傷を持つ権佐が主人公の連作短編集である。宇江佐真理の作品はこの2年間で、『春風ぞ吹く』、『おうねすてぃ』に続いて新刊単行本に取り上げられるのは3冊目だが、これが一番良かった。権佐は、憧れの美人女医・あさみの窮地を身を挺して守り、その時に全身に瀕死の刀傷を負った過去がある。その後、あさみと祝言をあげて一人娘(こまっしゃくれて可愛いのだ)にも恵まれたものの、権佐の体調はすぐれず、腹水を抜いたり斬られた傷がうずいたり、今にも死にそうだ。そんな権佐が八丁堀で与力の下働きを続けつつ、死を垣間見た者の強さで事件を見通していく。その姿も真摯で良いが、何より、あさみとの夫婦関係がせつなくて優しくて・・・。互いの揺るぐことのない信頼と、この幸せがいつ失われるかもしれないというはかなさに溢れて泣かされる。「夫は生きていて当然」と思っている女性にお勧めの一冊だ。

 
  阪本 直子
  評価:C
   主人公は与力の手先、十手捕り縄を預かる身だ。とくれば当然捕物帳(ミステリ)だと思いきや、1話目から何か勝手が違う。確かに事件は起こるけど、片がつくのが早過ぎる。話の主筋は主人公達の身の上の方で、2話目以降も同様だ。どうも話に締まりがないなあ、そもそも連作ミステリの探偵役ってえものは、シリーズの主役であると同時に個々の話では狂言回しの脇役で……いや待てよ。これはひょっとして人情物(普通小説)?
 おお、それなら話は違うぞ。想う女を助けて瀕死の重傷を負い、辛くも一命をとりとめた権佐。所帯を持って娘も生まれ、今現在は幸福だ。しかし古傷は、今も確実に彼の生命を弱らせつつある……切ない物語じゃありませんか。
 全体に地の文が説明的で、時代物らしい雰囲気に乏しい。権佐の女房あさみの台詞も、ある時はいかにも女医者、又ある時はいかにも下町の女房、又々ある時は殆ど現代女性と、余りこなれがよくありませんね。

 
  中川 大一
  評価:B
   「中川さん、今月の『コンビニ・ララバイ』にはずいぶん辛い評価つけてますよね?」「えっ?」「本書も、同じく子どもや年寄りが出てくるし、登場人物の死によって泣かせる人情譚ですけどB。どう違うんです?」「こっちは、江戸時代」「そんなこと分かってます」「あっちは、現代」「分かってる、って言うのに! 結局、時代物が好きなんですか?」「どっちかって言うと、苦手」「じゃあ、伏線の張り方がいいとか」「伏線は、ない。そのまんまの話し」「謎解きが面白いとか?」「バレバレ」「じゃあ、どこがいいんです?」「すーっと、話しに入っていって」「ふんふん」「すーっと、話しから出てくる」「何じゃそりゃ。もっとちゃんと採点してくださいよ」「お父っつあん、あったかい…」「だめだ、こりゃ」

 
  仲田 卓央
  評価:C
   いや~、やっぱり時代物はイイ。特に市井の人々の日常ものというか、人情ものというかそういう普通さを扱った作品はイイ。すでに実社会では失われて久しいこと、隣近所ときちんと付き合うとかお上にだって情があるとか惚れたはれたの純情とか、そういったものが登場しても、「そんなん、ありえへん」と一笑に付されることのないのは、もはや時代小説の世界だけであり、すべての鈍感さを含めた無批判が許されるのもお江戸日本橋の世界だけなのだ。だから、時代小説はどんな話ですら無条件に安らぐ(よっぽどみっともないものではない限り)。疲れきった日常の合間に読むにはもう、もってこいである。それを読んだからといって生きる希望がわいてきたり、明日も頑張ろうとは思えないが。しかし、これはサザエさんとか水戸黄門とか、ご批判無用・つっこみ不要の世界なのである。

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