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誰も死なない世界
【角川文庫】
ジェイムズ・L・ハルペリン
本体 952円
2002/7
ISBN-4042788025
石崎 由里子
評価:B
人間の冷凍保存を扱っている作品。
20世紀に想像していた21世紀は、もう少し近未来的だった。各家庭にはお手伝いロボットがいて、家事をする。自動車のタイヤは本体にしまいこまれて宙をすべり、ビルの合間を行ったり来たり。けれど今いる21世紀には、さほど驚くべきツールの登場は感じられない。もちろん研究開発は途方もない方向まで進んでいるのだろうけれど、近未来的な物や触れてしまいそうになるバーチャル作品は、実用可能でも、価格の問題で商品化されるのは、まだまた遠い現実だ。
時間とともに変化していくのは、ツールよりもむしろ、人が感受する心や感覚。人が人らしい感情を失わずにいられるのは、生きている人間にのみ経験することのできる忘却、亡失、死のおかげだろう。痛みは同じ苦しさのままとどまっているわけではないから、明日を生きることができるし、死に至る時間への恐怖感は経験者からデータを取り寄せることができない。だからこそ、生きている今が愛しいのだ。死のない世界の到来は、人間の感情が、もはや人間のものではなくなってしまうだろう。
内山 沙貴
評価:C
泥にまみれて懸命に息をして生きた昔を忘れさせる希望の未来が、科学の力で人々に幸福と安寧を与えてくれる。医学と不死がぶつかり合う、結末のない結末「誰も死なない世界」。その舞台は常に暖かく、明るいオレンジの光が降り注ぎ、人々の素敵に緩んだ笑顔が溢れている。でもその舞台下にある氷に閉ざされた冷たく空虚で表情を無くした人々が立ち並ぶ世界を想像してしまうのは私だけであろうか。この話は少し科学が宗教化してしまった観がありSFと呼ぶには抵抗があるが、主人公をめぐるハートウォーマーで希望のあるお話で、描かれた人々が生き生きと存在感を主張する物語であった。
北山 玲子
評価:D
誰も死なない世界か。ふぅ…、ホントにそうなったら今に人口過密状態で大変なことになるよ。とSFを楽しく読み解く遺伝子の組み込まれていない私にはただただぶ厚い教科書を読まされる苦行に満ちた1冊だった。それでも最初は結構面白かった。冷凍保存を解凍しようとするテロリストの登場シーンには心躍らされたし。けど、未来に進めば進むほど話に流れがなくなり、箇条書きみたいな説明口調になっていくように感じた。物語性が希薄になって、冷凍保存ってこんなに素晴らしいのだ!という著者のご高説をだらだらと聞かされる羽目に。ここまで様々なことを調べて書き上げたことはスゴイことだとは思う。思うけど、なんだか方向性が徐々に怪しくなっていくのが、どうも…。
あとどうでもいいことだけどどうしても言っておきたいことが。'ヤマツオ'なんて訳の分からない妙な名前の日本人を出さないように!
操上 恭子
評価:A
人類の永遠のテーマである不老不死を題材にしたSFは数多くある。多すぎると言ってもいい。遠い未来の根拠のないユートピアを舞台にした小説はもう充分だ。本書は、そんな不老不死を実現した世界の話ではない。二〇世紀の前半から現実の歴史をなぞりつつ、一歩一歩不老不死を獲得していく過程を描いた大河小説である。現在の遺伝子工学とナノテクノロジーの発達を見れば、不死はともかく不老の方は遠からず実現するのではないかと普段から思っていた。そんな思いを、複雑な技術の説明抜きに素晴らしい物語に仕上げてくれたのが本書である。しかも、二〇世紀後半生まれの私たちがギリギリ間に合うかも知れない、という時代にうまくあてはめてある。久しぶりにいい夢をみさせてもらうことができた。それにしても、かつては未来の科学技術と夢を描いていたSFが、今では現在の技術を背景に社会問題と哲学を題材とするようになってきたことを実感する。エンターテイメントとしてのSFを書くのはますます難しくなるのだろう。本書のような、感動を夢を与えてくれる良質の科学小説が、これからも多数出版され続けることを心から望む。
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