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  洞窟 洞窟
  【発行アーティストハウス
  発売角川書店】
  ティム・クラベー
  本体 1,000円
  2002/8
  ISBN-4048973258
 

 
  石井 英和
  評価:A
   人生の滑稽と悲惨を背中合わせに、歪んだ宝石のように彫りあげてみせた逸品。手を染める必然性などまったく無い犯罪に、落ち込むようにかかわっていってしまった人物に関する一筋縄では行かないスト−リ−が、一幕のサスペンスを織りなして行く。非情な巡り合わせがグロテスクなユ−モアの旋律を響かせて連鎖する様はある種冷厳な美を放ち、人生のど真ん中に開いた運命というどす黒い穴を見事に描写している。そこに、憑かれたように落ち込んでゆく主人公は、まるでコントロ−ルを失った滑稽で悲痛な玩具のようだ。時も舞台も自在に変化する、よじれまくった構成の物語だが、それが終幕部において物語の始原へぴたりと回帰する、その瞬間の描写の美しさ。そして、それを一瞬にして断ち切る運命の一太刀。心憎いエンディングだ。

 
  今井 義男
  評価:C
   この構成には首をかしげた。大人になったエイホンのつまらないことといったらない。これはギャップなんていうレベルではなく、まるで別人の人生を読んでいるような気さえした。幼なじみの悪ガキがギャングのボスになることもありうるし、エイホンが世渡りに長けていないことも不自然ではない。そもそも勝ち逃げできる星のもとに生まれていたら、地質学に固執しないでもっと気の利いた商売をやっていたはずだ。結末とプロセスの辻褄は合っているのである。ただそれがいきいきとした少年時代といっこうにリンクしない。パッとしない中年男のさえない犯罪を書くのにあの子供はほんとうに必要だったのか。それとも私の脳がよっぽど鈍感にできているのだろうか。

 
  唐木 幸子
  評価:B
   黄緑色の表紙カバーにいかにも、後から貼りましたっ!という感じの水色の丸いシール。もしかして、うっかりカバーに印刷してしまった真相にかかわる文言を隠すためにこのシールを貼ったのでは、と思って爪を立てて剥がしてみたのは私だけだろうか。当然、シールの下は何もなくて少しがっかりしたのだが、本書は独特の雰囲気を持ったサスペンスだ。地質学者のエイホンが何故か、麻薬の詰まったトランクを下げてラタナキリ(麻薬を20グラムでも持ち込んだら死刑の国)にやってきて、絶望と恐怖の中、取引き場所に向かう。冒頭から緊張感いっぱい。そこで出会った謎の中年女性は一体誰? 話はここから時空間的にワープしてベルギーやアメリカに舞台は移り、エイホンも少年になったり大学生になったりする・・・・が、ヨーロッパものの常で、それほどの起伏は感じない。せめてエイホンを語り手にしてくれればもう少しわかりやすかったんだが。

 
  阪本 直子
  評価:C
   多分こういうのもノワールっていうんだろうな。柄にもなく麻薬の運び屋をすることになってしまった男。それも麻薬所持20グラムで死刑になる国でだ。まともな地質学者がこんな羽目に陥ったのも、元はといえば全て14歳のサマーキャンプでの出会いから始まったのだ……という、救いのなさと切なさが同居する物語。何となく映画『ペパーミント・キャンディー』を連想しました。あれみたいにまっすぐ過去へ遡る訳ではなく、もうちょっと行きつ戻りつしますけれども。あの映画同様、取り返しのつかない人生というものが、残酷にそして美しく描かれている。
 と、非常に完成度の高い小説だと思いながらも、私は高い点をつけることが出来ないのだ。問題は作中の「ラタナキリ国」。架空のアジアの国だがしかし、はっきりとカンボジアである。作者自身そう言っているという。別に意識してアジアを見下している訳ではないのだろうが、悪気がないのが尚悪いのだ。

 
  谷家 幸子
  評価:C
   うーん。悪くはない。しかし、これを「完璧なサスペンス」と呼ぶのはいかがなものか。サスペンスとは何ぞやというそもそもの定義はさて置くとしても、この作品をサスペンス、それも完璧なと評するには抵抗を感じる。
結局、いつも私が本を読むときに感じる違和感はそこで、無用なジャンル分けはかえって人の気持ちに水をさすような気がするのだ。そうは言っても、このジャンル分けでこそ、手に取られる機会を獲得する作品もあるだろうから、そのことを全否定するつもりもないのだが。要は、そのセンスの問題なのだと思う。
私には、この作品は純文学だと思える。などと書くと、またもや「純文学とはなんぞや」ということになってしまって説明に窮するのだが。確かに、手法としてはサスペンス的な要素を持ってはいる。だが、あくまでも核になっているのは、人の感情であり、その揺らぎであり、抗い難い運命の姿だ。エイホンのたどる破滅への道筋は、一種美しいと言えるほど切なく、哀しい。
サスペンスと呼んでも、ミステリーと呼んでも、ノワールと呼んでも似合わない。
第一章の冗漫さがいかにも惜しい。

 
  中川 大一
  評価:C
   ろくでなしが、なぜ、いい人間よりも多くの果実を手に入れるのか――そこを考えるのが本書のモチーフの一つである。「人にさせたいと思っていることを人がしたいと思うように仕向ける、それがコツだ」、そううそぶくアクセルに、鼻面を引き回されるエイホン。ところで、評者は自分を善良な人間だと思っている。エイホン側だ。それでもビジネスで丁々発止のやりとりをしているが、後からよくよく思い返して「ヤラレターッ」「きーっ、悔しいっ」と歯がみすることが多い。俺って素直だから。でも本書を読むと、私は善人などではなく、単に怠け者で、やりたいことを貫くより、相手に従うのが楽なのでそうしてるだけのようにも思えてくる。そんなことを言われて(誰も言ってないけど)腹立つのでC。

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