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  MOMENT MOMENT
  【集英社】
  本多孝好
  本体 1,600円
  2002/8
  ISBN-4087746046
 

 
  石井 英和
  評価:D
   著者は「人生とはすなわちあ−だこ−だ」なんて話をするのが大好きな人なんでしょう。で、これは病院が舞台の小説です。もう、著者としては砂糖壺に落ち込んだ蟻とでも言うんでしょうか、何しろ生と死が正面からバッティングする場所、「人生とは」とかそんなことばっかり考える奴総登場でもOKってんで大張り切りです。似たような小説ジャンルがあります。それはポルノ小説です。あちらはスケベな設定を積み上げて、セックスばかり登場人物にさせまくります。どちらも「そればっかり」には変わりない。ただ、ポルノを書いてる人は、自分が人生のすべてを描いているとは思ってないでしょう。けど、こちらの著者はおそらく、すべてを描いているつもりでいる。その結果として、出来上がった世界が硬直化している分、この小説がせせこましく、つまらなく思われるのです。

 
  今井 義男
  評価:AAA
   死を目前にした患者の願い事をひとつだけかなえてくれるというまことしやかな仕事人伝説。病院のアルバイト清掃員・神田はなにかを清算しようとする人々の近くに偶然居合わせることで、その代替品のような役割を果たしている。積極的とまではいかないが、頼まれればなんの得にもならないのに誠心誠意で応える。死に行く者がほんとうに望むこととは。帰ってきた<本物>の仕事人のかなえる願いとは。人は持ち時間をなくして初めて生と向き合う。例外なくいずれ巡ってくるであろう審判の場に我々は答えを用意できるだろうか。重いテーマの幕間にさり気なく差し挟まれる神田と葬儀屋・森田との触れ合いに私はつつましく美しい生の形を垣間見る。物静かな筆致がしんしんと胸に染み入る佳作。

 
  唐木 幸子
  評価:B
   昔、好きだったなあ、TVの『必殺仕事人』。三田村邦彦も、あの頃は無口に駆けて行ってシュピーンっとひと刺しで仕事をしてカッコ良かったのだが。と、それはともかく本書は、殺人でこそないが、死を前にした人の願い事を何でもかなえてくれる現代版の仕事人のお話だ。自分の身では何も出来なくなった患者たちの願いが渦巻いている病院が舞台。これがちょっとあざとい。こんな頼りなさそうなよく知らない人間に軽く頼めるようなもんじゃあないんじゃないのか、死を前にした人の願いって。食道癌で急死した私の恩師の最後の言葉は、「せめて・・・」だった。せめて何だったんだろう、と当時は色々に考えたが、やはり他人に頼めることではなかったことだけは確かだ。と私事を交えて難癖をつけつつも、非常に読みやすい本ではあるのでB。前に『ALONE TOGETHER』を読んだ時も感じたが、この作家、もしかして関西人を寄せ付けへんとこあるのと違うか。主人公がスマートにラクしすぎる人生が気に食わぬ。

 
  阪本 直子
  評価:B
   主人公は病院で清掃のアルバイトをしている大学生。彼にはもう一つの顔がある。死にゆく患者達にしか見せないその顔とは……と始まり、パターンを確立したと見えたところで変奏曲になる。手塚治虫のある種の作品群を思い出しました。『ブラック・ジャック』、『七色いんこ』、『ミッドナイト』とかね。帯にある通りミステリと本当に呼べるのかどうか、それは何とも言えない小説だが、主人公の立ち位置は確かに“探偵”のそれだ。半ばは成り行き、しかし半ばははっきりと自分の意思で、彼は患者達と関わってゆく。けれど、死にゆく者の孤独には結局どうしても立ち入ることは出来ない。“事件”の現場にいながらも決して当事者ではない、外部の存在でしかない“探偵”なのだ。4つの物語はどれもきちんと収まったように見えてどこか坐りが悪い。気持ちよく泣いて終われる人情話とは違い、引っ掻かれたような感触が後を引く。この余韻も確かにミステリのものだ。

 
  谷家 幸子
  評価:B
   好きだなあ、こういうオハナシは。文章がいいし会話も自然、人物も輪郭くっきりと魅力的だし、ありがちなお涙頂戴にも説教話にも陥っていないし。ただし、これがミステリーと言えるものなのか、その辺りはおおいに疑問だけども。まあそれはいい。難を言えば、こんな大学生なんかいるもんかい、ってとこでしょうかね。てゆーか、こんなによく出来た若者が身近にいたら随分と居心地悪そうだ。大人の立場なし。
これも難しいところではあるとは思う。病院のアルバイト清掃員の「僕」が垣間見た様々なエピソード、そしていろいろな人とのかかわり、という話の骨格からすると、やはりこれは老成した大人の視点ではなく、社会に出る前の若者の視点のほうがいい。そして、その視点で話を進めていくとなれば、「僕」の造形がこうなるのも致し方ないのかもしれない。自分の学生の頃を思い起こすと、違和感は拭い去れないが。
個性的な登場人物の中でも、「大変ですね」を「アイアン・メイデン?」と聞き返す速水さんがナイス。イッツ・ソー・キュート。コウイウオバサンニワタシハナリタイ。

 
  中川 大一
  評価:A
   全4篇。前の二つはどんでん返しに難あり。捜索の依頼者がややこしい頼み方をしたのは、ひとえに意外性を演出したい作者の都合でしょう(でも、びっくりした)。三つ目はお涙頂戴(でも、泣けた)。四本目の結末はありがち(でも、感動した)。そもそも甘ちゃん学生の主人公に、酸いも甘いも噛み分けた入院患者たちの心情がどうして判るんかね(でも、納得できた)。……いいのか悪いのか判断がつかないまま、つい最高点をつけてしまった。ターミナルケアを受ける患者たちをミステリ仕立てで描いた新しさ、思わず情景が浮かぶ会話運びの巧みさなど、プラス部分の輝きが大きいことは確か。ここから先は来月以降の宿題にしよう。って、今月で私の任務は終わりでした<m(__)m> 新採点員の方、頑張ってね〜。

 
  仲田 卓央
  評価:A
   一行にこめられた類まれな集中力。センチメンタルに流れながらも甘ったるくなり過ぎないための、ある一線できっちりととどまる力。様々な点で素晴らしい作品である。なによりも素晴らしいのは、作家の技術的な部分ではなく、例えば主人公の言葉である「魂を汚さぬように鍛えながらロマンチックな大人になる」が、少し苦さを伴って響く、そういう部分である。本音に近い部分を、しかし本音丸出しの下品さを伴わずに、言葉としての力を持たせる。並大抵のワザではないよ。しかし、新刊採点をやっていて痛感するのは「私は本当に褒めることが苦手」ということだ。もっとほめたいのに、言葉が出てこない。だから、こういう作品に出会うと、ものすごくうれしい反面、ものすごく困る。

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