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  水の恋 水の恋
  【角川書店】
  池永陽
  本体 1,600円
  2002/9
  ISBN-4048734091
 

 
  大場 利子
  評価:C
   他人からは、いつまでぐちゅぐちゅ悩むつもりだと言われかねないほどの小事であっても、当人にしてみれば、天地をもひっくり返すほどの大事。惹句の「あの夜、お前たちは一体何をしてきたんだ」。それが気になって仕方がないと言う。それに異存はない。だが、誰もが、その主人公までもが、他人ごとのような言葉を発す。おまけに、地の文で、「---だった。---だった。」が、何度も何度も繰り返される。そのたび、プロジェクトXでの田口トモロヲのナレーションが、その声が、聞こえてくる。イワナを釣る場面で、どんどん入り込んでも一気に引き戻される。残念。

 この本のつまずき→主人公の妻、映里子が「意味もないのにするのはもういや」と言う。正直、驚いた。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   もともとひびの入った夫婦だ、いつ割れてもおかしくない。割れるのをおそれながらも、妻・映里子の下着に顔をうずめ、元やくざものの人妻・歌子と関係をもつ主人公・昭。その理由は、臆病なほどの三角関係だ。しかも、嫉妬の相手は、昭の目の前で死んでいった親友である。妻に真相をただすことのかわりに、昭は取り憑かれたように人の顔をもつという伝説のイワナにいどむ。伝説の仙人イワナは、成長あるいは“進化”を遂げる過程の苦しみを背負い込んだ象徴として描かれる。嫉妬の原因はとるに足らないといえばそうかもしれないが、嫉妬や不信は些細なことがつもりつもって暴発するもの。あやうい夫婦関係を描くなかに、親友の死の疑惑と出生の秘密、天衣無縫の少女、引きこもりと児童虐待、山の民の話まで、様々なエピソードが背景をつくる。少々欲張った感もあるが、無理なくストーリー展開に活かされている。釣りに関しても余計な蘊蓄が語られることなく、釣りに無関心なことがこの小説の読後感に影響を与えることはないだろう。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AAA
   何といっても今月のイチオシ!!いや、勝手に言わせてもらえば本年度ナンバーワンと言っても過言ではない。これは自分の妻と死んだ親友とのなぞの一夜への疑いをぬぐいきれない男が、親友が追い求めた伝説の仙人イワナを釣るため、親友の故郷に足繁く通う、という簡単に説明すると何だかよくわからないようなストーリーだが、これが抜群におもしろい。なぜか。普通、小説というものは、いくつかの糸が絡み合ったものである。池永陽の作品は、その一つ一つの糸が濃いのだ。物語が濃いというわけではない。話の本筋にかかわる人はもちろん、脇役に至るまで、人物描写がものすごく上手いからだ。もちろんストーリーのおもしろさもあるのだが。『コンビニ・ララバイ』も同じく良かったが、本作はそれを上回るインパクトがあった。小説のおいしいエキスを凝縮したような作品だ。ごちそうさまでした。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   ふんふんふん、何だか古くさい臭いがするぞ。妻の下着に顔を埋めて鬱々とするなんて明治時代の自然主義作家か?一人の女をめぐって親友同士の三角関係からはじき出された男が死ぬのは漱石の「こころ」のパロディか?妻の一度のあやまち?に悶々とするところは、明治生まれの作家が書いた時任謙作ばりだ。でもこの男、意識は古いが明治男ほどのアクも渋みもない。高校生の由佳に「昭見てるとオジサン臭くてイライラするな。何に対しても中途半端で優柔不断で、」と決めつけられても「ほとんど事実なのだからどうしようもない」と素直に認める沽券のなさが、今風の優しさに見間違えられるのか女にやたら迫られる。迫る女、歌子の言葉はなかなかぐっとくる。男の愛と所有欲を見分けているところとか、何かを犠牲にせずにはいられない女の心の魔を言うところ、大人の女の恋は罪の味わい深い。人の腕を食いちぎる人面イワナが住む奥深い渓流、山の民、山のモノの気配をあれこれ漂わせながらミステリアスに深まっていかなかったところが残念。

 
  松本 かおり
  評価:D
   腑に落ちない部分が多く、読後感がすっきりしない。
 まず主人公が最後まで物足りない。イライラさせられる。日々妄想に自己陶酔しているだけで、自虐的すぎるのではないか。ワケありヤクザ夫婦も、仙人イワナの妖しさを際立たせるどころか、ただ浮き上がっているだけである。 
 中指をおっ立てれば男のナニを示すのは知られたことだが、男どもがなんでその中指ばっかりなくすのか、著者の中指へのこだわりも奇妙である。しかも、いまどき、ヤクザでもない男がお詫びに自分で指詰め?極端すぎるのでは。それを「律儀」「真面目」と主人公に言わせる感覚にはついていけない。
 唯一、魅力的なのは、死んだ親友・洋平の父親、清次だ。このオヤジさんの語りは印象に残る。「心を開放し、目と耳を澄ませば、見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるはずです。それが山のモノとの対話です」。シブイ。

 
  山内 克也
  評価:C
   作者は、人の隠し持つ「心の咎」を描くのがうまい。 前作「コンビニ・ララバイ」では妻と息子を事故で亡くした原因を自分に求める店長を描写した。この作品の主人公は、結婚前の妻と親友の情事にも似た密会に疑念を持ち、その疑念自体を「咎」として据えている。疑惑の密会後、親友は主人公と一緒にイワナ釣りをしている途中、謎の死を遂げた。自殺か事故死か。その真相を知ろうと、主人公は親友の死のきっかけとなった「仙人イワナ」を釣り上げることで、「咎」を振り払おうとする。
 ただ、物語のキーポイントとなる「仙人イワナ」を人面魚風と設定するあたり、このストーリーの落としどころは見えてくる。それよりも、亡くなった親友は、つり上げて水面に出てきた人面顔の「仙人イワナ」に誰の顔を見たのだろうか。本文には触れていない話だが、主人公の妻を見たのではないだろうか。どう感じるかは読んでからのお慰み。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   昭は伝説の仙人イワナに挑む。その先には、壊れかけた愛を取り戻す何かがあるかもしれない。親友の洋平が、死の直前に見たものは。あの日、妻と洋平の間には、何があったのか。
 パニック障害の少年、夫婦問題を抱える樫木。最後の細い糸をたぐり寄せ、夫婦の、親子の関係を保とうとする姿が心をうつ。
 昭の妻への思い。強さと裏腹の臆病な心。洋平との友情と葛藤も、痛いほど響いてくる。三人の絆が、ずしりと重い。ほんのわずかなボタンの掛けちがいが生んだ不幸が、大波となって押し寄せる。少しでも心に嘘をつけたなら、幸せになれたのかもしれない。仙人イワナは、昭の未来をどこに導くのか。
 仙人イワナの存在で、ありがちな三角関係話とは違う味付けになっているのは確かだ。しかし、仙人イワナは必要なかったのでは。象徴としての存在はわかるが、それによってすべての問題がまるく収まってしまうと、物語が軽くなってしまう気がするのだが。

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