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  椿山課長の七日間 椿山課長の七日間
  【朝日新聞社】
  浅田次郎
  本体 1,500円
  2002/10
  ISBN-402257786X
 

 
  大場 利子
  評価:A
   泣かせる浅田次郎。泣いた?浅田次郎。泣ければいいってもんじゃないぞ浅田次郎。泣くもんか浅田次郎。との勢いで、読み始めたが、そんなことはすぐ頭から消え去った。
 著者の頭を開けて見てみたい衝動にかられる、本書ならでは「冥土」のシステム。死に対する恐怖をまず、半減させてくれる。死んだ男性中年椿山課長が、39才年令不祥独身キャリアウーマンの姿で現世に舞い戻るのには、口があんぐり。自分だったら、何で舞い戻るのだろうか。死ぬことが楽しみになってきさえする。すごいことだ。
 すごいと言えば、この物語、なかだるみがない。10ヶ月余りに渡って新聞に連載されていたそうだが、日々読み手の眼を逸らさせない工夫だけではなく、書き手の真剣さが、読み手に伝わるからだろう。

 この本のつまずき→「邪淫」とは、道にはずれてみだらなこと・男女間の不正な情事のこと。こんなことすら、知らなかった。

 
  小田嶋 永
  評価:AA
   泣きましたね。ストーリーやテーマへの感動ではなく、「どうもありがとう」という一言に。おこがましくも書評する者が泣いちゃいけないのかもしれないが、まあ許してください。あの世を舞台にしたお話、つまり最初から作り話だとわかっている。落語の「地獄八景亡者戯」を連想させるが、浅田風のあの世はパロディだけに終わらない。あの世というのは、この世から天国or地獄に行くまでの中間点で、死んでも死にきれない人が、特別審査を受け、7日間の猶予を授かるところ。やり残したこと、現世への未練などたいした問題ではなく、ほとんどの人は天国行きのエスカレーターに乗ってしまう。「おい、本当にそれでいいのか?」と主人公・椿山は、自分の生きてきた痕跡を確かめに、あらぬ疑いを晴らしに現世に戻ることを断固主張する。何不自由なさそうなお坊ちゃんと、心優しきテキヤの親方とともに「相応の事情」を解決しに正味3日間、まったくの別人の姿を借りて彼らが探し求めたものは、果たして本当の愛のかたちだったのだ。読み手の心を振るわせた後、ギャグをちりばめ緊張の緩和を施す構成もうまい!

 
  新冨 麻衣子
  評価:AA
   突然死した働き盛りのデパートマン、誰かに間違えて撃たれて死んだヤクザの男、交通事故によって死んだ少年、現世に思いを残すこの3人が特別に許可を得て、他人の肉体を借りて7日間だけ現世へ舞い戻る。何せ他人の姿だから、のこされた人々は本人には絶対口にできないようなことまで話してしまう。これは死者たちにとっては「自分の知らなかった過去」への旅でもあるのだ。そこには知らなかった方が良かったのでは、と思う事実もある。しかし辛い現実を受け止めつつも、のこされた人々の幸せを祈り、3人はそれぞれ駆けずりまわる。「恨みも憎しみもすべて愛する心にくるみこんで、背筋を伸ばし、にっこりと笑っていわなければ。『ありがとうございます』って。」
 浅田次郎ワールドばんざいだ。好きだなあ、こんな性善説な小説。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   またまた出ました「泣かせのジロー節 」。「世は情け黄泉還り知る愛の真実」と勘亭流で書いた方が似合いそうな、芝居っぽいアサダワールドの語り芸、口説き、説教節。よどみなさ過ぎて時に饒舌すれすれをちょっと超してもみせる、それはそれであざといけれど…。今では失われてしまった「男らしさ」、「女の純情」、「けなげな子供」、「義理に生きる」、「律儀」、「滅私奉公の働き」、といったレトロな価値観をこれでもかというほど繰り広げられると、「ダッサクセェ」とは感じる一方で、つい懐かしんでしまわせるところが芸なんだな。デブハゲ中年アブラギッシュオヤジに、「すべてを愛する人に捧げつくせる」恋愛をし続け、「愛した記憶だけで一生幸せよ」と言いきる46歳のオバサン。実際いたら、ちょっとキモイかも。でも現実にはどこにもない世界を、現実よりリアルにまざまざと作り上げるウソツキたちはこの世になくてはならないものだ。

 
  松本 かおり
  評価:C
   このままでは死にきれぬ、と死者が現世に舞い戻っての悲喜こもごも。ときおりポロッと繰り出される笑いネタについ、ぐふふっ。読者の脇の下を巧みにくすぐりつつ、椿山課長他2名の物語はウロウロ進む。
 運転免許の免停講習を思わせるツカミ部分は面白い。そんなに簡単に贖罪ができるのなら、もーおオイラ、なんだってやっちゃう!ってな気分。ちなみに現世での私の罰金は、7万円であった。高い。
 その後、舞い戻り組が現世で行動を始めるや、どうも頭が混乱してくる。なにせ死者たちはまったく別の姿に変身。女言葉と男言葉が交錯し、どれがどの家族で誰の子だったか復習たびたび。人間関係複雑。新聞連載小説だった当時は、数日読み忘れただけで「こわいこと」になったのではないか。
 人間は生きてなんぼ、死んだら終わり、とわかっちゃいるが、そこはかとなく漂う「今を、今日を一生懸命に生きるんだっ」的啓蒙臭には、どうにも背中がかゆくてたまらない。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   中年男のこの世への未練など、ささやかなものである。家族、父、仕事。現世でやり残したことに決着をつけるべく、椿山課長は舞い戻った。椿山課長にくわえ、少年とヤクザの親分、「相応の事情」を持つ三人の、自分探しの物語である。
 たわいない現世への思いが、大河ドラマに姿を変えていく。これぞ浅田節の真骨頂。
 椿山の知らなかった事実が、次々と浮き彫りになっていく。自分のいない現在が、機能していることに気づく。つらい現実。受け入れなくてはならない試練。それでも妻子を愛し、父を思う。中年サラリーマンの悲哀が涙を誘う。わかっていても涙腺が緩んでしまう。
 いつの間にやら、任侠話が主になっているむきもあるが、良しとしよう。懸案がすいすい片づいてしまい、もの足りない気もするが、ミステリーではないので我慢する。
 紋切り型の大団円で一件落着。めでたし、めでたし。

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