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  溺レる 溺レる
  【文春文庫】
  川上弘美
  定価 420円(税込)
  2002/9
  ISBN-4167631024
 

 
  石崎 由里子
  評価:A+
   編まれているお話の、優しくて生温かくて怖いこと…。
 大人の男女が恋の道に入り込むと、互いを思いやりすぎて、末路が見えにくくなることがある。
 時間はどんどん過ぎてゆくのに、二人の距離は縮まるでも離れるでもない。平行なまま、ゆっくりゆっくり過ぎてゆく。
 恋の末路、その答えを求めたらおそらく『溺レる』の中では生きられない。そんな恋の息苦しい感じがひたひたと押し寄せてきて、この作品に溺れました。

 
  内山 沙貴
  評価:C
   少しでも強くなりたくて、夢を見た、時を経て、子どもは大空へ羽ばたく、そう、錯覚する。多分、大人は罠に嵌まるのだ。繋がれて、もがく、はたかれる。そして、夢を見なくなる。溺れる。崩れる。欠ける。埋まる。落ちる。堕ちる。沈む。溜まる。主人公たちがすっぽりはまった自ら招いたズレた世界。腐臭と渇きの中心点、進退窮まり窮屈なのに、心地良い。感情の、落ちていく渦中を描いた様は多分文学的には素晴らしい。でも何も語らない物語。ただ「私は落ちていきたくない」そう感じただけである。

 
  大場 義行
  評価:D
   恋愛色の強い短編をあつめた作品集なのだけれども、川上ワールド炸裂系の作品が混じっている気が。川上弘美にしか書けない、まるで漱石の夢十夜のような、意味不明の設定という作品。川上弘美はときたま突き破るかのように川上ワールドを炸裂させるのがどうしても苦手なんです。確かに「さやさや」とか「溺レる」「亀が鳴く」などは巧い。ふわふわとした文体で、読んでいるだけでなんだか気持ちが良くなってくる。でも、微妙に恋愛よりも川上ワールドが強い作品だと、どうしても巧く読むことができない。個人的にダメなのかも。「百年」「神虫」「無明」がそれに当たる。確かに恋愛モノであり、巧く恋愛の機微を描いているのだけれども、どうしても、なんだかダメなんです。なんでだろうなあ、拒否反応がでてしまうのだからしようがないんです。

 
  北山 玲子
  評価:C
   登場人物の心情を的確に書き留めるために、たくさんの言葉の中からたったひとつをすくい上げ、それをオブラートで幾重にも包む。その作業をこつこつ丁寧に続ける。著者の作品を読む度にそんなことを思う。少しあざとい。しかしそこが味なのかもしれない。例えばこの短編集に登場する男が相手に向かって「あなたは馬鹿か」という。バカではなくて馬鹿。漢字で言われた方がダメージが大きい。ひらがなで書かれている時もあるが。表題作の中でも<アイヨク>という言葉が使われる。<愛欲>では少し重い。カタカナならいつでもそこから逃げられそうだ。居酒屋のカウンターでナマコとか蝦蛄をゆっくり味わうように、この短編集も著者の紡ぎ出す言葉をじっくり味わいながらよむといいかもしれない。ただ、どれも似たような感じで8つの短編がごっちゃになる危険性は否めません。

 
  操上 恭子
  評価:E
   わからない。いくら読んでもわからない。登場人物がどういう人間なのか、何を考えているのか、どうしてこうなったのか、何がしたいのか。私にとっては、まったく理解できない不条理な物語が続く。以前課題になった『神様』を読んだ時は、それなりに楽しめたのだが、本作は最後までまったく理解できなかった。

 
  佐久間 素子
  評価:A
   わたしにとっては、これがノワールだ。当時のわたし自身の心持ちもあったのだろうが、単行本で読んだとき、あまりに惹かれて恐ろしかったので、これが初読だった著者の、他の本を読むのをいっとき自粛したほどだ。たとえば、私の場合、どんなに壊れても無差別殺人は起こさないだろう。しかし、うっかり心中したあげく一人だけ死んでしまい、百年成仏できない。これはありうる気がして。『亀が鳴く』の女や、『神虫』の女も、また自分の中に確実にいると思うし。下を向いて、暗い方へむかっていきたくなることが、ときにある。くたびれているときには闇の方が優しい。甘いしやわらかい。暗さをふくむ人や作品が好ましいのは、だから当然だし、癒されもするのだが、本書は危なっかしすぎるのだ。完全にのみこまれ、自分でも人間でもなくなるところまで、覗いてしまって、ひきずりこまれそうになる。危ない危ない。不幸どころか、どちらかといえば滑稽な短編になぜこんな力があるのか、不思議である。

 
  山田 岳
  評価:B
   若いころの性愛は<恋>と結びついているためか<燃える>というイメージだが、40歳をすぎてしまうと、だんだん<燃える>のとは縁遠くなる。結婚してしまった人たちならば、よく言われるセックスレスだが、対極的に、未婚の人あるいは婚外関係には<おぼれる>が現れてくる。まじめな、嫁さん以外に女を知らない男が中年になって若い女におぼれる、というのは昔からよく言われたことだが、ここに集められた作品はいずれも女性がおぼれる話。からだはつながっているのに、心はつながっているのか心もとない、そんな女性心理を、純文学風に活写しています。

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