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  山背郷 山背郷
  【集英社】
  熊谷達也
  本体 1,600円
  2002/9
  ISBN-4087746089
 

 
  大場 利子
  評価:A
   「一一がぶるな、今日は・・・・・・。」
 冒頭の一文。山背郷に、はや、自分はいた。
 ザ・男の話は苦手だ。東北弁も苦手だ。寒いのも苦手だ。一気に、苦手を克服と相成った。一篇一篇、説明してまわりたいくらい、楽しめた。これぞ、短編集の醍醐味。
 「潜りさま」ではヤミ米を運ぶかつぎ屋が、「旅マタギ」では東海道本線が全線開通が、このまま続くかと思っていたら、「メリィ」では近所のコンビニが。何も九篇全てが、やや昔を舞台にしているわけではなかった。この構成が、暗く沈みがちな印象を和らげて、読み易くしている。
 この本のつまずき→「仕方ねえ」は「すかだねえ」「おら達」は「おらだづ」「暫く」は「すばらぐ」。このルビ!

 
  小田嶋 永
  評価:B
   戦中・戦後の昭和時代、まだ、人もけものも、おなじ自然という神のもとで生きていたのかもしれない。東北の地で過酷な自然を相手に生き抜く人々を描いた短編集である。「潜りさま」とか「オカミン」、「モウレン船」など、神秘的な呼称が、いっそう物語性を高める。荒れ狂う北上川で、必死に船を守ろうとする老夫婦を描いた「?船(ひらたぶね)」が、中でもおすすめ。結局、船は沈んでしまうのだが、「なあに、俺にはおめさえ居でくれだら、他には何も要らねえ」「馬鹿この、手なんてつないだら、こっ恥ずかしいべ」さわやかささえ感じる夫婦愛で締める。もう一つ気になる話は「メリィ」という、少年と不思議な犬の物語。これはこれでロマンのあるイイ話なのだが、短編集のトーンに微妙な齟齬をきたしていないだろうか。後に配された「御犬殿」という話があるので、この位置に入れざるを得ない構成はわかるのだが。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AA
   今月のNO.1!これまでこの作家を知らなかったことが悔やまれる一冊だ。
「伝統的な日本家屋の美しさは、陰にある」と、何かで読んだことがある。写真や映画でしか、古い日本家屋を見たことはないが、確かに蛍光灯に照らされた現代の家に比べ、圧倒的に「陰」がある。勝手な憶測だが、それは自然の「暗」と共通するものではないだろうか。自然の「暗」は、人間が立ち向かうことなどできない圧倒的な強さと恐怖。一方で人工的なものが及びもつかない美しさを見せる。だからこそ、惹かれる。自然と共存していた時代の日本家屋は、それに似た美しさを持っていたのではないだろうか。
 この本は戦後を舞台に、荒れる海や冬の山、山に生きる動物などに対峙する男たちの物語を集めた短編集だ。自然とともに生活するからこそ感じる「自然の神」の存在。代々受け継がれてきた、自然と共存する技術。バランスを崩せば命を落とすかもしれない圧倒的な力の前で、人間の生の歓びが巧みに描かれる。一番好きなのは、絶滅したはずのニホンオオカミだったかも知れぬ飼い犬の「メリィ」との思い出を追想する物語。ちなみに既刊の『ウェンカムイの爪』や『漂白の牙』などの長編もめちゃくちゃおもしろい。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   昭和20年代を境に日本が振り捨て、忘れ去ろうとしてきた、ほとんど素手で厳しい自然に対峙し格闘する生き方を描いた9つの短編集。いや、格闘と言うよりは、もがき、あがきになってしまいそうなほど、相手の力が圧倒的に強大な中に敢えて打って出ていかなければならないのは、単に生活の貧しさからだけではなく、止むに止まれぬ何かがある。今はもう確実に失われ、その記憶さえ失われようとしている何かを筆者は虚構の網にすくい上げようとしている。そんな不可知な存在との絆が彼を駆り立てもすれば、敬虔にもし、生や死をくっきりさせる。そしてまたそんな彼を支える、家族や仲間の愛や連帯の絆も、饒舌に語られないからこそ余計ジンと来る。比べてみれば、安全管理の進んでいるはずの都会や、整然と秩序だった組織の中で働くのも、荒涼とした危機や不可知の深淵が潜んでいる点では大差ないはずなのに、わずか60年も経たない間に、失われてしまったのはこの絆なんだな。親愛と畏敬を失って疎外感の荒海に放り出され、満身創痍で不信の雪山をはいずり回っているのは私たちの方なのかも…。

 
  松本 かおり
  評価:B
   終戦後の東北を舞台に、マタギや漁師、熊撃ちなど、筋金入りの男たちが登場する物語。人間を越えた圧倒的な何かの存在を常に意識し、自らの拠りどころとする彼ら。生業は違えど、一様に抑制の効いた生き方が印象に残る。
 たとえば雪崩に巻き込まれたマタギ。骨折の激痛に喘ぎながら山の神に詫びる。「いくら生きるためとはいえ、本来は山の神様からの授かり物である動物たちを、自分は無闇に獲りすぎたのかもしれない。金銭のためだけ狩りに出ていた」と。自然の前では人間など小さきもの。掟や伝統に従い、自然を敬いながら分をわきまえて生きる、そこに私は男の美学、美意識を感じる。
 現在では、罰が当たる、祟りがある、といった言葉は絶滅の危機にあるらしい。残念である。畏れるものがない状態は、緊張感がなく陰影に乏しい。そんな生活は、私から見ればただ野放図なだけだ。
 全9編のうち、マタギ、山犬関連が計4編で、全体構成は少々単調。他の生業に生きる男たちの姿も、ぜひ加えて欲しいところ。

 
  山内 克也
  評価:B
    何年か前、東京駅の地下道を歩いていると、東北への旅を誘うキャンペーンポスターが眼に入った。「東北大陸へ行こう」。東北大陸…。本州の一地方にもかかわらず、九州人には魅力的なキャッチコピーだった。期間を置かず、青森と福島をのぞいてぐるりと東北を旅した。主に温泉地と都市部に沿って巡ったため、「大陸」の実感はつかめなかったが、この本を読み初めて「東北大陸」の奥深さを味わった。  マタギ、オカミン、ジャッペ…。各短編の中心テーマに据えた東北伝来の生業が興味をそそる上、自然環境の厳しさやムラ社会の掟といった具体的な記述を盛り込み一種の民俗小説に仕上げている。物語は終戦を境にした潮目の時代にスポットを当てる。おのおのの主人公は移りゆく新しい時代への生活に戸惑ったり、希望を見いだしていく。伝統の生業を背負いながらも「大陸の地」で必死で生き抜こうとする現実の進行形に、南国育ちにとって「東北」とは異国だ、との認識を新たにした。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   昭和の初め、戦後まもない日本には、貧しくも強く激しく生きる男たちがいた。
 海で息子を亡くした潜水夫の復活、水運を営む夫婦の川との戦いと夫婦愛、船の機械化をめぐる親子のぶつかり合いなど、9編の熱い男たちの物語だ。
 日々の暮らしのために、命を懸けて自然と立ち向かう姿は、美しく、尊敬に値する。死と隣りあわせの暮らしの中で、確かに男が主役になれた時代があった。そんな時代の、男が惚れる男たちが生き生きと描かれている。
 今時の女性は、こんな不器用な男には惚れてくれないだろうが、全身全霊を仕事にぶつけるおじさんは、実にかっこいい。
 パソコンのキーボードをパチパチ叩いていても、おやじの尊厳は回復できない。
 軟弱者たちよ、本書を読め! 男臭さが美しい時代を取り戻すのだ!
 読むだけでは何も変わりませんが、まずは気持ちから。こつこつがんばろう。

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