年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
      
今月のランキングへ
今月の課題図書へ

商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 
  サイレント・ジョー サイレント・ジョー
  【早川書房】
  T・ジェファーソン・パーカー
  定価 1,995円(税込)
  2002/10
  ISBN-4152084472
 

 
  大場 利子
  評価:B
   「口は閉ざし、眼は開けておけ」との義父の教えに素直に従う、礼儀正しいジョー。ジョーにとって、義父も義母も素晴らしいかけがえのない人達。その義父が殺されて、ジョーは何をしたか。運命を受け入れられるのか。
 ジョーの言葉で語られるせいか、それとも翻訳の効果か、ジョーそのものといった雰囲気で、静かにゆっくりと進んでいく。ミステリーなのに、読み手を決して急かさない。ただ、たくさんの人が出てきて、混乱するが。注意深く読んでいけた。そのおかげで、いくつもの素晴らしい形容に出会う。「孤独が彼をとりかこんでいた。まるで土星の輪のように。」「心臓が座りの悪い洗濯機のようにどきどきしはじめた。」
 この本のつまずき ジョーの義父の言葉「愛するときは眼を開けて、結婚するときは眼を閉じていろ」そういうもんなんだ。

 
  小田嶋 永
  評価:A
   ディック・フランシスが好きな人は、絶対気に入るでしょう。『興奮』のダニエル・ロークや『大穴』『利腕』のシッド・ハレーを思い起こさせる、諦めず、勇敢で、内省的なヒーロー、ジョー・トロナが、郡政委員である養父の殺害事件を追う物語である。フランシスの諸作と同様の意味での冒険小説で、シッド・ハレーと同じく身体的・外見的ハンディキャップ、虐待という心的外傷を負いながらそれをことさら強調することなくキャラクターを造型し、試練を与え、成長させていく、正統的ハードボイルドなミステリだ。物語の冒頭、主人公とその養父の不可解な行動が描かれる。それは、誘拐事件の身代金の受け渡しと、誘拐された少女の保護だった。その途中、養父は何者かに殺害され、少女もまた行方不明になる。「口は閉ざし、眼は開けておけ。そこから何か得るものがあるかもしれない。」養父の教えを守り、復讐と事件の謎に立ち向かう。果たして、ジョーは養父とその関係者の世界の向こうにある真相に迫ることができるのか、そこで、何を見るのだろうか。

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   自国の正義を振りかざし、やたら銃(武力)を振り回して「世界の警察」を 気取るアメリカ人が好みそうな話だ。三挺も銃を身に隠し持ち、射撃訓練日々怠らず、銃撃戦で人を撃ち殺しても「コーヒーカップ半杯分位の後悔」しかない主人公、「私の最重要任務は父を守ること、そのために育てられ、訓練を受け、きちんと任務を果たすことがこの世の何にもまして私が望んでいたこと」と断言するジョーは、まるで養父ウィルという主人に調教された犬だ。看守として勤めている刑務所の下水トンネルや作業用台車に潜んで囚人達の様子を嗅ぎ廻るところなど。「口は閉ざし、目は開けておけ。そこから何か得るものがあるかも知れない。」というウィルの教えはジョーを、カメラに撮ったかのような直感記憶で情報を収集し組み立てるサイボーグのような存在にしてしまった。しかし冷静緻密な彼の捜査はウィル殺しの真相とともに自分のアイデンティティ、実父に硫酸を浴びせられ、実母に捨てられた過去の真実をも明らかにする。そして、「女性は雰囲気を醸し出すのに欠かせない高級な家具のようなもの」と考える男達とは全く違う恋をするところが彼の再生への救いになっている。

 
  松本 かおり
  評価:A
   顔面に硫酸をかけられた傷痕をもつ保安官補・ジョー。24歳の彼は、養父・ウィルの殺害事件の真相究明に動き出す。ウィル本人と周辺人物の別の顔、裏のつながりが芋蔓式に露見。実業家一家の歪んだ親子関係を筆頭に、各々の欲望と思惑が絡み合い、濃密な展開が堪能できる。そして終盤。固唾を飲む、手に汗握る、何でもいいけど、まさか?まさか?の緊張がたまらない。
 ジョー・トロナ、という人物そのものも魅力的。「わたしは地獄で作られたような顔をしているだけではない。背も高く身体も鍛えている」。この自信。そして、武器と護身テクニックに精通、加えて、他人に対する警戒心を、理性と礼儀正しさに巧みに隠す繊細さもある。そんなジョーのジューンとの恋愛は、描かれる場面こそ少ないが、誠意にあふれ、清々しい。
 事件に一応のケリがつき、読み手にほっと一息入れさせてから、満を持して明らかになるジョーの意外な過去と再生への一歩。このタイミングが心憎い。一気に霧が晴れるような穏やかな結末である。

 
  山内 克也
  評価:B
   重量感あるこの書物には殺人、誘拐、恋愛といった約3週間の出来事がぎゅっと詰め込こまれている。だが、スピード感はない。詳細に描かれた主人公の内面に、読み手はじっくりとつき合わされる。家族とは何か、を。
 幼いとき、実父から顔に硫酸をかけられた主人公は、その傷跡を晒したまま生きている。それだけでもハンディなのに、刑務官として囚人たちと対峙する強い精神を持ち合わせている。背景には、少年期の主人公を、実の息子として迎えた養父の包容力がある。養父の主人公に諭す言葉がいい。「口を閉ざし、眼を開けておけ。そこから何か得るものがあるはずだ」。その養父(有力政治家)が凶弾に倒れ、主人公は養父の至言を胸に事件の真相を追う。主人公を突き動かす原動力は、かつて味わった家族の温かみへの代償にある。「家族愛」。今まで私には気恥ずさを感じるこの命題について、本書でしっとりとその良さを教えられた。

 
  山崎 雅人
  評価:A
   ジョーの目前で政界の実力者である養父が射殺された。幼いころ、実父の仕打ちにより心と顔に深い傷をおったジョーを、あふれんばかりの愛情で育ててくれた養父の仇を討つため、事件の真相を追う。
 逆境をのり越え、やさしい青年に成長したジョーに新たな試練が降りかかる。心の支えを失った痛手を背負いながらも、事件の謎をあざやかに解き明かしていく。
 養父の謎の行動。その真相が明らかになるにつれ、養父の貫いてきた正義、さらには社会の、真の姿を見ることとなる。
 事件との関わりの中で、過去と正面から向き合い、困難や苦悩に打ち勝っていく。自立への階段をかけ登り、さらなる成長をとげる青年の姿がいきいきと描かれている。
 恋人、養母、友人たちの視線を強く受け止め、サイレントジョーの心に熱い鼓動が響きわたる。すがすがしい風を送り込んでくれる読後さわやかな作品である。

□戻る□