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  空中庭園 空中庭園
  【文藝春秋】
  角田光代
  定価 1,680円(税込)
  2002/11
  ISBN-416321450X
 

 
  大場 利子
  評価:C
   「家族のことが、好きですか?」と惹句で聞かれても、家族とうまくいかなくなった独身三十女は、以前のようにはーいなんて脳天気に答えることが出来ない。素直に家族小説を読むことさえ出来ない。家族は面倒という印象ばかり、先走る。
 京橋家。四人家族。マンション住まい。近所に郊外型ショッピング・センター有り。なにごともつつみ隠さない。子供が何処で仕込まれたか。質問されれば答える。つつみ隠さないとは、そういうこと。そんなことで、今さら、驚けない。
 それより、何より大きく頷いたのは、ディスカバリー・センターというショッピングセンターの役割。母を殺意から救い、「この町のトウキョウであり、この町のディズニーランドであり、この町の飛行場であり外国であり、更生施設であり職業安定所である。」と言わしめる。すごい。
 ●この本のつまずき→仕込まれたホテルの名前「ホテル野猿」。のざる…。

 
  新冨 麻衣子
  評価:B
   郊外のダンチに住む、父・貴史と母・絵里子、高校生のマナ、中学生のコウの4人家族。この4人と、近くに住む絵里子の母・さと子、貴史の愛人でコウの家庭教師の美奈、計6人がそれぞれ主人公となる短編集だ。一番良かったのは母・絵里子を主人公とした、表題作の「空中庭園」だ。自分の母親に反発し、自分の理想の家庭を築き上げようとする姿はどこか痛々しく、かなしい。
6つすべての短編に通じるのは、「貧乏くささ」が自覚的に描かれていることだ。家族でいるときの異常な仲の良さ(お誕生日会の飾り付けとかやってるし)や、インテリア雑誌に出てくるような部屋(貧乏くささの極地だ)とか、愛人の息子の家庭教師になっちゃう(少女漫画の世界)とか。いやだよこんな家庭と思いつつ、家族同士の距離の取り方とか、セックスに対する軽さとかは、現代をリアルに捉えている。L文学してますねー。(『L文学完全読本』〈斉藤美奈子編・マガジンハウス〉オススメです。)

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   どこを切っても生々しい。その切り方も鋭い。殺意まで感じていた自分の母の家庭を全否定するため計画的に妊娠結婚した絵里子、その「何事も包み隠さず」という家族モットーを「浮ついて地に足がついてない」うさんくさいものと見抜いている娘、住んでいる団地自体が「思いこみで成り立っている場所」、「思いこんでいると本当のモノが見えない」と考え初め、自分の思いこみから脱出したいと訴える息子と母親の噛み合わない会話はおかしいような悲しいような…。家庭とはこうあるべきモノという絵里子の思いこみの象徴のようなベランダ園芸の花々は決して根ざすことなく、季節の変化の中でゴミと化していくところも、コワイ。家族の誕生パーティを演出し続けて来た絵里子の誕生日に唯一気づいてくれたのが疎ましい母親だけとか、悲喜劇というほど大げさでなくても巧まずして滑稽、悲惨な家族のキショさ。「あーマジ逃げてえ」とつぶやきながら、何事も深く考えない夫とその家族は、大型ショッピングセンターに囲い込まれて、かってアジアバックパッカーとして逃げてた主人公達より深い迷路にはまっている。

 
  松本 かおり
  評価:B
   「何ごともつつみかくさず、タブーをつくらず、できるだけすべてのことを分かち合おう、というモットーのもとに」家族をいとなむ京橋一家。ゲゲッ、気持ち悪い。家族相手に何でもかんでもしゃべるなんて不気味すぎ。もしや、とんでもないバカ家族?と、冒頭からのけぞったが杞憂で良かった。   
「もし人が、死の間際に求めるほど近しい家族にでも、何かを完璧に隠蔽しようと思ったら、それは楽勝で可能なのだ」。家族といえども他者は他者。それなりに胸の奥に秘めたものがあって当然だろう。特に、表題作「空中庭園」と「キルト」の2編は、その隠し加減、内容ともに驚かされる。
「自分のしでかしたいくつもの馬鹿な失敗は一生だれにも言うまい、後悔といっしょに墓まで抱えていくんだ」「これってへんなものだよな。ひとりだったら秘密にならないものが、みんなでいるから隠す必要が出てくる」。一家団欒・和気あいあい。知らぬが仏の猿芝居。夫だの娘だのの役割を、各自がまっとうしてこそ「家族」なのだなぁと、改めて思う。

 
  山内 克也
  評価:A
   やたら「家族」をテーマにした本を読む機会が多くなった。他人の家を盗み見するようで読み解くのにしんどい半面、親子、兄弟、夫婦と限りなく狭い関係の愛憎劇は、刺激と緊張感を与えてくれる。
 本書の主役「京橋家」の家族方針は「何もつつみかさず」。そんな家族がいるのか、と訝りながらページをめくるうち、短篇方式で紹介される一人ひとりの思いが家族方針とは微妙にずれていて、「やっぱり家族はこうでないとね」と興味を誘う。この方針をうち立てた母親は、家族を「私の完全なる計画のもと」とほくそ笑む。この異様なファミリーを息子の家庭教師であるミーナ(夫の不倫相手でもある)は「全員珍妙」とあきれる。第三者からみれば家族とは同床異夢の毎日を送る集合体なのだ。うそっぽさが漂う家族の仲良さをシュールに描き読み応えは抜群。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   「何事もつつみ隠さず」が方針で、家族のことなら何でも知っていると思っているというか、知っていると思いたい家族の物語だ。
 郊外のダンチに住む4人家族の京橋家、プラス祖母と愛人の視点で語られる、誰にも知られたくない自分自身と、健全な家族の姿。現代社会の異質さやゆがみ、幻想の幸せを、シニカルに描きだしている。
 角田光代の手にかかると、正常に見える空間の裏側が、ありありと見えてくるから不思議だ。視野の広さと、視点の確かさに感心させられる。こまかい表現もしびれる鋭さだ。例えば、カタカナで書かれた「ダンチ」。無機質で巨大な箱の雰囲気と、幸せな家族の暮らす場所という嘘っぽさが強調されていて、見事にリアルでうまい。
 加えて、鋭い針と同時にさしだされる柔らかなやさしさが、光と陰のコントラストを際立たせている。このバランスが角田作品の魅力である。読後、小さな幸せを感じる一冊だ。

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