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  ねじの回転 ねじの回転
  【集英社】
  恩田陸
  定価 1,680円(税込)
  2002/12
  ISBN-4087745856
 

 
  大場 利子
  評価:C
   真珠湾攻撃前にタイムトリップ「ファイルナルカウントダウン」。戦国時代に自衛隊がタイムトリップ「戦国自衛隊」。二本の映画が頭をよぎる。本書は、2.26事件前にタイムトリップ。そうそう映画みたく簡単にはいかない。その事件の首謀者である当事者がタイムトリップした上、自分のやったことを自らなぞるはめに。
 今まで学んだ歴史はもしかして作られたものなのだろうか。すべて偶然ではなくして必然だった?そう思いながらも、いま一つ心に残らないのはなぜか。首謀者がなぞる事になるきっかけと過程と葛藤がもっと描かれていたら、もっと感情移入できただろうに。
●この本のつまずき→「全人類で一つだけ、過去が修正できると言われたら?」

 
  小田嶋 永
  評価:B
   史学科で学んだ身にとって、「歴史的事実とは何か」が常に課題としてある。強引かもしれないが、俗に言い換えれば「歴史にif(もしも…だったら)はあるか」ということではないか。本作品は、「歴史はおのずと自己を修復する」として、歴史の転換点として選ばれた「2.26事件」を“再生”するべく呼び戻された将校たちの苦悩を描く。「歴史という道があって、誰かが歩いている。途中で忘れ物をしたことに気付き、道を引き返してまた同じ道を進む。その時、必ずしも同じ場所を歩くとは限らないだろう?」昭和維新を成し遂げようとする事件の首謀者たちの思惑、妨害者の暗躍で、少しずつ「歴史的事実」に誤差が生じ始める。なぜ彼らは歴史を繰り返す使命を与えられたのか、歴史を再生しなければならない近未来(あるいは現在)はどんな社会なのか。時間テーマのSFにミステリ、サスペンスが融合した意欲的な作品である。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AA
   ある使命により、近未来の国連は歴史上の分岐点となった時間を<再生>するプロジェクトを遂行していた。日本における分岐点と認定されたのは二・二六事件。同事件の首謀者である安藤と栗原が選ばれ、彼らにとっては2度目となる事件をもう一度なぞらえることとなる。もし史実と違うアクシデントが起これば、その時点で中断し、時間を戻してやり直す。ねじを巻き戻すように。時間をさかのぼることは、禁断の果実だった。歴史を変えたことで、近未来では人類の滅亡が迫っており、それをくい止めるため国連は正しい史実を再現しようとしていたのだが……。
 国際社会ではしばしば「正しさ」や「正義」という言葉が違う意図で使われる。同時多発テロもイラク攻撃も北朝鮮の核開発も、一部の人間たちにとっての「正しさ」でしかない。そんなことを感じる今日この頃、この物語が描き出す人間の傲慢さに胸が痛くなった。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   シリアスなテーマなのに、何故か軽い。シャボン玉のような悪夢。いいじゃない、悪夢でも夢なんだから、シャボン玉みたいにつかの間楽しめばってか。そのシャボン玉原液はといえば、作中、天才的物理化学者が語る、「人間が得た最大のギフトは好奇心だ。それ自体が目的となって人間は冒険を続ける。好奇心が理性も倫理も道徳も飲み込み、人間をそれまで見たこともない地平へと押しやる。」ってんだけど、純粋な好奇心が生んだ科学技術が危険な暴走をしても、要はそれを止めるブレーキはないという、このあっけらかんとした虚無感!2.26事件の決起将校達に銃殺に至る4日間を歴史遡行させるなんて精神的残虐もモノともせず、「少なくとも最初の歴史よりはよくなる、我々の望む歴史」を作り直そうとする国連スタッフ、マジとマッドの区別がつかないとこが悪夢だわ。デジタルな世界の暴走って被害側には抵抗のしようがないとこあるけど、だからって、青い空を無数の伝書バトが飛ぶのも、ますます不気味。こいつは春から縁起でもないね。

 
  松本 かおり
  評価:A
   「人生をやり直せたら」。「誰もが一度は考えるだろう。だが、一度きりの人生が、どんなに幸福かということについてはあまり考えない。やり直したはずであり、今度は成功するはずだった人生が、またも思い通りにならなかったらどうだろう?」。舞台は「2.26事件」の4日間。思いのほか刺激的な、歴史の連続性を感じさせる時間遡行物語である。
 軽い船酔いのような読後感がたまらない。何かが頭の中のある部分から別の部分にスーッと抜けるような、不思議な快感があった。ジリジリと時間軸をねじりあげたかと思うとまた緩め、過去も現在も未来も巻き込んで読み手を翻弄。今生きている自分の存在さえ、ひどく流動的で脆いものに思えてくる。 偶然にも逆上がりができない私もマツモト、終盤の「俺は逆上がりができない」に思わず冷や汗、心で絶叫。著者の恩田氏、あらかじめあちこちにチラつかせておいたネタを、要所で実に巧みに読ませるのだ。まったくもって無駄がない。「 2.26 事件」とその周辺事情に疎くても楽しめた。先入観は禁物。

 
  山内 克也
  評価:C
   本書のモチーフとなる二・二六事件は、確か、宮部みゆきの「蒲生邸事件」にもSF調で書かれていた。戦時体制へ急行する日本の転換点というべきこの事件は、「もし成功していたならば」との、歴史をいじくる格好のテーマなのだろう。宮部作は現代の若者がタイムスリップし、事件にかかわる人物を時代の流れとしてドラマ的に描き、歴史の動きに従順。一方、恩田作では、岡田首相、鈴木侍従長が暗殺されるなど、過去と未来の時空ベクトルが交互する凝ったSF手法で「歴史上のイフ」を崩し、クーデター成功の期待へ息弾ませる青年将校たちの姿を映しだしている。
 ただ、歴史的な考証となると、いくつか引っかかる。事態収拾にまごつく戒厳司令部幹部に石原完爾が叱責する場面で「わが、帝国陸軍は百年は市民に信用されまい」の「市民」とは、英語で言う「Civilian」の意味だろうか。創作とはいえ当時、仮にその意味だとしたら、石原はかなりのリベラルな思想の持ち主。石原の人物像とは似合わないそのセリフに眉をひそませてしまった。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   二・二六事件をやり直すのだ。時間遡行装置の発明による歴史への介入が、人体への異変を引き起こした。国連は再度、歴史へ介入。壊された歴史と未来の修復を試みる。
 再生された歴史を確定させる作業のために、事件の中心人物、三人が選ばれる。彼らは、人類が未来を託す唯一の装置『シンデレラの靴』の死角をついて、昭和維新の夢を果たすべく行動をおこす。様々な想いを胸にして。
 人間の欲望に振り回される人間たちの愚かなる行為が、さらなる混乱を招き寄せる。正しい歴史は、そんな愚かな人間たちの手にゆだねられている。だれの意志が未来を確定させるのか。二・二六事件が未来へ与える影響とは。凝った趣向と数々の謎解きに心奪われ、目眩めく展開に最後まで目が離せない。
 人類の命運を握る装置がネズミに弱いなどというかわいい設定も、肩の力が抜けていていいと思う。壮大なSF超大作ではないが、軽快さが心地よい愛すべき秀作である。

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