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  つむじ風食堂の夜 つむじ風食堂の夜
  【筑摩書房】
  吉田篤弘
  定価 1,575円(税込)
  2002/12
  ISBN-4480803696
 

 
  大場 利子
  評価:B
   頁を開く。白い。行間広し。字少な。筑摩書房め。
 でも、好感持ちます。いつも。クラフト・エヴィング商會。正直書くと、明確にはその実体を把握はしていない。が、書いたり装丁したりすることは知っている。
 村上春樹を読むとなぜだ、整理整頓したくなる。吉田篤弘を読むと、こちらもまた整理整頓したくなった。不思議だ。
 主人公は、「ロバート・デ・ニーロが日本の大工の親方に扮したような――そんなわけないのだが――風情を持っている」人を、「デ・ニーロの親方」とひそかに名付ける。思わず優しく微笑んでしまうエピソードが、たくさんちりばめられており、読んでる間ずっと微笑。ゆる過ぎる気もするが。
●この本のつまずき→カバーを外して。

 
  小田嶋 永
  評価:A
   「私」は今、「月舟町」のアパートメントに住み、つむじ風の舞う交差点の角にある食堂に通う。そこは、「たぶん、私の方が知らないうちにずいぶん遠くまで来て」しまった町なのだ。「二重空間移動装置」をもつと言い張る帽子屋、それでイルクーツクへ行ってみたいという果物屋の青年、自信をなくしている女優たちとの交流を通して、少しずつ忘れていたものを思い出す。「私」の父は、手品師である。その父がある時、声をひそめてこう話した。「あのな、俺はこのごろ新しい手品の夢を見るんだ。これが、なかなかいい。これはな、お前だけに言っとくが……虹をな、つくる手品なんだ」 その後、「私」は、父が通いつめていたのとまったく同じコーヒースタンドを故郷で見つける。「夢ならば覚めるな。覚めるな。もう少し」 「月舟町」は、実は夢果つる町では決してなかった。こんな、幻想的でありながらどこかにありそうな小世界を描く、味わい深い文体に◎。

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   読んだ人みんなが幸せになれる。こんなパクリキャッチコピーが浮かんできたのは、まさに映画「アメリ」のサントラを聴きながら読むと、気分が出るだろうと思ったからだ。つむじ風がくるりと回る十字路にぽつんと灯りをともす安食堂。パリのビストロをイメージしたその店では、スプーンとフォークしか出さず、鯖塩焼きを<サヴァのグリル、シシリアンソルト風味>と言い切る、頑固親父の店だ。そこに集まる饒舌な常連たちは、万歩計を<二重空間移動装置>として売りつけようとする帽子屋、生意気な売れない女優、宇宙に思いをはせる果物屋の文学青年、そして人工降雨を研究するもの書きの主人公など、ちょっと変わり者揃い。その食堂へ毎晩かよう主人公の日常に、二本の腕で様々なマジックを生み出した主人公の父と<エスプレーソ>の思い出をはさみ、たんたんと物語はすすむ。「こじゃれ」感が強いものの、疲れたときや息抜きに読むにはぴったりな、優しい作品だ。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   懐かしいような切ないようなセピア色の非現実空間、オトナになって忘れてしまった、なくしてしまったあの何か、その喪失感を風が吹く。何だか宮沢賢治の童話のような…。つむじ風のうなる十字路にぽつんと灯をともす食堂に集まる人々、人工降雨を研究?しつつ雑文書きで暮らしてる小柄な先生、オレンジに電球の灯を反映させて夜の街を明るくしながら本を読んでいる果物屋の青年、その本には「天文學体系というぼう大な本に銀河圖のさしえを星一つ税込み一圓で一日どうしても三百えがかなくては食えない…」なんて。万歩計を大まじめで二重空間異動装置と売りつける帽子屋から買った、かぶると父そっくりになる帽子。「虹をつくる手品」を夢見てこの世から消えた父の記憶をたどるエスプレッソ。「誰もがここに居ながら、同時に別の場所にいる 」ここから宇宙へ果てしなく拡大していく中で感じる存在のこころもとなさ。本質的でない部分であくせくし続け、はっと気付けば「ああ、おまえは一体何をしてきたのだと、吹き来る風が私に言う」中原中也は30代で夭折したからいいけど、これが40過ぎて持ち超されるとちょっと恥ずかしいかも。

 
  松本 かおり
  評価:A
   舞台の月舟町は、著者が幼い頃に住んだ町という。いい思い出が多い町なのか、登場人物の描き方があたたかい。特に第4編「星と唐辛子」の「デ・ニーロの親方」とマジな「私」のやりとりが、何度読んでも妙に楽しい。
 また、父親と息子の関係も強く印象に残る。父親の働く姿を見て育ち、時間を共有する。その経験と記憶が、父親亡き後もどこかで息子の人生を支えているのだ。手品しかり、エスプレッソしかり。「親父、よく言ってました。もし、電車に乗り遅れて、ひとり駅に取り残されたとしても、まぁ、あわてるなと。黙って待っていれば、次の電車の一番乗りになれるからって」。親を肯定できる子供は幸せだと、ほっこりしんみり思わされる。
「あまりにも早く走って通り過ぎてしまった時間や物や人たちを、もう一回遠くからの視線でゆっくり眺めなおしたい」。著者・吉田氏の言葉どおり、全編ゆったりとした語り口。この物語はぜひ、NHKの加賀美幸子さんの朗読で聴いてみたい。乱れのない淡々とした文章が、落ち着いた低めの声に包まれて深夜ラジオから流れてきたら……、ぐっとくるだろうなぁ。

 
  山内 克也
  評価:B
   本の良さは、何もストーリーの善し悪しだけではなく、本の造り、いわば装幀美いかんで読書欲が沸き立つ場合がある。本書はその典型。カバー絵は黒を基調にポツンと黄色く輝く一つ星。白いタイトルの字体は、明朝体をコピーで拡大したような「ゆがみ」がかたどられ、全体的にシンプルで温かみを感じさせる装幀に仕上がっている。
 物語も味わいがある。果物屋の青年や古本屋のオヤジ、変わった帽子を作る店主らが、店先につむじ風が吹く食堂で交わす雑談のたわいなさは、人情深い街の姿を描き出す。舞台女優と、研究家肌の主人公との関係が、恋愛への予感をはらませ、物語にぴりりと緊張感を与えてくれる。
 本を手に取るだけで親しみを覚え、ページをめくると安らぐ、装幀とストーリーがマッチした好著。やはり、本の造りは凝った方が読むときに贅沢さを感じさせる。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   タイトルの響きがいい。どこか懐かしく、落ちついた感じ。居心地が良く、檜の香りと、洋食の匂いがただよう食堂。そんな風景を勝手に想い描いてしまう。お話はというと、いたってシンプルで味わい深く、しみじみ心惹かれてしまう。のんびりとした語りで、いっぷう変わった世界へと誘いだされる。
 夜ごとつむじ風食堂に集まる、とぼけた客人たちと、雨を降らせる研究をしていると称する雑文書きの先生の、洒落た雰囲気がたまらなくいい。「二重空間移動装置」という名の万歩計、「虹の手品」、「唐辛子千夜一夜奇譚」に心浮き立ってしまうのだ。
 つむじ風食堂を中心とした小さな世界。牧歌的でスローな、ちいさな幸せのあふれるモノクロームな空間が、目前にゆっくりと浮かび上がってくる。たわいもない会話すら、粋で楽しい。ふんわりと夢心地にひたりながら、静かに心落ちつけて読みたい。想像力をかきたてられる、現代のお伽噺である。

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