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  走るジイサン 走るジイサン
  【集英社文庫】
  池永陽
  定価 420円(税込)
  2003/1
  ISBN-408747531X
 

 
  池田 智恵
  評価:A
   頭の上に猿が乗っている老人─。一見シュールな出足だが、淡々として、情のある人間描写がやるせなさを残す作品である。老人というのは少年や少女、青年たちが年を重ねた姿である。私くらいの子供は、そういうことを知ってはいるが、わかってはいない。そして、多くの物語で老人はまるで最初から老人として生まれてきたように描かれてしまう。しかし、この本は老人が青年期や少年期を経て老人になったことがよくわかる。老人達はそれぞれがこれまで懸命に生きてきて、今も生きてゆこうとしているいうことがわかる。だからこそ、年を取ることの切なさが際だってきて寂しい。
 著者の本は初めて読んだが、読者を共感に引き込む手だてがうまい。佳作という言葉が似合う作品である。しかし、この猿は一体何を表しているのだろう。もし、私の卑近な推察が正しければ、この一見やさしい小説は人間のどうしようもなさを書いたとてもかなしい小説になるのだが・・ううむ。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   『センセイの鞄』が老人のファンタジーだとしたら、この作品は老人のリアルだ。いままで知りたくなかった老いの現実をまざまざと見せつけられる。老人の汚さ大爆発!入れ歯の口臭はひどいし、トイレに到達する直前にオシッコをもらしてしまったりもする。息子の嫁をオカズに自分の性的能力を確かめようとする。嫁の下着を見ながらそこに顔をうずめたい欲求と戦う老人の孤独な姿はひどく哀しい。しかしこうしたささいな出来事がリアリティをもってこちらに迫ってくる。歳をとって得られるものは大きいとは思っているが、人間の悲哀を感じることもまた多くなるのだろう。なんだか衝撃が強すぎて、老人の頭に乗っている猿(生への執着が産んだ老人の妄想の産物)とか、それが表しているものとか、もはやどうでも良い。老いるとはどういうことかを考えさせられた。取り敢えず家のおばあちゃんに優しくしたい、と思いました。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   作次さんの頭の上には猿がいる。ぽってりと膨らんだ赤い尻をはげかかった頭頂部にすりつけるように行儀よく座っている。幻覚なのか気のせいなのか、それとも分裂症とか痴呆症の一種なのか。とにかくこんな目と耳を疑うような老人と猿が紛れもなくこの物語の主人公だ。
 頭に猿をのせた老人という妙な設定ではあるが、内容はごくごく平凡である。近所の老人仲間と喫茶店に集まって、茶飲み話に花を咲かせたりして平凡な日常生活が流れていく。しかしながら「平凡」は決して退屈なものではない。同居する嫁のこと、友人の離婚問題のこと、衰えていくからだに対する不安。「平凡な生活」というものは、悩み、もがき、あがきながら送っていくものだということがよくわかる。
 不思議なことに、この物語で切なさや哀しみを感じない。わたしが感じ取ったものはむしろ「躍動感」だ。読後感は、心が、テツandトモのように弾んでいるのである。

 
  鈴木 崇子
  評価:AA
   年をとったらこんなジイサンになりたいと思う(私はなれないが・・・)。きっとバアサンではこうはいかないだろう。妻に先立たれ、同居する息子の嫁にほのかな恋心を抱く69歳の主人公。老境にさしかかり、不安や孤独、怒りなど様々なストレスを感じつつ、ボヤきつつの毎日を送っている。
 ジイサンはじめ登場する人々、みんな哀しく切なく滑稽で愛おしい。そんな中、ジイサンが恋に悩む近所の明ちゃんにかける言葉、「誰だっていやらしいんだ。・・・人間なんてみんな似たようなもんなんだ。やっかいなもんなんだ。」は単なる慰めというより、諦めも含んだ人間肯定の優しさなのだ。
 主人公の頭の上に、ある日突然現れた幻想の猿は一体何者なのだろう? 人生の喜怒哀楽をくぐり抜けた後で生まれた自分の分身か、飄々としてすべてを見通す高次の存在か、それとも守護霊? 平凡だけど味のある、やっぱりこんなジイサンになりたいなあ。

 
  高橋 美里
  評価:B
   いくつになっても人生の悩みというのは尽きないのでしょうか。
こんなことを若輩の私が書き出しに使うのはちょっと恥ずかしいのですが、この作品、主人公は仕事を引退したおじいさん。
妻には先立たれ、息子は嫁をもらった。その上息子夫婦と同居している、普通のおじいさん。
ある日突然、おじいさんは自分の頭上に「猿」がいることを知る。
例えば家庭に他人が入ってくる・自分が建てた家が古くなってくる。
年老いたことを実感してしまう自分以外のものの老化。そして、友人の死。
生きていく上で避けて通る事の出来ないこと。なんとも寂しくなる作品でした。

 
  中原 紀生
  評価:AA
   鮮やかな作品だ。滑稽味と滋味と人情味をほどよく漂わせながら、シュールな寂寥感と苦い味わいを醸しだす、軽さと重さ、薄さと濃さが綯い交ぜになったちょっと不思議な、比類ない物語世界を見事につくりあげている。これはまったく新しい「青春小説」で、処女作でこれほどの達成をなしとげる作者の力量は相当なものだ。──
「走るジイサン」こと勝目作次(69歳)は鋳物職人あがりで、「人間の本音はもっと単純でやさしい言葉の中にひそんでいる」と思っている。だから、子連れの中年男との恋愛に悩む明ちゃんが描いた絵の赤い色の微妙な変化に気づいたり、息子の嫁の京子さんの凛とした硬質の輝きに惹かれたりする。それは、老人こそがもちうる鍛えぬかれた感受性である。友人の建造(66歳)が作次に語る。「老人ってのは異人だと私は思うね。稀人ですよ。多くなりすぎた稀人です。民俗学の柳田国男のいう魑魅魍魎のたぐいですよ。普通の人から見ればもう人間じゃないんですよ」。この作品は、川端康成の『山の音』にも拮抗しうる、まったく新しい「妖怪小説」である。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   頭の上に矢印がのってる人に会ったことがある。風見鶏みたいにくるくる回って、どっちに進めばいいか判るんだとか。背中に拳銃を突きつけられてる人もいたっけ。別の意味でヤバイですね。それに比べれば、頭の上にサルがちょこんと座っているなんて、可愛いもんだ。当人にしてみたら大問題なんだろうけど、このサルに愛嬌があるもんだからつい笑っちゃうんだな。老いてなお旺盛な性欲に右往左往する老人と、すっとぼけたサル。若い時には実感しにくい「老」と「死」を、小説ならではの手法で巧みに表現されてます。「癌で余命いくばくもない」とか「意外な過去が遺書で明かされる」という展開はちょっと陳腐かな? でも上手いし面白いからぜいたくな文句が言いたくなっちゃう。短すぎるんだ! ツルツル読めちゃう。人物を掘り下げてそれぞれのドラマを丹念に読みたかった。サルと一緒にジイサンには右往左往し続けて欲しかったなぁ。「右翁左媼」…なんてね。

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