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  涙 (上・下)
  【新潮文庫】
  乃南アサ
  定価 (上)620円(下)700円(税込) 2003/2
  ISBN-4101425256
  ISBN-4101425264
 

 
  児玉 憲宗
  評価:C
   つらい話だ。婚約者が突然電話一本で別れを告げ、姿を消す。失踪した婚約者は刑事なのだが、先輩刑事の娘をレイプし、殺した容疑がかかっている。つらいのは残された萄子だけではない。娘を惨殺された父親がこのまま黙っていられようか。二人はそれぞれの理由で彼の行方を追う。わずかな手がかりを頼りにあきらめることなく、各地を探し歩く。読んでいてつらくなる。ここらへんから登場人物がみんなどんどん性格が悪くなっていくのだ。たしかに性格が悪くなるのも無理はない。だって、こんなにつらい思いをしているのだから。読んでいるこちらもいたたまれない気持ちになる。この思いから逃れたくてついついページを捲る速度が上がってくる。結末がどうこういうのではなく、一刻も早くこの胸を締めつけられる思いから逃れたいという一心で読み進んだ。本当につらかったんだから。

 
  鈴木 崇子
  評価:D
   結婚式の直前に刑事である婚約者が失踪。行方を追い求める主人公の、彼を訪ねて三千里(?)の旅。その旅と絡めて、昭和39年の東京オリンピック前後の世相・流行が、月単位で事細かにストーリーに組み込まれている。というより、世相史が主軸で、その間を縫うようにしてつくられたストーリーのような印象も受けるのだが。3C、新幹線開業、羽田沖の航空機事故、ビートルズ、ひょっこりひょうたん島・・・、当時、青春時代を送っていた人達は懐かしさを感じるのかも知れない。でも、それらを抜きにしてしまうと、このミステリーの重量の半分くらいは失われてしまいそう。
 登場人物もそれぞれにステレオタイプであまり魅力を感じられなかった。そして、マルコのようにあともう少しというところで逃げられ逃げられ、ようやく見つけた彼の失踪の理由に拍子抜けしてしまうのは私だけだろうか。それというのも作者の術中にはまり、自らもマルコならぬ主人公に少なからず感情移入していたせいかも知れないが・・・!?

 
  高橋 美里
  評価:B
   結婚式を間近に控えたある日、刑事である婚約者が失踪した。挙式を間近に控えて何事もなかった日常。時を同じくして彼の同僚の娘が何者かに殺される事件が起き、彼は容疑者として追われる身になった。一体彼の身に何があったのだろうか。彼の後を追うように萄子は探し始める。
舞台は昭和30年代から始まって萄子の姿を追うように時間が流れていきます。
読み終わると泣けてくるぐらいに切なくなってしまう一作。一人の男の影を追いつづけて思いつづけるというのは、やっぱり壮大なことなんだな、と実感。

 
  中原 紀生
  評価:B
   真正の傑作になり損ねた「傑作ミステリー」だ。まず、失踪した婚約者の跡を追う旬子がストーリーの展開とともに成長しない。多少は強くなるけれど、結局最後まで「お嬢さん」のままで終わるし、宮古島での嵐の夜のことも「金輪際、思い出したくない」と封印してしまう。だから、プロローグとエピローグで明かされる後日譚が、本編と交差して作品を立体的に造形しない。何よりも、作品のクライマックスをなす嵐の夜に明かされる「慟哭の真実」に、いまひとつ説得力と迫真性がない。だから、作品は深い哀しみを湛えない。東京オリンピックの年(沖縄へ行くのにパスポートが必要だった時代)を本編の舞台に選び、時代の匂いを丹念に書き込みながら、淡々と物語の核心に迫る乃南アサの筆は冴えている。それだけにこれらの小さな疵が惜しい。ただ救いは韮山とルミ子の交情だ。「あんた、娘さんの何を知っていました」。殺された娘の本当の姿を知った時、韮山の凍った心がしだいに転回し、やがて不幸な少女を養女に迎える。この本編のもう一つのストーリーは深い感銘を与える。それだけに、惜しい。

 
  渡邊 智志
  評価:C
   乃南アサは苦手です。どうしても好きになれない。初めから偏見を持って読み始めているので、ついつい粗探ししつつ読み進めちゃう。タイトルが薄っぺらいとか、人が描けていないとか、あまりに都合の良い巡り合わせとか。まるでどうでもいいことに引っかかって集中して読めない。どうにも苦手なんです。おすぎの解説が映画作劇に絡めていたから、意識しながら好意的に読み進めました。映画になると思えばちょうどいい展開っぷりかも。当時の出来事や風俗をあからさまに挟みこんでいるのは、意外と気になりません。サービス精神と思えばいいのかな。年表丸写しのように挿入されているので便利に使えます。おかげで作品全体が「あの時代の空気に包まれた思い出」という雰囲気になっていますが、非現実的なおとぎ話でファンタジーめいているのは狙った効果なのかな? 60年生まれの作者に時代に対するノスタルジーはなさそう。今回も苦手意識を払拭できず。残念。

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